第3話
まるで、地下にできたもう一つの王宮でした。大理石でできた壁や廊下が、灯り用の蝋燭の炎に照らされ、温かく光っていました。
そこに、私達、残った受験者達が集められました。殿下は、この場所へは入らず「検討を祈る!」とだけ言って、再び馬に乗って去って行きました。代わりにおりましたのが……。
「何と、これだけの者が生き残れたとは。ほっほっほ。今年は豊作じゃのお」
ほんの数人をこれだけ、と表現する意図は測り兼ねましたが、目の前にいるこの人こそ、王国を司る魔術国家の国王陛下その人。魔力を高める効果があるとされる、高級な魔術師用ローブに身を包み、整えた髭を自慢げに触っておりました。私達は、皆、国王の前で跪いています。
「そう畏まらずとも良い」
陛下はそうおっしゃると、人々は顔を上げました。私も上げました。ですが……またターバンで顔を隠したその人だけは、頭を上げることはしませんでした。陛下は、私達一人ひとりを見極めるかのように、観察を一通りし終えた後に、
「では早速だが諸君。二次試験についてじゃが……」
陛下が咳払いをしたと同時に、壁の一つが開かれていき、漆黒の廊下が現れました。
「ここで三日過ごすのじゃ」
スイートローズちゃん事件が無ければ「なーんだ、そんなこと?」と笑い飛ばす者もいたことでしょう。しかし、誰も笑いません。笑えません。一次試験で起きた事を考えますと、二次試験の意味など、「生き残れ」と解釈する以外無いからです。
「質問を宜しいでしょうか?陛下」
あの、険しい顔をしていた男性が、まっすぐに手を上げておりました。
「何だね?」
「食事は配給があるのでしょうか?」
「食糧になりうるものは、いくらでも転がっておる」
「では、寝床は……」
「どこでも好きに使えば良い。三日間は受験生の為にわざわざ開放しておるからの」
陛下の答えに、納得はしていない様子ではありましたが、陛下の言うことは絶対なので、その男性はそれ以上何も言うことはありませんでした。
「他に聞きたいことはおらぬか?」
「あの……」
今度は、ほとんど表情を変えることがなかった男性が手をあげました。
「僕が選ばれる為には、何人殺せばいいの?」
何と言うことを聞くのでしょうか、この人は。
「はっはっはっ。……面白いことを聞くのぉ」
「そう?だって僕、絶対に専属魔術師になりたいんだもん。ライバルは少ない方がいいよね」
「そうかそうか」
陛下は、本当に心から受け答えを楽しんでいるのでしょう。
「三日過ごせた者を、採用してやるぞ。ほっほっほ」
全員、と言う言葉は使いませんでした。過ごせた、という言葉を陛下が妙に強調するのが気になりました。
この場にいる全員が同じことを思ったのでしょう。息を飲む音がまた、聞こえました。
かつて、この世で最も私に影響を与える人に教えてもらったこと。
歴史と言うにはまだ新しい過去、世界が混沌の闇に包まれた時代がありました。天候は荒れ狂い、山が溶け、海が吠えるようになりました。食物は実らぬようになり、限られたそれらを人々は武器を用いて奪うようになりました。繁栄していた都には、見たことがない病が蔓延し、たった一年もしない間に生命の半分が朽ちていきました。
他国と、「魔術」の有無で差別化できていた、私達の国が、この事態を収束するのに動くことが決まり、この時代の国王が、国中の魔術師に呼びかけました。
「この難局を解決した者の望みを全て叶える」
そうして、腕に覚えがある者が次々と世界平和に向けた旅を始めました。しかしその旅は、誰も見た事がない苦難の連続でした。
炎が土を焼き溶かす。
水が風と混ざり合い、街を壊す。
炎と風が混ざり合い、海を沸かす。
これらの未曾有の繰り返される災害に対し、魔術師達もまた四大元素の力を手に宿して立ち向かおうとしましたが、夢敵わず、命をあっという間に刈り取られていきました。
その中で、唯一、災害の正体に気づいた者が現れました。彼が世界のあちこちを旅するだけで、その災害は抑えられました。
その者は、功績を讃えられ、国王から「専属魔術師」の資格を与えられ、国の中枢に関わる門外不出の魔術を極めたとされます。その魔術の力により、魔術国家は世界のヒエラルキーの上位に立つことに成功しました。その結果、専属魔術師は、国王の次に強い権力を持つことになりました。
それから国王は、世界の均衡を守る、才能ある魔術師を国中から集め、専属魔術師としての地位を与え、攻防共に強大な力を得ることになったのです。
陛下が立ち去ってから。
「三日過ごすだけで専属魔術師って……」
「それも全員?それなら、全員でこうしてここにいるだけで、専属魔術師になれるってこと?」
「それなら簡単だな。三日くらい、不眠不休でどうにかなるだろ」
「バカだね。そんな簡単な話なわけないじゃん」
「そうだよな。専属魔術師の採用は、常に一人だけだと聞く」
「なら、この中のほとんどが、この三日のうちに……脱落するってことだな」
「こんなところで油売ってる暇ないな」
「まあ、専属魔術師になるのは僕だけど」
一通り話し、互いを牽制し合った受験生達は、誰かに何かを言われるまでもなく、一人ずつ間を空けて、開かれた壁の奥へと消えていきました。
残ったのは、私とその人だけ。その人はじっと座ったままでした。顔色が優れないようで、額から汗が滲んでいました。私は放っておくことができませんでしたので、その人の横に腰掛け、様子を伺っておりました。
気分が本当に悪そうでした。私は、持っていた荷物から、タオルと水筒を取り出し、タオルを湿らせましたものを、その人に渡しました。
「どうぞ」
「……どうしろと?」
「お顔を、お拭きください」
その人は、ターバンを外すのが余程嫌なのか、額だけささっと吹き、手に握りしめるだけでした。私は、少しこの人と話をしてみたくなりました。
「先ほどは、ありがとうございました……助けていただいて……」
その人は何も答えません。ですが、私の話を聞くことを拒否する素振りも見せませんでした。
「先程の魔術はどうやってやるのですか?」
「先程?」
「土の……」
「……辞典に載っているだろう……」
「あ、そ、そうでしたね……」
話を繋げる為に、無理やり出した話題でしたため、少し気恥ずかしくなりました。
辞典を急いで取り出して、捲り始めた時でした。
「あんたのか?」
「え?」
その人は、辞典を指差していました。
「魔術の初心者の割には……随分使い込まれてるな」
「やはり、初心者だって分かりますよね……」
「そもそも、専属魔術師を本当に目指す人間は、今更辞典など持ち歩かない」
「あ、……そ、そうですよね……」
こんなところへ来るべきではなかったと、改めて、言われたような気がしました。
陛下が立ち去ってから。
「三日過ごすだけで専属魔術師って……」
「それも全員?それなら、全員でこうしてここにいるだけで、専属魔術師になれるってこと?」
「それなら簡単だな。三日くらい、不眠不休でどうにかなるだろ」
「バカだね。そんな簡単な話なわけないじゃん」
「そうだよな。専属魔術師の採用は、常に一人だけだと聞く」
「なら、この中のほとんどが、この三日のうちに……脱落するってことだな」
「こんなところで油売ってる暇ないな」
「まあ、専属魔術師になるのは僕だけど」
一通り話し、互いを牽制し合った受験生達は、誰かに何かを言われるまでもなく、一人ずつ間を空けて、開かれた壁の奥へと消えていきました。
残ったのは、私とその人だけ。その人はじっと座ったままでした。顔色が優れないようで、額から汗が滲んでいました。私は放っておくことができませんでしたので、その人の横に腰掛け、様子を伺っておりました。
気分が本当に悪そうでした。私は、持っていた荷物から、タオルと水筒を取り出し、タオルを湿らせましたものを、その人に渡しました。
「どうぞ」
「……どうしろと?」
「お顔を、お拭きください」
その人は、ターバンを外すのが余程嫌なのか、額だけささっと吹き、手に握りしめるだけでした。私は、少しこの人と話をしてみたくなりました。
「先ほどは、ありがとうございました……助けていただいて……」
その人は何も答えません。ですが、私の話を聞くことを拒否する素振りも見せませんでした。
「先程の魔術はどうやってやるのですか?」
「先程?」
「土の……」
「……辞典に載っているだろう……」
「あ、そ、そうでしたね……」
話を繋げる為に、無理やり出した話題でしたため、少し気恥ずかしくなりました。
辞典を急いで取り出して、捲り始めた時でした。
「あんたのか?」
「え?」
その人は、辞典を指差していました。
「魔術の初心者の割には……随分使い込まれてるな」
「やはり、初心者だって分かりますよね……」
「そもそも、専属魔術師を本当に目指す人間は、今更辞典など持ち歩かない」
「あ、……そ、そうですよね……」
こんなところへ来るべきではなかったと、改めて、言われたような気がしました。
「……私の幼なじみから預かったのです」
「幼なじみ……」
「彼は……私より少し年上の人なんですけど……この前の……三年前の魔術師選抜試験を受ける為、地元を出て行ったんです。その時に、彼が使っていたものを、私がお預かりしたんです。お守りとして……。でも、それきり音沙汰無しで……」
年上の男性。父とも祖父とも違う、いつも私を見守ってくれた陽だまりの人。見かける度に嬉しくなって、私がいつも飛びついてしまう人。本来ならば縁がなく終わるはずだった魔術の事を、私に教えて世界を広げてくれた人。叶うなら、ずっと一緒にいたかった人。
彼は幼い頃から、魔術師として、世界を救うという夢に恋焦がれているような人でした。いつも私に、魔術とは何か、この国の歴史の事を語ってくれました。魔術師として世の中の人の役に立ちたいと、毎日厳しい練習をしていました。……指も一本もぎ取られそうになっているのを見たことがありました。掌が、自分が出した炎によって火傷していたのも見ました。そんな風に自らを傷つけながらも「誰かの為に生きたい」という彼の姿に私も憧れて、少しずつではありましたが、魔術を覚えるようになりました。とは言いましても、専属魔術師を目指したいという想いに繋がることは、その時はありませんでしたが。
「彼のご両親は、地元を取り仕切る人達で、彼が専属魔術師になる事を、実はとても反対していたんです。王宮の専属になってしまえば、王宮と世界を往復するだけで、とても地元に戻って来られる立場ではなくなるから……と……」
それは、私も彼が旅立ってから聞かされた話でしたが。
「彼はあっという間に姿を消していました。貯めていた、ほんの少しのお金だけを持って、誰にも何も言わずに。……彼は、家よりも世界を選んだ。私がいる地元よりも、王宮を選んだ……ということだと。私、魔術師として活躍する彼のお嫁さんになるのが、夢だったんです……笑ってしまいますよね。…地元を捨てる、という決意を応援していたなんて、思いもしなかったのです……」
その人からの反応はありませんでした。でも、私はそんな事を気にすることもできず、堰を切ったように話し続けてしまいました。
「今回の専属魔術師の応募を見た時、もしかすると、彼に会える気がしたんです……」
彼が音信不通なのは、専属魔術師として世界を飛び回っているから。……私がもし試験を受ければ、もしかすると、試験官としているかもしれない……それが無理でも、王都に来れば、すれ違うことだけでも出来るかもしれないと……。いてもたってもいられなくなったのです。
「そんな理由だけで、こんな所に来たのか」
冷たくも温かくもない声でした。それでも感じました。お前はこんな所に来るべきではないと、その人が言いたげなのが。
「だから、来れてしまったんです……」
私は、辞典を撫でました。彼の分身であり、私のお守り。
彼が憧れる仕事は、きっと素晴らしいものに違いない。私も、彼の後を追いかけて、共に世界の為に働きたいと、思ったのも本当でした。
とは言っても、私には、彼ほどの魔術の才能が無いのは、練習を重ねるうちに分かるようになっていました。家族からも
「向いていない」
「嫁として、子供を産んで家を守りなさい。それがあんたの務めだよ」
と、魔術の練習よりも家事の練習をするように咎められるほどでした。
家族の目を盗んで、繰り返し何度も練習を重ねてきました。ですが、どんなに努力をしても、術をコントロールすることも出来ず、辞典を持ち歩かなくては、発動すら、させられませんでした。この世で最も弱い魔術師は誰かと聞かれたら、きっとそれは私なのでしょう。あの少年が「基礎だ」と言った炎の術に至っては、せいぜい火の粉を飛ばすのがやっとなのですから。
せめて、専属魔術師を目指す為に、努力をした私を見て欲しい。そう思い、この日を迎えたはずでした。
例え彼に今日会えなくても、彼と会えるヒントを得られるかもしれない、そんな一歩を踏める素敵な日になるはずだと思っていました。
それなのに、試験というだけのはずなのに、あっという間に死んでいった受験生達……身体ごと散り散りにされた人達を目の当たりにしてしまったのです。
「専属魔術師の試験とは、こんなに、おぞましいものだなんて……全く知りませんでした」
「試験内容は、トップシークレットだから、決して漏らさない」
「だから、試験が始まる前に、門を閉じたのですね……殿下は」
決して、自分の血生臭い姿が、他に漏れないように……。
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