第44話 一章完結記念 番外編 悪魔と財布とお祭り

競技大会が終わり、学園は通常の授業へと戻っていった。


そんなとある日の休日—


「ライト!カキ氷食べたい!」

「おにぃちゃん!エリも!!」


満面の笑みのエレンとエリがライトに詰め寄る。その様子はまるで姉妹のようだ。


(どうしてこうなった…)


——時は数時間前に遡る。


「ふんふふん♪ふんふん♪」


空調の効いた快適な学園長室でライトは1人本を読み、くつろいでいた。

今日はかなり気温が高く、何もしてなくても

すぐに喉が渇く。

その度キンキンに冷えたお茶を飲む。

そしてページを捲る。何度もこの作業を繰り返していた。


最近、エレンとの逃走撃で日々体力と神経を擦り削られ、そんな中、フォルトとの修行や日々の学業も両立しなければならない。


そんな地獄の日々からの救済の1日。

今日はフォルトが用事で修行は急遽休みに。ということでライトは久しぶりに自由な時間を手に入れた。


無論何をするかと言えば決まっている。


一日中全力でだらける。


エレンに付き纏われるようになって、ライトは自由に行動できなくなっていた。


ライトは推薦入学者とはいっても、貧乏である。以前、休日にちょくちょくアルバイトのように簡単なクエストをこなし、食い繋いで来た——が、それすら出来なくなるほどエレンからのアプローチ(?)が凄まじい。

一度文句を言ったのだが…


「あら?それなら良い仕事があるわよ。ほら、この紙に貴方の名前と血判を押せば解決よ?」


うん。そういう『解決方法』は望んでない。


寧ろ逆効果だった。


現在ライトは長期休暇での王女襲撃事件の際貰った恩賞によってなんとか生活している状態だった。


(何とかしないとな…)


エレンを。


そう思ってライトはため息をつく。

が、すぐに機嫌は直る。


何故なら今日は『休日』だから。


疲れた身体と心を全力で癒す。

財布のピンチを考えるのはそれからで良い。


ちなみにフォルトは完全にエレンの味方だ。


フォルト曰く

「師匠に黙って切り札を持つとは。偉くなったもんだな?ライトよ?」

要するに、弟子に驚かされたのが悔しいのだろう。

その結果、修行内容、開始と終了時間はほぼエレンに筒抜けの状態となった。


おそらく、今日の『休日』のこともフォルトはエレンに伝えているだろう。


その後のエレンの行動は簡単に予想できる。


故に、学園長室。わざわざニックに頼んで開けてもらったのだ。

居留守ではなく、本当に居なければいい。


まさかここに居るとは思うまい。


盛大なフラグを立てるライト。


トントン。


案の定、学園長室の扉がノックされる。

固まるライト。


(うん、聞き間違いだ。聞き間違いだ。)


自分にそう言い聞かせるも—


トントン。


静まり返った部屋にノックの音が鳴り響く。


震える動作でドアを開く。

そこにいたのは——


悪魔(エレン)


ではなく、誰もいなかった。


(…本当に疲れてるんだな。俺)


安心のため息を吐くと、

ドアを閉めようとして…


「おにぃちゃん」


足元から声がかけられる。


フリフリの付いた薄いピンクの小さなワンピースに麦藁帽子をかぶり、水色のバックを持ったエリが居た。


「…エリちゃん?どうしてここに?」


きっとニック学園長を呼びに来たのだろう。

ニック学園長もこんなに可愛いお孫さんに懐かれて幸せも—


「じぃじから、ここにおにぃちゃんが居るって聞いて。じぃじは忙しいから、おにぃちゃんと遊んでおいでって。」


違った。


(ニック学園長ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)

心の中で叫ぶ。


「…うん。エリちゃん。俺に何か用かな?」


引き攣った笑みを浮かべるライト。


「遊ぼー!!」


弾けるような笑顔で言われる、悪魔の言葉。


「エ、エリちゃん?あのね、おにぃちゃんはこれから…」


「遊ぼー!!」


「エ、エリちゃん?話を聞い…」


「遊ぼー!!」


微塵も断られると思っていない、純粋無垢な笑顔を前にライトは——


(いいや!今回は心を鬼にして…)


「遊ぼー!!」


(……いかんいかん!!今日だけは!!今日だけは!!悪いなエリちゃん。悲しまないでくれ。)


意を決してライトは言葉を紡ぐ。






「おにぃちゃん!見てみて!!

鳥さんだぁ!!餌あげたい!!」


「うん…可愛いね…エリちゃん。」


——無論断れるはずもなく、炎天下の中、エリは引き篭もりライトを容易に外に引っ張り出した。


この天使の顔をした悪魔から…

(エレンとは違う意味で)逃げたい。


切実に思うライト。


「あ!お祭りやってる!!」


エリに言われてみると、そこには屋台が並び、祭りが行われていた。今日の炎天下の影響もあり、カキ氷や焼きそば、アイスなどに行列が出来て、賑わっている。


祭りに行くこと。

それは金欠のライトにとって地獄を意味する。


「エ、エリちゃん?まさか貴女行きたいとか思ってません?」


ライトが冷や汗を流しながら尋ねる。

炎天下なのに血の気が引いて少し肌寒い感じがする。


「うん!!!!」


元気いっぱいにエリが即答する。

ライトに「断る」という選択肢はなかった。


「わたあめ♪わたあめ♪」


(ライトのお金で買った)白い大きな綿飴をご機嫌で食べるエリ。


(これ、俺の何食分(の値段)だろ…)


ライトが遠い目をする。


そんなこともつゆしらず、

目の前の小さな天使(悪魔)は笑顔で綿飴(ライトの1食費数回分)を頬張る。


(あぁ…帰りたい…)


そう思った時、背後から凄まじい殺気が発せられるのを感じた。


振り返ってはいけない。振り返りたくない。そんな願いを押しつぶすような殺気。

そこには—


「…ねぇ?ライト?何してるの?」


背後に般若の化身を出す悪魔(エレン)がいた。


「…いやですね。王女様。私はただ…」


あまりの怖さに敬語になるライト。


「せっかく!!私がお家デートに誘ってあげようと尋ねたのに全然返事がないから!ドアを破って見てみたら案の定居ないし!!何よ!?私とデートしたくないわけ!?!?」


したくないです。特に『お家』デートは。

ほぼ確実に帰れないじゃん、俺。


ていうか今サラッと聞きたくない情報まで聞こえてきた気がした。うん、空耳だ。


自分の家の玄関の無事を祈るライト。


「あー!お姫様のおねぇちゃんだ!」


何にも状況を理解してないエリがエレンに話しかける。


「…あら?エリじゃない。こんなところでどうしたの…ってまさか!!ライト!!アンタやっぱりロリコンなんじゃ…」


どんどん状況がこじれていく。


頼むから…頼むから平穏に生きさせてくれ。


そんなライトの願いは——


「おねぇちゃんも一緒に遊ぼー!!」


——目の前の小さな天使(悪魔)によって無常にも壊された。



——そして現在。


当初、ライトはエレンが「祭り何てつまらないわっ!」と怒って帰ることを期待していた…が、


「ライト!!アレは何!?!?」


「…射的だな。銃を撃って景品を撃ち落とすゲームだ。」


「魔術無しで!?私やってみたいわ!!」


「エリもやるぅぅ!!」


エレン(王女)はこういった祭りが初めてだった。カキ氷、金魚すくい、りんご飴、などなど、何でも興味を持ち、チャレンジしまくる。

エリもそれに続く。

もちろん、それらお金はライトのポケットマネー(生活費)から支払われる。


しかも、周囲から向けられる目線は痛い。

何故なら—


「おい!見ろよ!『親子』仲良いなぁ!」

「ホント!見てるこっちが癒されるわぁ!」


金髪蒼眼の美少女と金髪の幼女。

そしてこの前の競技大会での出来事。


そんな3人が遊んでいる(1人は白目だが)のだ。外堀が完全に埋められていた。


そんなことを全く理解してない2人の悪魔はその後も豪遊し、ライトの懐(と精神)に壊滅的なダメージを与えた。




日が沈み、空には一面の星空


「あー!楽しかったわ!」


ご機嫌のエレン。


「ホントタノシカッタヨ。」


精神崩壊したライト。


「……」


歩き疲れたのだろう、

エリはなんだか眠そうだ。


3人はベンチに腰掛ける。エリはライトの膝の上に座るとすぐに寝息を立て始めた。優しくエリの頭を撫でるライト。


エレンは想い人のそんな様子を見る。

エリは笑顔で気持ちよさそうに寝ている。


(こうしてみると本当に親子みたいよね。)


愛しい彼と自分と、2人の子供たち。


(…いつかそんな未来が来たら良いな…)


そう思うと、ライトの肩によりかかる。

静かで、穏やかで、幸せな時間が流れる。


ヒュゥゥゥゥゥゥドパーン!!


夜空に爆発音が鳴り響き、花が咲く。

何度も何度も。


(綺麗ね…。いつか、また、ライトとここに来たいわね。)


今度はお母様も誘ってこよう。

そして、自分とライトの子供たちも。


(お父様は…別にいいわ。何か面倒なことになりそうだもの。)


本人が聞いたら泣き崩れるであろう事をサラッと思うエレン。


(あぁ…、この時間がずっと続けば良いのに。)


花火の音が、これからの自分とライトの将来を祝福するように聞こえたエレンだった。






一方——、


(あぁ…あの花火打ち上げるのにどれだけ(費用)かかるんだろ…)


これからの自身の(強制節約)生活を目の前にして、幻想的な雰囲気を噛みしめる余裕がなくなっていたライトだった。

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