悪魔の優しい殺し方

綿森 もぎ

00

​─────深い闇の中で、二つの影が蹂躙する。影は廃校舎の屋根の上、数秒後には狭い路地裏へと移動した。

 最早人間の目で追うことは不可能。

 瞬時に移動する二つの影は、誰一人として捉えられやしない。


 一人は雄叫びをあげながら、鋭い爪の生えた腕を振り上げる。腕は徐々に伸びていき、二メートルほどの長さの凶器へと変わる。

 そう、彼はヒトではない。

 人間の肉を食べることで生きながらえている、「悪魔」と呼ばれる怪物だ。


 そして。そんな「悪魔」を狩ろうとする、もう一つの影。

 男は、銀色の髪をした青年だった。

 背丈は百七十センチほど。服装はシャツにズボンといった、至って普通の格好だ。

 だが、そんな格好とは反対に、手に持っているのは一振の刀。


 男の髪のような銀色の鋼は、月光を浴びて眩いほどに輝いている。


 悪魔を、男の鋭い眼光が射抜く。

 見た目は青年のはずだが、彼には年相応のあどけなさ、それどころか人間味が抜け落ちていた。


 男は刃を構える。

 そして一歩踏み出した瞬間、悪魔の伸びた腕が彼に遅いかかる。

 長い手足の先には、全てを切り裂くような鋭い爪がある。そんな悪魔の攻撃を諸共せず、男は刃を振るう。悪魔は後方へ大きく飛ぶ。



「何故・・・・・・何故このオレの爪が届かない!」



 悪魔が叫ぶ。

 伸びた腕は何度も斬られ、それでもなお再生する。



「貴様、何者だッ! こんな悪魔狩りが、何故この世に生まれてくる!!」



 再び男が腕を切る。傷口からおびただしい量の鮮血を撒き散らしても、一瞬で腕は再生する。

 だが、遅い。

 最初と較べて再生速度は格段に落ちている。


 それに気が付いていた銀髪の男は、ここでようやく口を開いた。



「お前はここまでだ、悪魔」



 その刃のような鋭い声に、悪魔は身を震わせる。

 悪魔はただひたすら、彼の圧倒的な気迫に打ちのめされた。

 たかが、人間ごときに!

 そう侮辱するが、足からは力が抜けていく。


 青年がいよいよ本物の殺意を向けたとき、怒りで赤くなっていた悪魔の顔面は、しだいに青へと色を変える。

 悪魔はこの瞬間、「死」が真っ直ぐに、自分に繋がったのが分かった。


 この男に勝つことなど不可能。

 銀色の彼は、刀を握れば正しく死神だ。



「待て、待ってくれ! 俺を殺すな! そしたら​────」


「五月蝿い」



 そう言い放ったのと同時に足を踏み出した途端、悪魔の首はくるくると宙を舞った。


 鮮やかな断面を晒して、悪魔の死体が冷たいコンクリートの上に転がった。

 深い宵闇の下で、赤く染まった刀を振って血を落とす。地面に真っ赤な水玉模様が生まれる。

 手に持つ刀と反対に、彼自身には血の一滴も付着していなかった。


 そんな彼は死体には目もくれず、刃を鞘に仕舞い、天を見上げる。

 一人の死神を、煌々と光を放つ満月だけが見下ろしていた。

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