文字を書くのが好きな人

みやこ

プロローグ

 海の中を泳いでいる。自由自在に。

 水の膜は柔らかく手のひらを滑り、水中を突き抜けていく感覚は魚にでもなったようだった。網目模様の水の影を潜り抜けて、どこまでも、どこまでも泳いでいく。そうして辿り着いたのは……本の立ち並ぶ、店の中だった。


「楽しかったわ。ありがとう」

『よかったです』

「もう六十を過ぎてねぇ……泳ぎたくても泳げなくて」

『少しでも素敵な経験ができたなら、私も嬉しいです』


 彼女の文章を読んだ人は、皆不思議な経験をする。その文章の中に、あたかも入り込んだような錯覚を覚え、深く文章に沈み、体験すら得ることができるのだ。生まれつき喋ることのできない店主であるレキシアは、老婆に穏やかな笑みを投げかけた。


 ここは文筆堂。文章の代筆を行う小さな店。

 今日も彼女の文章を求めて、誰かが扉を開く。

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