第6話 交渉


 バルコニーに出て夜風に当たり、並んで庭を見下ろす。何だかロマンチックな雰囲気ではないだろうか?

 ビビアンは一瞬状況を忘れてドキドキしてしまった。


「ビビアン、今日のお前は変じゃないか?」


 が、浪漫のかけらもないデューイの言葉に現実に戻る。思ってもみない指摘に血の気が引く。


「そう、でしょうか」

「うん。いつもなら変なんて言ったら怒ってる」


 なるほど。一理あるのでビビアンは素直に頷いた。


「……もうずっと変なままかも」


 ビビアンは思わず口にしていた。デューイにとっては『昨日まで』のビビアンとは違うかも知れない。そしてもう、昔のビビアンには戻れないのだ。


 デューイはしばらく考え込み、


「今までもずっと変と言えば変な奴だからな……」


 と、全く色気のないことをのたまった。


「まあ! 悪いお口だこと!」


 ビビアンはそっぽを向いて怒りをアピールする。一方で少し安堵していた。核心を疲れても困るので無理矢理話を切り上げる。


「風が出てきましたわ。体が冷えてしまう前に、今日はもう寝ましょう?」

「……そうだな」


 デューイも頷く。彼自身、何が引っ掛かっているのか理解はできていないのだろう。


「おやすみなさい、デューイ様」

「おやすみ、ビビアン」


 躊躇いを振り切るようにビビアンはバルコニーを出た。


 デューイに悟られるようではいけない。ビビアンは夫人を救うと決意したのだから。







 深夜。月のない夜である。

 客室のベッドから起き上がったビビアンは、燭台に火を灯す。


 夫人達は深く寝入っているだろう。体を温める牛乳、安眠効果のある香や、寝苦しさを軽減する寝衣。

 とにかく夫人に夜ぐっすり眠ってもらうこと。


 これがビビアンの稚拙で精いっぱいの計画だった。熟睡に関して、ウォード邸にある物で効果のありそうなものはできるだけ持ってきた。


 そもそも『前回』夫人が強盗に襲われたのは、夜中に起き出した彼女が強盗に遭遇してしまったからである。寝室で大人しく眠っていれば危険を回避できると考えたのだ。そして──……


 燭台を持ち、客室から滑り出る。

 廊下で控えさせていた荷物持ちの男に声を掛ける。


「遅くまで悪いわね。この鞄を持って付いてきて」


 大量の品物が入った旅行鞄を指さす。これで強盗と交渉する。

 誰よりも早く強盗達と接触し、お引き取り願うのだ。


 みんなは明日、いつも通りの朝を迎えれば良い。


 難しいが、自分には可能である。拳を固めビビアンは覚悟を決めた。





 さて、強盗犯に会うにはどうしたら良いか?

 屋敷の最も侵入しやすい場所が狙われるだろう。ビビアンは思考を巡らせる。


 『前回』の人生で、ビビアンはデューイに関わる全てを把握したがった。交友関係や金銭状況、もちろんアークライト邸のことも。

 使用人や警備の配置も把握していた。デューイに尋ねることを注意されてからは密偵を使って調査していた。誰よりもアークライト邸について詳しいと自負している。


──わたしが犯人なら、どうする?


 ビビアンは屋敷の裏手、使用人の出入り口へ向かった。


 使用人の出入り口は表からは見えないように造られている。荷物持ちの男にカバンを運ばせ、待ち構える。


「ありがとう。もう部屋に戻って良いわよ」


 男性が居ると犯人が警戒するかもしれない。荷物持ちの男は怪訝な顔をしながらも口を挟まず下がる。余計な詮索をしないと知っていたから、今回彼を荷物持ちに選んだのだ。


 男の背中を見送ると、がさっ、と土を踏む音が聞こえた。ビビアンは体を向ける。


 闇夜、燭台に照らされた少女が浮かび上がってくる様は、奇妙な迫力があっただろう。


「待っていたわよ」

「何だお前は!?」


 口元を布で隠した二人組だった。一方は瘦せぎすで、もう一方は下腹だけ脂肪が付いている。どちらも衣服は擦り切れており、貧困からの窃盗だと窺える。     

 ビビアンを見て、いきなり人に見つかった動揺から声を荒げる。痩せた方が懐からナイフを取り出し、ビビアンに突きつける。


「てめぇ! 騒ぐんじゃねぇぞ!」

「静かに。人が来るわよ」


 ビビアンは人差し指を立てた。突きつけられたナイフを仇を見るような目で睨みつける。脇腹がチリチリと熱を持つようだ。

 深呼吸して気持ちを落ち着け、足元の旅行鞄を指した。


「金目の物ならここよ」


 犯人たちは視線を交わす。この女は何なんだ?


 痩せた方がナイフを突きつけたまま、太り気味の男がそろりと旅行鞄に近付いた。鞄の中にはビビアンが持参した土産、交易品、そしてその下に宝石類が詰まっていた。全てビビアンの自室から持ってきたものである。


 犯人たちは目を見張る。


「あなた達が時間をかけてこの屋敷を漁るより、この鞄を持って帰った方が利益があるわ。人を殺すのが目的ではないでしょ? これで帰りなさい。そして二度とこの屋敷に近付かないで」

「ふざけてんのか?! 誰がてめぇの命令聞くかよ!」

「要求を呑むなら通報はしないわ」


 犯人たちは再び視線を合わせた。

 何なんだこのイカレた女は? 明らかに怪しい。そう思いながらも鞄の宝石類から目が離せない。


 ビビアンは息を詰めてナイフを向ける男の目を見つめる。

 納得してもらうしかない。

 やがて焦れたのか、男はビビアンと鞄の宝石を見比べ、頷く。


「本当に通報しねぇんだろうな」

「ええ」

「……意味の分からねぇ女だ」


 男は鞄を引きずり手元に寄せる。要求を呑んでくれそうな雰囲気に、詰めていた息を吐く。物事が終結しそうな様相に、両者とも気が緩む。


 だから誰も、背後から近づく気配に気が付かなかった。


「──ビビアン?」


 戸惑いを含んだデューイの声に、ビビアンは凍り付いた。

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