第37話 披露宴②
会場に居るのは周辺の貴族や親族たちである。儀式と違い、彼らの前で神への誓約は行わない。主に挨拶と、両家の婚姻を周知するのを目的とした会である。ダンスすら省略し、始まりの挨拶と立食を主にしている。
中には、話が広がった割に簡潔であることを不思議に思うものもいた。
そんな表情をしている者の傍で、招待されているジョンが「よっぽど早く結婚したかったんだなぁ」などと話せば、なるほどと納得したようである。
そんな中、ビビアンとデューイが入場した。
二人が会場に入ると、招待客たちは先程のビビアンのように、うっとりと溜息をつく。
淑女たちの視線を集めるデューイはもちろんのこと、その隣に立つビビアンにも感心したような視線が向けられる。普段は主張の強い、自信に満ちた印象を与える彼女だが、今日は自信や余裕の他に、どこか柔和な雰囲気も醸し出していた。
やはり大人になると丸くなるのだな、と周囲はしみじみと思う。
隣に立つデューイも、そんな彼女を見つめる様子は気遣いに満ちており、良好な関係を伺わせた。
「本日はお集まり頂き──」
デューイの父、アークライト家当主による形式的な挨拶が終わり、主役の2人が順に招待客を回り始める。
先ほどまでヘラヘラとしていたジョンも、興奮と緊張を隠せずそわそわと順番を待っていた。
そんなジョンのもとにデューイ達がやってきた。デューイ達が声をかける前にジョンが身を乗り出す。
「デューイ! お前マジで……お前なぁ~!」
ほとんど言いたいことが言葉になっていない。デューイが呆れる前に、ジョンの隣に立っていた女性がジョンの袖を引いた。
「ジョン様、お行儀が悪いですよ」
「ああ、ごめぇん」
ジョンの隣に立つ茶髪の女性。彼女こそ、ジョンが無謀な借金までして口説きたかった女性である。こうして社交の場でパートナーとして出席していると言うことは、首尾は上々ということだろう。
ビビアンはにやにやとジョンに言う。
「絶対に後で詳しく聞かせてくださいませ」
「う、うん。いや、それよりさぁ。本当に大丈夫なわけぇ?」
ジョンは2人にだけ聞こえるように声を落とす。
デューイは小さく頷いた。
「ああ。それに、お前にも頑張ってもらうからな」
「後で彼女とお茶会ですからね! 詳しく教えてくださいませ!」
ビビアンの場違いな返答にジョンは脱力し、ゆるく手を上げた。
「うん、じゃあ……またねぇ」
そうしてジョンと別れ、ビビアンたちは次の席へ移動する。
「お越しいただきありがとうございます。──ボイド家の皆さま」
そこにはボイド伯爵家の面々が招かれていた。もちろん、セラも。
「本日はおめでとうございます」
セラはドレスの裾を摘んで一礼した。
「ありがとうございます」
ビビアンたちも礼で返す。セラがふんわりと口を開いた。
「お二人の仲が大変よろしいのは、以前から存じていましたけれど……今日の仲睦まじいお姿には驚かされました。私どもの想像以上ですのね」
セラの言葉を聞きながら、ビビアンは注意深く笑顔を作った。緊張が表に出ていないだろうか? 喉が渇く。
と、丁度そこへ飲み物を運ぶ給仕が通りかかる。デューイが手を上げて彼を呼び寄せた。
「今日のよき日に両家の縁が結ばれたことは大変喜ばしい事です。セラ嬢も如何ですか?」
葡萄酒を注がれたグラスをデューイに勧められ、セラは一瞬身を強張らせた。
グラスをじっと見つめ、ややあって口角をあげた。
ゆっくりとグラスを受け取る。
「ええ、それでは……結ばれた良縁を祝福いたします」
デューイ、セラ、そしてビビアンがそれぞれ杯を受け取り、掲げようとした時だった。
「ギャ~~!」
気の抜けたジョンの悲鳴が上がったのは。
会場の視線がジョンの居る席に集まる。そこには葡萄酒を盛大にぶち撒け、テーブルや床に飛散している光景が広がっていた。
「ごめぇん! めちゃくちゃこぼしたぁ!」
ジョンが空になった杯を持って青褪めている。
「全く、何してるんだ」
「もう、ジョン様ったら……」
デューイとビビアンがテーブルに持っていたグラスを置いた。
片付けの指示をするべくジョン達のテーブルへ駆け寄る。
会場の参列者達は遠巻きにその光景を眺めていた。
セラはその場に残されたグラスを見つめる。つ……とグラスに触れ、そして──。
「セラ嬢」
セラの体が揺れた。
顔を向けた先で、ビビアンが真っ直ぐ彼女を見据えていた。
そして先ほどセラが触れていたグラスを取り、バートを呼び寄せる。
「これ、保管しておいて」
バートはグラスを受け取り一歩下がる。
困惑した表情でセラはビビアンを見た。
「セラ嬢、この後話があります」
「何を……」
ビビアンはセラに近づいて耳打ちした。
「皆の前で話されて困るのはあなたじゃない?」
身を離してちらりとバートに視線をやる。セラはビビアンの視線に釣られるようにバートを見る。
恵まれた体躯。厳しく眉根を寄せ、光る眼鏡が鋭利な印象を与える。ジョン曰く明らかに堅気のものではない容貌の青年を前に、セラは反発する言葉をしまった。
◆
ジョンが飲み物をこぼすというハプニングはあったものの、披露宴は恙なく終わった。
バートによって控室に連れられたセラは、そこで待ち受けるビビアンとデューイを見た。
「ボイド伯爵には友人同士で話があると説明している」
デューイはセラに言った。
セラは怯えた表情で室内を見渡した。控室にはビビアンとデューイ。セラの背後にはバートがぴったりと付いており、その後ろにある扉の横にはマリーが控えている。
「単刀直入に言うわね」
ビビアンが口を開いた。
「あなた、セラ嬢。孤児院の子供たちに毒を盛ったでしょう」
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