第43話 後日談と逃亡開始

波乱の競技大会が終了し、早1週間。

結果的に言うと、

ライトの停学処分はなくなった。

クレザーノ家からも一切文句なし。

しかも、アレほど無茶苦茶な理論を押し通して来たというのに、アッサリ非を認め、要求を取り下げた。


また、フラインについては厳重注意のみで終わった


ということもあり、穏便に『フラインの勘違い』という扱いになった——が


競技大会以降、フラインの姿を見た者はいなかった。


エレンの体内からは魔薬が検出された。

魔薬とは、特定の薬に魔力を込めることによって特性や効果が変化する薬のことだ。

エレンが摂取された魔薬は、「脳抑制剤」とされた。

「脳抑制剤」は、通常アルコール依存や薬物依存の患者の興奮作用を抑制させる効能がある…が、使われている薬草の一部が、電気に弱いため、雷魔術によって効果が容易に変わる。変化後は、自身の感情と行動が結びつくのを抑制する。一見無害に見えるが、実は、そうではない。例えば、「拒否する」という感情があるのに「行動」ができない。「言いたい」という感情があるのに「行動」できない。強姦事件や政治的な論争問題に良く使われる魔薬であった。

今回、エレンの症状が軽度で、しかも回復の傾向があったのは、奇跡的に彼女の体質が効き辛かったことに他ならない。また、フラインが使用した量が通常と比べて少なめだったことも幸いした。彼は拒否されると思っていなかったのだろう。



エレンも数日の治療により、学園に復帰することができた。




そして、エレンとライトは正式なお付き合いを始めた


———わけではなかった。



「待ちなさいっ!!!!」


「嫌だぁぁぁぁ!!来るなぁぁぁぁ!!」


学園内での壮絶な鬼ごっこが始まる。


エレンは初恋を拗らせ拗らせ拗らせまくった少女である。

エレンが学園に復帰した時、真っ先にライトのところに持ってきたものは—

一枚の紙だった。


「…なにこれ?」


「みてわからない?雇用契約書」


「いや、分かるけどさ。なんで?」


「何でってこれから私のモノになりますっていう宣言書。」


「…はい?」


「何鳩が豆鉄砲食らったような顔してるのよ。当たり前でしょ?浮気なんて死んでもさせないから。」


「…いや、あの、少しお待ちください。中身読ませてもらっても?」


「良いわよ。」


約束事項

その1、エレンに毎朝キスをすること。

その2、昼夜問わずずっと傍にいること。

その3、食事は毎回あーんして食べること。

その4、お風呂は一緒に入ること。

その5、浮気したら死ぬこと。

その6、エレンから離れるときは3秒以内。

その7、一日中イチャイチャすること。

その8、夜は一緒に寝ること。

その9、夜は毎晩…


「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


そこまで読んで思いっきり

紙を引きちぎるライト。


「ちょ!何するのよ!!」


目を釣り上げて抗議するエレン。


「なんじゃこの馬鹿げた内容はっっっっ!?なんかめっちゃ重いのあったし!?しかもアレまだ殆ど読んでないよ!?裏面までびっしり書かれてたじゃねえか!!どのくらいあるんだよ!?!?」


「計124個よ。」


ドヤ顔でエレンが告げる。

あまりの多さに絶句する。

アレと同レベルのものがあと100個以上。

目眩がするどころじゃない。


「お母様と相談して書いたわ。」


あんの王妃っっ!!絶対楽しんでる!!


マリーがウフフ♡と笑う様子が目に浮かぶ。


「と、いうことで、私のモノになりな…」


「喜んでお断りします」


先手必勝。ライトは逃げ出した。


「待ちなさいっ!!!!」


その後を追いかけるエレン。


「来るなぁぁぁぁぁぁぁ!」


「「あ、ライト!こんなところでどうし…」」


「《ダブルウォール(双子の壁)》」


丁度前を通りがかったラインとレインを盾にしてエレンの魔術を防ぐ。


「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


倒れ伏す2人。

そんな2人に向かってライトは涙目で


「ライン、レイン。お前ら…俺のために!!!ありがとう!お前らのことは忘れない!!」


清々しいほどの笑顔を残し、走り去る。


「「ライ…ト、お、お前…」」


気絶する2人。


今日も学園はそれなりに平和である。







とある部屋の一室で


ロイド、ニック、フォルト、そして赤髪の美しい女性の4人が重々しい表情で集まっていた。


「今回のフラインの騒動。何か裏があったとしか思えないじゃよ。」


ニックが呟く。


「でしょうね。クレザーノ家の言動もかなりおかしかった。アレほどの手際で学園側に圧力をかけることなど通常ありえません。」


ロイドが続く。


「その後、すぐに要求を取り消したのも引っかかるしな。」


フォルトが腕を組みながら話す。


「えぇ。ですから、こう考えてはいかがでしょう?クレザーノ家は『エレン王女が邪魔になり、消そうとした』が、失敗し、さらに警戒されるようになってしまった。それならと、『エレン王女を一族に迎え入れようとした』と。」


赤髪の女性が言う。


「まさか!人身売買王アブラと繋がりが!?」


フォルトが声を荒げる。


「なるほどのう。王女殺害のため、多額の賞金をかけた。じゃが、失敗したことにより、警備は厳しくなった。やむを得ず、エレン王女に想いを寄せている息子を使い、王女を手に入れようとした。その為、多少強引な手を使っても王女を手に入れられるように協力した…と。」


「…現在の王室の権力は、バーナード国王が平民出身であることから、貴族の一部から反感を買い、衰えつつあります。しかし、その分平民からの支持は高い。正直、それが王室の最後の生命線です。そして、現在、王族の血を引いているのはエレン嬢、マリー王妃2人だけ。しかも、マリー様は御病気でお子がもう、産めなくなっている。エレン嬢がいなくなれば…」


「王族は滅亡。となれば、新しいリーダーを立てるでしょう。我々、第一公爵家の中から…ね。その場合、考慮するのが勢力です。現在、3家の中で、いえ、クレザーノ家と他の2家の間には圧倒的な差があります。王族が滅亡したら、新たに王の位置につくのはクレザーノ家で間違いないでしょう。」


「だから、そうならないよう、ワシらで同盟を組み、エレン嬢を守り抜く。それが今回の内容じゃな?」


「えぇ。そういうことですわ。察しが早くて助かります。」


赤髪の女性が微笑んだ。


「ワシはずっと血生臭い仕事ばかり担当してきたからな。内政のことなどこれっぽっちも知らなかった。が、今回のフラインの一件でよく分かった。通常なら王妃であるマリーが否定すれば即行で収まる事態なのに、なぜ、あそこまで発展したのかがな。」


現在の王室の権力は、市民によって成り立っていると言っても過言ではない。それでどうにか、クレザーノ家に呑まれずにいる状態。そんな中、市民からの反発を買い、疑惑を生み出して、あまつさえクレザーノ家の味方になられてしまえば、王室は終わりを迎える。


そして、今回。もし、会場の市民たちを納得させず、強制的に事態を鎮圧もしくはエレンが一方的にフラインを拒絶したとしたら。

クレザーノ家はここぞとばかりに王室に攻撃を仕掛けるだろう。それをとめる力は…王室にはない。

エレンや将来産まれるであろう子供たち、要するに王家の血を引く者たちは、殺されるかあるいはただの子孫を残すだけの道具として扱われることだろう。


王女の心の闇を取り払ったライトと、自身の恐怖に打ち勝ったエレン。どちらかが欠けていれば、今頃王室は、いや、この国は——


「今回のフラインの事件は何とか収まったそうですね。そのおかげで、円卓会議においての発言権のみは全員一緒です。故に、正式な場で、王家を潰すことはまだできない。

——が、

エレン嬢のみなら、いくらでもやりようがある。私たちで守らないと、この国の未来はありませんわ。」






王女を巡っての戦争が始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る