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×月×日
フィクションは昔から好きだった。
人を楽しませるため、誰かを誘導するため、痛みを共有するため、信仰を統一するため。
理由は千差万別であれ、形の無いそれに対して絶対的な共通点があり、僕はその共通点が好きだった。
フィクションは必ずしも誰かの心の中で生まれ、想像力にのみを糧にして成長する擬似的な生命とも呼べる。
本来の用途では使い切れない脳のリソース、その片隅で偶然生み出されたそれはどれもが等しく心を打ち、どれもが等しく想像力を膨らませる糧となった。
その癖してフィクションに物理的な力は存在しない、例えば己の快楽の為だけに子供を殴り殺す存在が居たとしても、それはフィクションだからこそ現実では絶対に人を傷つけない。
舞台の上で繰り広げられる惨劇だって、現実には何の効力も無く、フィクションの世界の犯罪者の拳はどれも、風に舞う糸くずよりもか弱い存在なのだ。
これは何処までも素晴らしい事だとつくづく思う、少なくとも文字だろうが絵だろうが映像だろうが、その全ての世界に住まう住人は誰も傷つける事が無いのだから。
だからこそ……
「やっぱりお前は馬鹿だな」
あの日を境に、如月の声は日に日に明瞭になりつつある。
主に感じ取れる事は眠りに入る暗闇の中だけではあるが、最近となっては細かな息づかいや僅かな声の揺らぎすらも認識できる。
おそらく名前を与えた、それがこの現象に影響しているのだろう。
「そうかもね」
「認めるのか、それでは私が馬鹿みたいだろ」
「それなら僕は只の阿呆だ」
「なんだ、やれば出来るじゃ無いか」
眠りに入る僅かとは呼べない暗闇の時間、僕達はそんなどうしようも無い会話をする事が増えた。
こんな事馬鹿みたいだと未だに思う。
そしてそんな言葉を口にする度に、如月は繰り返し「お前は馬鹿だ」と投げる。
「まぁそんな阿呆にも一つ良いことを教えてやろう」
ふと思いついた様子で、如月は言葉の矛先を変えた。
「実のところ、お前を阿呆だと認識することは、私自身が阿呆だと認める行為と同義である」
「……突然妙な事を言うね」
「何、架空の存在に振り回される、それをお前が恐れていることくらい知っているからな。
少しくらい伴侶的な振る舞いをしてやっても罰は下らないと思ったまでさ」
それは実に如月らしい言い回しだ。
「つまりだな、私と言う概念は阿呆なお前の中だけでしか動けないって事だ。
同じ時、同じ時間の自分を超えることが出来ないのと同じく、私はお前を超える事は出来ないし、必要とあらばお前は何時だって私を消すことも出来るって事さ」
高く澄んだ、そして何処までも中性的な声色のその空想は、何かと古くさい言葉を好む。
そして、本人の言葉通り、何時だって伴侶的な振る舞いをして絶対に僕を傷つけない。
その事を知ってるからこそ、僕は如月が繰り返し吐く悪口に嫌悪感を覚えないのだ。
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