「うわぁ……先客がいたのか……」

 御剣がナナミを連れて部屋に入ると、既に「商談」が始まっていた。

 マホガニーやチェスナットの家具や扉、黒檀や白檀、紫檀で唐草文用に装飾された窓枠にランプシェードや衝立、革張りのチェスターフィールドソファ等が置かれた洋館造りの部屋には3メートル以上はありそうな紅の絹地に五体の絡んだ竜が金糸で刺繍された牙旗がかけられ、その前にはマホガニーの役員机が威圧的に置かれていた。

 本来なら訪問者を威圧する様に設計されたはずのその部屋には、しかし多くの死体が転がり、訪問者は誰一人畏怖していない。

 寧ろ、先客は役員机の上に乗り、首領ショゥリンらしき初老の男の顔を掴みながら喉元にナイフを当てており、後から来た二人連れの客は呑気に血で湿った絨毯の上を歩いてくる。


「どうりでアポが取れない訳だ。もっと穏便にした方が良いぞ?廊下が血塗れで、あれじゃぁ、掃除係も大変だ」

 そんな状況の中、御剣は普段通りに刺客に話し掛ける。

「貴様!『剣のエースアッソ・デ・スパーダ』か!?」

 「塔」は視線だけで御剣を確認し、問いただした。

「え?あ、ああ、そうだね。懐かしい。君は……『ラ・トルレ』……かな?」

 頭目トォゥムゥが出し損ねていた拳銃を抜くが「塔」はその腕を絡め取り、拳銃を肘で抜くとそのまま部屋の隅へ投げ飛ばす。

「そう言えば、あのときカッフェにもいたな。彼女の暗殺依頼でも受けたか?」

「彼女?」

 問答の間に、起き上がってきた護衛が小刀で襲い来るが、満義は質問の為に持ってきて先程の短剣で受け流すと、そのまま頸椎に肘鉄を当て、下に行った男の顎に膝を加え気絶させる。ナナミはその男をタイラップで拘束する。

「その短剣!」

 「塔」は「剣」の持つ短剣を見ると、先程まで掴んでいた頭目の頭を離し、振り返ると同時に踵でこめかみを蹴り抜き気絶させると、その勢いを利用して「剣」に跳び掛かる。

「おいおい、これは拾い物で……」

 明確に「剣」の喉元を狙ったナイフはしかし、その直前で軌道を変える。

 「剣」の間合いの直前で「塔」が早めに着地をし、切り上げる形に切り替えた。

「少し、話を聞いてくれないかな?」

 「剣」は手にしていた短剣の鞘を利用してその斬撃を躱すと後ろに下がり、間合いを取る。

 その横からナナミがタックルを掛け「塔」の体勢を崩すと、跳躍して「剣」と十字砲火の位置に立つ。

「貴様!こんな少女も黒社会マラヴィータに……」

 「塔」は二人からの間合いを計ると、姿勢を対複数戦用に変える。

「彼女は自動人形オートマタだ。それに僕はとっくの昔に引退している。知っているだろ?」

 ナナミの腕からポケットピストルが出てくる。

 「剣」はナイフと銃、どちらも取れる体勢を取ると、短剣をナナミに投げ渡す。

 ナナミはそれを見もせず受け取りしまう。

「一度でもこの世界に入った者が『引退』だと?ならば、今の貴様は何だ?」

 「塔」は会話の間にも狙いを「剣」に定める。

「詩生活者だよ」

「ふざけるな!」

 「塔」は足元に落ちていた小刀を「剣」に蹴り付けると、自動人形とは反対に転がり、その間に拾った銃で人形を撃つ。

 ナナミの白いストッキングが破れるが、本体は気にせず狙いをつけている。

 「剣」は小刀を躱すと、更に後方に間合いを取り、拳銃を取出す。

 「塔」は持っていた拳銃を全弾撃ち尽くすと、弾倉を抜き、弾倉、拳銃の順でナナミに投げつけ、前転する。

 ナナミはそれを追って銃撃しようとするも飛来物に邪魔され当たらない。

 前転した「塔」は、今度は壁を伝い「剣」に向けて跳躍する。

 「剣」は銃弾を2発放つが、トリッキーな動きに躱され間合いを詰められ、再度下から救い上げる様なナイフの斬撃を受けるも、拳銃のグリップでナイフをたたき落とす。

 ナイフを落とされた「塔」はしかし、それも予想済みなのか、「剣」の拳銃を握る。

「流石」

 「剣」は楽しそうにうなる。

「む!?」

 「剣」の銃を分解しようとした「塔」はしかし、ここで唸る。

「これは、スタルムルゲールMk.1か、前時代的な……」

 それはスライドやショートリコイルの機構が一般的な自動拳銃とは異なり、フレーム内でボルトが前後する古い機構のものだった。

「近代改修版なんだけどな」

 そう言うと「剣」は拳銃から手を離し、「塔」の手首を捻る。

 「塔」も拳銃を離すと、それには抵抗せず、そのまま捻られた方へロンダートを決め、「剣」の手から逃れる。

 着地するとそこに留まらず、更に横転してナナミの追撃を躱し、自身の懐から拳銃を取出すと「剣」に向けて発砲する。

 しかし、既にそこに「剣」はおらず、はす向かいから銃弾が浴びせかけられる。

「いや、やはり『プロ専門』は強いね」

 御剣はMk.1の残弾を全て撃ち尽くすと、のんびりと弾倉を交換する。

「でも、これはどうかな?」

 そう微笑み、自身の瞳から「塔」の瞳へ業火を移す。

「な……」

 その瞬間、ジュスティーノは動けなくなった。

 瞳孔が開き、動悸が早くなる。

「君は、随分な悪夢の中で生きている様だね」

 御剣は銃をしまうと、ゆっくりと話し始める。

「いわゆる『金縛り』の状態に君を置いた。どうする?このままトラウマの匣を開けられたいかい?」

 その声は、落ち着き、甘美ではあるが、冥府から這い出てくる様な響きを具えていた。

「と言っても、君もいつも自分で匣を開けてしまうタイプらしいね。ジュスティーノ君?」

「な……うぁ……」

 恐怖と混乱がジュスティーノを支配する。

「僕は色々調べものでここに来たんだ。だから、話を聞かせて欲しいな」

 御剣はジュスティーノの業火とリンクする。

「あぁ、なるほど。なるほど。今回の件自体が君のカウンセリングな訳か……で、本命はそこ、か……」

 ジュスティーノは崩れ落ちるが、顔だけは御剣から離せない。

 離してもらえない。

「君は、少し自分を赦した方がいいよ?食べる側としては、この発酵具合は良いのだけれど、まあ、キツいよね」

 御剣が独り言を続けていると、外からサイレンが聞こえ始める。

「この音は、国民軍警察かぁ……」

 そう呟くと、御剣は瞳の焔を落とす。

 途端にジュスティーノの体は解放される。

「僕は、まあ、普通に出ても問題ないけど、これ以上迷惑を掛けるのも申訳ないしなぁ……」

 御剣は呟きながらジュスティーノに近づくと彼の顔を見る。

「動けるかい?」

「あ…あぁ……」

 ジュスティーノは何とか立ち上がろうとする。

「流石、『プロ専門』だね」

 そして、崩れる。

「しょうがない。彼は持って行って上げよう」

 そう言うと、窓を開ける。

 ナナミはジュスティーノを何の予備動作も無く持ち上げる。

「行くよ。ナナミ」

「はい。先生」





「五竜会が襲撃されたらしいけど、あなたがやったんじゃないわよね?」

 公設セーフハウスに戻り、お茶を飲んでいる御剣に間木は訊ねる。


「違うよ?」

 御剣は当然の様に応える。

「寧ろ、何度もいうけれど、僕は被害者なんだよ?」

「何度でも言って上げるわ。あなたは重要参考人、かなり特殊な、ね」

 間木はもはや仁王立ちになっている。

「お茶です」

 その前にナナミは、自動的にキーマンを出す。

 間木はため息をつき、目頭を抑えてから紅茶を一口飲む。

「まあいいわ。あなたが関っていないのならね。こっちも色々大変なのよ」

 そういって、カップの水面を見つめる。

「ああ、それはすまないと思ってる」

「あら、今日は珍しく素直なのね」

 間木はどこか嬉しそうに言う。

「いや、関ってはいるんだ。襲撃したのが僕じゃない、というだけで」

 御剣は申訳なさそうな顔で、当然のことの様に告げる。

「は?な……え?……はぁっ?」

「念の為確認しようと思って訊きに行ったら、別の人が襲ってたんだ。で、それとは交戦した」

 間木は再び目頭を抑える。

「え?待って。整理させて」

「ただ、お陰で今回僕の事務所を爆発させたのがメディコ一家だったこともわかったし、これからの行動の方針も決まったよ」

 御剣はそう言うと、飲み終えたカップを置き、立ち上がる。

「え?何?なんでわかったの?」

「それでね、これから少し家出をする。自治警はおろか、君や6課からも少し巻かせてもらうね」

 間木の質問には応えず、ジャケットを羽織り、荷物をまとめ始める。

「何を言ってるの?」

「ああ、安心して。国家反逆罪や政府の困る様な事はしないから。あ、でも、国際的なシンジゲートが一つ潰れるかも」

 ナナミが次々と荷物を運び出す。

「待ちなさいっていってるの!」

 間木は殆ど絶叫した。

「国家とか警察とか、そんなのがどれだけ困ったっていいのよ!私が困るの!私が!」

 この叫びを聞き、御剣は困った様な顔をする。

「極力君の仕事は増やさない様にするつもりなんだけど……」

「あなた、人の思考や夢は喰えるくせに、人の気持ちは本当にわからない人ね!」

 御剣は怪訝な顔をする。

「私はどれだけ仕事が増えてもいいのよ。いや、増え過ぎたら困るけど、今回の件ならこれ以上増えてもいつもの5倍程度よ。そんな事より、あなたが勝手に考えて、勝手に動いて、勝手に抱え込んで、勝手に傷つくのがイヤなの!分る!?」


 御剣はしばし考え込む。


「……すまない」

 答えは出せなかった。

「ええ、そうでしょうね!知ってる!知ってるわよ!この悪魔!」

 この罵倒を聞き、御剣は笑ってしまう。

「そうだね」

「ああ、もういいわ。行きなさい。どこにでも」

 間木は御剣の笑顔を見て諦めてしまう。

「あ、後、あなたを追ってるのは6課じゃなくて4課ね。いい加減憶えてあげなさい。彼等も必死で追ってるんだから、可哀想よ」

「ん。ありがとう」

 御剣は笑顔で応える。

 間木はその笑顔の前に顔を伏せるしかできなかった。

「あ、そうだ。この証拠物件、警察に提出しておくね」

 そう言って御剣は間木に短剣を手渡そうとする。

「前も言ったけど、それはあなたから自治警に出して。私の仕事は増やさないようにしてくれるんでしょ?」

「ああ、そうだったね」

「ちゃんと出しなさいね。いい?」

「行ってきます」

 御剣はそう言うと、ヒラヒラと手を振りながら出て行った。

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