第32話 真・深夜会議①
ゆっくりと体を離したデューイは、頬を染めて呆けているビビアンから視線を外した。
気恥ずかしいし、なんだか見てはいけないような──そこまで考えてデューイは思考を振り払った。
二人の気持ちを確かめ合うことは大事なことだが、話しておきたいことが他にもあるのだ。
「ビビアン、『事件』についてなんだが、話し合いをしたいが今日はもう遅いからな……」
「お待ちになってデューイ様。話し合いでしたら、いつもこの時間にしておりますの。いつものメンバーを呼んで参ります」
「いつもの?」
首を傾げるデューイに、ビビアンは得意げに笑みを深めた。
いつものメンバーこと、メイドのマリーと護衛兼密偵のポールである。ビビアンは彼らをソファーに座らせ、大仰な手ぶりで説明を始めた。
「まず始めに。わたしが未来から『戻って』きたことを、デューイ様に全て説明したわ」
ビビアンの言葉に、花市での出来事を知らないポールは目を見開いた。
「そしてデューイ様。この二人はわたしの事情を全て知っていて、いつも手助けしてくれているのです」
デューイは頷いた。確かにビビアンが奇行に走る時は彼らが傍にいる……ような気がする。単独でも十分挙動がおかしいので、判断に悩むところではあるが。
とりあえずデューイは納得して、本題を切り出した。
「いくつか質問したい。二人はビビアンのように『前回』のことを体験して覚えているのか?」
二人は首を横に振った。ポールが口を開く。
「自分は体験していませんが、お嬢さんの話は信じています。お嬢さんの言う『未来の俺』の言動に信憑性があったので」
マリーも頷いた。デューイは二人の回答に納得し、ビビアンに向き直る。
「二人とも体験して覚えている訳ではないんだな。では『前回』のことはビビアンに確認するしかないな。ビビアン、俺が死ぬ前アークライト家周辺の事情は覚えているか?」
ビビアンは思い返し、気まずげに首を横に振った。それはデューイにとって意外なことだった。ビビアンもばつが悪いのか、指先を弄んで言いあぐねている。
「だ、だって……わたしは付き纏い過ぎて婚約解消されたんですもの! できるだけ関わらないように努めていました。わたしの周りも気遣って話題に上げないようにしてくれていたし……」
ビビアンの言葉にデューイは面喰った。
自分が想像しているよりも、ビビアンが経験したアークライトとの断絶は深いようである。デューイはそれには触れず話を続けた。
「それじゃあ、そもそもビビアンが不審に思ったのは何故なんだ?」
「それは……」
ビビアンは躊躇った。いくら目の前のデューイが『未来のデューイ』とは違うと言っても、本人を前に説明するのは気が引ける。
「どうした? はっきり説明してくれ」
「えっと……その、『デューイ様』の訃報を受けた時、葬儀もなく埋葬されたと聞いて。領主の息子なのに不自然だと思ったのです。ポールに調べさせたところ、他殺の可能性が高いと報告を受けました」
ビビアンは躊躇いながらも詳細を伝えた。かつてポールが報告した内容を口にする。
【デューイ氏は数か月前から時折人が変わったようになったという。当日は、夕食の直後に眩暈を訴え出す。ふらつき、嘔吐などの症状がみられた。非常に興奮した様子で、心配する使用人たちに激高していた。夫人が寝室で看病したようだが、深夜に絶命。
奇妙なことだが遺体は使用人すら確認していない。使用人達が主人の遺体に別れを告げたいと懇願するが、許されなかった。深夜、速やかに埋葬される。
事件性は濃厚。他殺の可能性も否定できない】
デューイは強烈な嫌悪感を覚えた。
あまりに凄惨な内容だ。そして、ビビアンがそれを諳んじたことにも。
──ビビアンは何度、この『報告』を繰り返してきたんだ?
デューイは奥歯を噛み締めた。不快感を押し込め、内容を精査する。あごに手を当て、状況を整理する。
しばらく目を伏せていたデューイが視線を上げた。ビビアンの顔をまじまじと見つめる。
ビビアンは思わず身構えた。
「な、なにかしら」
「いや……偏った見方をしていると、自分で気付いていないのかなって」
「……なんですって?」
ビビアンは眉をひそめる。
「毒を盛れて、遺体が人目に付かないように深夜に埋葬できる。公爵家がどうというより、むしろ身内が関わっているんじゃないか?」
みうち。ビビアンが繰り返す。
デューイは一つの仮説を口にした。
「身内と言うか妻──……はっきり言ってセラ嬢が『俺』を殺したとしか思えないんだが」
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