第1話
話は、ほんの三時間前に遡ります。
太陽がある程度まで上り、ブランチとして、甘いドーナツかブレッドを食べる人々で溢れていましたし、甘いフルーツソーダやキャンディーなど、つい立ち寄りたくなってしまうたくさんの屋台によって、灰色の石畳がカラフルに色づいておりました。
私はこの時、待ち望んだ王都に足を踏み入れた事に、心躍らされていました。
王都の住民らしき、身なりが整っている者もいれば、衣服は汚れてはいるものの、無駄なものは全て排除したといわんばかりの荷の塊を持つ旅人らしき者もおりました。
そんな中に、所々にいるのが、明らかに旅慣れをしていない、亀の甲らのように背負った巨大な荷物と武具を身につけた人々。
彼らと私は、きっと同じ目的で王都に来たのだと親近感を覚えました。私もまた、首から肩、背中に欠けて痛みが走る程の大荷物を持ち、周囲から好奇な目で見られていたのです。
「姉ちゃん、一人かい?」
「この辺で見ない顔だねぇ?王都名物のキャンディー、持っていくかい?」
街中で商いをしている人々はとても気さくなようです。
こんな私にも親切にしてくれるのですから。
ですが、こんなこともありました。
「まさか、あんたも、王宮専属魔術師選抜試験に来たんじゃないだろうな?」
早々に、私の目的を当てた者もおりました。
「こんな冴えない女が?まさか〜」
大柄で、物騒な武器を身体中に巻きつけた男性二名が、私を見下ろして、薄気味悪い笑みを浮かべておりました。
きっとこの方達も、同じ目的なのかもしれませんが、彼らの気味の悪さと野蛮さに、つい、逃げ出してしまいました。
(あんな人達が多いのだろうか……)
私は、受験会場へ行くことを一瞬躊躇いそうになりましたが、そうすると自分の一世一代の決意が泡のように消えてしまう気がしたので、頂いたキャンディーを力一杯頬張りながら、足早に目的地に行くことにしました……のですが。
「ここは、どこでしょう?」
油断……していました。
受験会場は王宮である、とだけは、地元の掲示板で御触れを見た時にしっかりと覚え込んだのですが、そもそも王都に入れば城にたどり着けるであろうと、軽く考えすぎていたようです。
周囲を全く見ずに歩き回った結果、先に進めば進むほど、先ほどまでは見えていたはずの城がどんどん遠ざかるようになりました。
「ど、どうしましょう……」
私は、急いで荷物を置き、剥ぐように中を弄り、奥底に眠っていた「魔術辞典」と刻印された本を取り出し、捲りました。
(確か、真ん中のページあたりにあったはず……)
使い古されたその本は、前の持ち主の記憶が染み付いており、私が目指していた箇所まですんなりと導いてくれます。
私は、それを指でなぞりました。
「瞬間移動のための風術」と、書かれていました。
かつて、この世で最も私に影響を与える人に教えてもらったこと。
薪を集めて石を使って火を起こす、川など水辺まで長い時間かけて歩いてバケツ三杯程度の水を汲むなど、行動としてシンプルな生き方を、人々は繰り返してきたと言われています。
コツコツと、同じことを繰り返すだけの、個性がない毎日だったそうです。
しかし、その生き方を続けるには限界を感じた一部の人間達が、自然界の力を借りる=魔術を生み出すことを思いついたとのこと。
炎、水、風、土の四大元素の力と、人々の祈りを混ぜ合わせることで、掌から炎をともすこと、唇から風をおこすことなど……肉体的な疲労や運を伴わずとも、その時その時の「軽い望み」を叶えることに、人々は喜びを覚えたらしいのです。
その術は「適正がある者」にだけ広まり、その者達が力を持つようになったそうです。
そうして出来上がったのが、魔術の力が強い者が権力を持つ魔術国家……今、私が立っている国なのだそうです。
風の魔術は、意思、祈りの力で物理的行動を後押しするもの。
動け、靡け、舞い踊れなど、自然界のエネルギーを人の意思で変えることが要求されるのです。
(今日は、絶対に行かなきゃいけないから、さすがに大丈夫ですよね)
辞書は、呪文の本文と効用、それから呪文を唱える時の姿形を現した絵の三つでそれぞれ構成されています。
私は、描かれているように手を組み、空に掲げ、足を肩幅に広げて膝を曲げます。
……少し、恥ずかしいポーズな気もしますが、気にしている場合ではありません。
そして目をつむり、手で空気を混ぜるようにグルグル時計回りに回しながら
「風よ、風よ、私をお城へ連れていけ!」
自然物への命令=呪文を唱える時、意識を全部魔術が宿る手に集中させなくてはいけません。
空気を回す手を少しでも止めると、また失敗してとんでもないことになってしまう……今日だけは、避けなくてはいけません。
魔術辞典によれば、空気の流れによって体を浮かし、そのまま願っている場所へと運んでくれる……ということでしたが……。
(お城って、どういう形をしてるんでしたっけ?)
よりによって、体が浮き始めたタイミングで、重大なミスに気づいてしまいました。
念じる時に、具体的的ばビジョンを思い描いていないと、空気が迷ってしまい、あちらこちらに体を連れて行こうとしてしまうと、書いてあったのです。
(待って!今の無し!)
そう思って、流れ始めた空気の流れを止めようとしたその時
「きゃっ!」
背中を誰かに蹴られ、そのまま膝から崩れ落ちて、尻餅をついてしまいました。
空気の流れは、尻餅の衝撃で私の髪の毛を通り抜け、真上をちょうど優雅に飛んでいた鳥の羽を片方もいでしまいました。
(ああ……鳥さん……ごめんなさい……)
無残にも私のせいで、行けたはず空の道を閉ざされた鳥が、地面にあっという間もなく吸い込まれていくのを見ながら、私は背後を振り返る。
「ヘタクソ」
たった一言、枯らした低い声を放ったのは、ミイラのように全身を……顔も半分以上、土色のターバンやマントで隠した、小柄で背中が丸い男性でした。
「あの……」
私が何かを言おうとすると、唯一見えていたその人のくっきりと大きい瞳がが、ギロリと私を睨み付けておりました。
「ガキが、高度魔術を使おうとするな」
私はもうすでに、成人と認められる十八になったばかりでした。
「もう大人です」
「術一つ操れず、指先吹っ飛ばされそうになったやつを、誰が大人だと思う」
そう言われて、私は初めて、組んでいた指先の爪が一部剥がれそうになり、血が滲んでいることに気づきました。
「こ、これは……つい油断をして……」
そう言おうとした時。
「痛っ……!」
身を捥ぎ取られるのでは、と思いました。その人が、私の血に染まる指を、見た目の弱々しさからは全く想像もできないような力で、握りながら引っ張りあげているのです。
「離して……」
「では、今ここで指がなくなってもさほど気にしないということだな」
怒りに満ちた、重々しい声が降ってきます。
「やめて……ください……」
懇願をするので、私はもう、いっぱいいっぱいでした。
「そんな覚悟なら、魔術なんて捨てろ」
そう言い放ったその人は、ぱっと私の指を離したかと思うと
「後悔するぞ」
そう言い残し、あっという間に道の奥へと吸い込まれるように消えていきました。
一体何が起きたのか分からないまま、私は痛みが走っていたはずの指を見てみると
「痛く……ない?」
血も乾燥し、茶色い蓋になっており、噴水のような出血が止まっていました。
……魔術を捨てろ、というあの人の言葉は引っかかりましたが、私には後に引けない事情がありましたので、先ほど失敗した魔術辞典のページに、要復習とだけ書いておきました。
と、その時、ドーン、ドーンという爆音が空中に響き渡りました。鳥達が慌ただしく騒ぐ中
「王宮専属魔術師選抜試験にお集まりの皆様、間も無く試験が始まります」
王都中に響くアナウンス。鳥達は、太陽の方に向かって、逃げるように飛び去っていきます。
(もしかすると……)
魔術辞典に頼らずとも、目的地へ向かう確信を得ることができたので、先ほどの人が向かって行った道と同じ方向だということに気づかず、進んで行きました。
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