第42話 後日譚

 そういうわけでフレデリクの協力を得ることができ、セラ・ボイドによる暴行事件は幕を閉じた。彼女の犯罪は殺人という重いものである。しかし彼女が狙ったのは孤児院や救貧院の中でも戸籍登録がされていない者たちだった。




 だからセラの最も大きな罪は男爵家嫡男への暴行なのである。


 事件後、アークライト邸を訪ねてきたフレデリクから後処理の報告を受けたデューイは唇を噛んだ。




「セラは伯爵家で軟禁処分。ボイド伯爵家には僕の家から人を送り込んでいるから常に監視している状態だよ」


「甘いのではなくって!? 大量殺人犯なのですよ!?」


「これは伯爵家のための措置だからね。ボイド伯爵もこれ以上不興を買わないように必死でセラを監視するだろう。僕としても趣味で毒草を使用するやばい……いかれた……そういう女を社交界に出入りさせるわけにはいかない。分かりやすい事件を起こしてくれて却って助かった。これが落とし所だよ」




 ビビアンは歯噛みした。落とし所であるはずがない。結局平民と貴族では命の扱いが違うということだ。ビビアンだって偶々貴族のデューイと婚約していただけで、ビビアンのみが死んだ場合は事件として扱われなかったかもしれないのだ。


 それに、と思う。セラは自分の犯した罪ですら、セラ自身として裁かれることはなかったのだ。彼女に全く同情はしないが──




「縛り首にしたって十全でないのに!」




 事件がひと段落ついたというのに全く晴れない気持ちである。




「デューイ、きみ、婚約者……じゃなかった、妻の口が悪いのは頂けないよ」




 フレデリクがデューイに注意をする。ビビアンは唇を尖らせた。




「目の前のわたしに注意なさったらよろしいではありませんか!」


「ではビビアン・アークライト。無闇に過激な言葉を使うんじゃあない。品性が疑われるからね。君と、君の夫の品性がね」




 正面に向き直られバッサリと切り捨てられ、ビビアンは流石に萎れた。正論である。


 ビビアンは素直に謝罪した。




「お聞き苦しいところをお見せしてしまい申し訳もございません」


「よし。それで話を戻すけど、伯爵家の領地は一部没収されて王家預かりとなっている」




 デューイは頷いた。妥当な処置と言える。フレデリクはそんなデューイに意味ありげな視線を送った。




「どうされました?」


「君はこれから功績を上げて、この伯爵領を賜りなさい。そして伯爵位を叙爵される。最低限ここを目指してもらう」


「……は?」




 デューイは完全に固まった。爆弾発言である。ビビアンは声を張り上げた。




「何故!? もう事件は終わったでしょう!?」


「今回君たちに肩入れしたのを不満に思う貴族が多くてね。彼らを納得させるために、デューイ・アークライトが有用な人物であると示さなければならない」




 やっと言葉を咀嚼したデューイが我にかえる。慌てて首を横に振った。




「私は伯爵位なんて望んでいません! ただ、今の領地を治められたらそれで良いのです」


「そうですわ! デューイ様にとって1番大切なのは領民なんですもの!」




 ビビアンは勢いづいて援護射撃する。フレデリクはビビアンに顔を向けた。




「ミセス・アークライト。本当に領民のためを思うのなら、心根の正しい者がより多くの民を導くべきじゃないかな。領主の不祥事を受けて元伯爵領の民はどれだけ不安だろうか? 妻として夫を後押しすることも大事だよ。妻として」




 フレデリクは大事なことなので2回言った。




「つ、妻として……!? そ、そう言われたらそんな気がしてまいりました。確かにデューイ様に治めてもらう人はきっと幸せですものね。デューイ様、頑張りましょう! 大丈夫ですわデューイ様。わたし、良いものを紹介することには自信があってよ。デューイ様の素晴らしさを広めていけば良いのでしょう?」


「ビビアン、お前……」




 あっさりと言いくるめられたビビアンにデューイは遠い目をする。まだまだ続きそうな波乱の日々に、思わず長い息を吐いた。


 だが努力を期待されるのは、悪い気はしなかった。




 あっ! とビビアンが声を上げる。




「ちょっと! それでは新婚旅行は? わたしとデューイ様の蜜月の日々は!?」




 フレデリクは爽やかに、実に残念そうな声色を作った。




「そんな暇はないだろうねぇ」


「そんなッ!!!」




 ビビアンは一人で勝手に絶望し崩れ落ちる。そんなビビアンの様子を眺めながら、フレデリクはデューイに小声で尋ねた。




「彼女、なんだか事件が終わってから頭が弱くなったんじゃない?」


「ビビアンは元々ああいう子です」




 彼女が張り詰めた顔をするようになったのは、アークライト邸を強盗が襲った日、つまり彼女が『戻って』きた時からだ。あの時からビビアンはいつもどこか不安げだった。




 ビビアンが安心して笑ったり泣いたりできること。それは確かに二人で、皆で勝ち得たものなのだと、デューイは目を細めた。








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