第136話

「魔術師へと至る為の最初の試練。それは、己の中の魔力を感じ取る事じゃ。魔法を身に付ける以前に、先ずは其れが出来なきゃ話にならんからのう。」


「ふむ。」


婆センパイは随分と勿体ぶっていたが、凡その事は既に予想済みである。何故なら俺が嘗て森の奥深くの集落でビタという少女に回復魔法の指南を受けた際も、一番苦労したのは正に其の自分の中に存在した不思議な力に対する気付きであったからだ。俺とてビタの献身的な指導と、発狂寸前まで追い込まれる程の苦闘と無数の試行錯誤、そして少なからぬ幸運が無ければ、其れは決して成し得なかったであろう。


「おい小僧、ボケっとしとるが本当に分かっとんのか?言葉にすれば簡単じゃが、実際に魔力を感じ取るのは容易な事じゃ無いんじゃぞ。」


「ならば、実際には どの位の難易度なんだ?」


「んむ。難易度で評価するのは難しいのう。何故なら、其れを成すのは修練だの努力だのより先ずはその者が持つ素質が物を言うからじゃ。出来る者は何も教わらんでも初めから出来よるし、出来ない者は一生を費やしても出来んのじゃ。」


「ううむ、なら人数で言ったら どうなんだろう。例えばこの町の住人を適当に10人捕まえて鍛錬させたら、実際には何人くらいが 魔力を感じられるようになるんだ?」


「うん?お前面白い事考えよるの。そうじゃのう。あたしゃが知っとる一つの村から引き抜かれた素質のありそうな連中の人数で考えると・・10人居たら、その中に1人居るかどうかって所じゃろうな。」

へえ、想像していたよりは多いな。故郷の学校で考えれば、クラスで2、3人くらいは魔力を感じる素質があるって事か。


「尤も、其処からいっぱしに魔法が使えるように成るとなると、精々100人の内で1人って所じゃろうな。」

むむう、いきなり難易度が撥ね上がったな。そうなると魔術師に至る素質持ちは精々学年に1人か2人ってトコロか。こりゃ狭き門だわ。


「むむう。狭き門なんだな。」


「当たり前じゃ。でなきゃ魔法や魔法の使い手が特別扱いされる訳が無いじゃろうが。因みに小僧、お前は自分の魔力を感じた事はあるのかい?」


「・・全然無いな。」

俺は澄まし顔ですっとぼけた。


スマン嘘です。本当は今でも自分の中をゆったり流れる魔力、滅茶クソ感じまくってます。何ならグリグリ動かすことも出来まっす。でも、俺が嘗て教わったのてビタが身体張った明らかに独自の方法なんだよなあ。それに、9割方確信しているとはいえ、俺が感じ取っているコレが必ずしも本当に魔力とは限らねえし。どうせなら権威のある魔術師ギルドの教師に一からちゃんと教えて貰いたいじゃあねえの。


「ケヒヒヒッ。まあそうじゃろうて。お前鈍臭そうなツラしてるもんな。」


「・・・・。」

くぅ~此処ババア。滅茶苦茶ムカ付く表情でニヤ付きやがって。俺は怒鳴り返したいのをぐぐぐっと堪える。


「なら、婆センパイはどうだったんだ?やはり魔力を感じるのに 苦労したのか?」


「ああん?あたしゃ餓鬼の時から感じてたから、なんも苦労しとらんよ。」

ええぇ、マジかよ。確かにこの如何にも魔法使いでござるな外見なら出来そうな気はするけど。じゃあもしかして、婆センパイは幼い頃から魔法を使えたりしたのだろうか。


「凄いな。なら、あんた餓鬼の時から魔法使えたのかよ。」

俺は好奇心のままに訊ねてみた。


「うんにゃ。あたしゃが若い頃は魔法どころじゃなかったからな。」


「え?」

何だ。幼い頃に何か不測の事態でもあったのだろうか。例えば魔物災害とか戦争とか。或いは飢饉や自然災害だろうか。何処もかしこも物騒でキナ臭いこの世界ならば十分に有り得る話だ。


「そりゃコレよコレ。コレに決まっとるじゃろ。」

婆センパイはいきなり中指をおっ立てて、手の甲を俺に突き付けた。地球ではお馴染みのあのポーズだ。完全に俺に喧嘩を売っとる様にしか見えんぞ。


婆センパイのいきなりの挑発に俺は混乱した。このババアトチ狂ったのか。いやしかし、良く考えれば此処は地球じゃない。あのファ〇キンポーズも何らかの意味があるのかも知れない。そして突き出された婆センパイの指を良く観察すると、とある事に気付いた。


ゴツイい指輪が嵌った婆センパイの指は良く見ると、中指だけでなく人差し指と薬指も第一関節まで立てられていたのだ。


・・・・あっ!!! おっ立てられた中指がサオで、人差し指と薬指はタマタ・・。


「男かっ!!」


「ったりまえじゃろ。察しが悪いのう~さては童貞か小僧。もしかして童貞で包茎か小僧。ゲヒャヒャヒャお前モテ無さそうじゃもんなぁヒャ~~ッヒャヒャヒャ!」


「う、うるせええぇ!ババア、何が男じゃあああっ!」

包茎の単語は初めて聞くも、その意味は一瞬で察知した。そして忍耐も弾け飛んだ。ババアァァ三千世界の全ての童貞を代表して、今すぐ涅槃に送ってくれようぞ!


「黙れ小僧っ!!!!」

憤怒と共に詰め寄ろうとした俺に、婆センパイの大喝が叩き込まれた。その余りの迫力に、俺は我知らず硬直する。大喝と共に、なんか顔面に大量の唾と突風が吹き付けられた気すらする。此れも果して魔法なのだろうか。


「ならば汝に問う。魔法と女。二つに一つ。もし唯一つを選ばなければならぬのならば、貴様なら迷わず魔法を手にする事が出来ようか。」


「そ、それは、うぐぐぐっ・・。」

仮に此処が地球ならば、魔法などという唯一無二なオカルトパワーを身に付ければ、モテる為の最高の武器になると考えられなくは無い。だが、魔法がありふれたこの世界じゃ必ずしも其の限りでは無いだろう。両方取るのが難しいのであれば・・うぐぐぐっ返す言葉が、無いっ。


「あたしゃに口答えなど、ドラフニールの寿命より早いわっ。」


「・・・済まないセンパイ。もう分かったから さっきの続きを頼む。」

ぐうの音も出ねえ。意気消沈した俺は、力が抜けたまま婆センパイに先を促した。何だかきっちりと上下関係を叩き込まれた気分だ。


「ケヒヒヒヒッ。少しはしおらしくなったかの。初めからそうしとけばええんじゃ。」



____多少のトラブルはあったものの、過ぎたことは気にしない。気を取り直して婆センパイの講義は続く。お互いに、気持ちの切り替えは随分と早い様だ。


「さて、魔力すら感じない小僧にいきなり魔法を使えと言われても、何をどうすりゃ良いのか全然分からないじゃろ。」


婆センパイは手の平を上に向けると、突如そこにボッと火が灯った。す、すげえ。

でも怖え。薄暗い部屋で火を灯す婆センパイの姿は、ほぼ漫画や小説のアンデットにしか見えねえぞ。


「となると先ずは魔力とはなんぞや、そして魔素とは何ぞやという話になってくるのじゃが。まあ色々と論じられちゃおるが、実際には未だその正体は未だ良く分かっておらん。研究者共の間では、無垢なる力などとも呼ばれておるがの。」


「そして魔力と呼ばれる不思議な力が何処に在るのかと問われると、通説では血流は肉体と共に在り、魔力流は魂と共に在るとされておるのじゃ。」


「魂・・・。」


「あたしゃ達の現身は大雑把に言えば肉体、精神、そして生物の根源を司る魂の三つの要素で構成されておる。肉体は言わずもがな。血、肉、骨じゃな。精神は脳味噌の中に在るとされておる。魂は其れ等の奥底に宿る命そのものじゃ。そして肝心の魔力は、あたしゃ等の魂を取り巻いて廻っていると考えられておるんじゃ。魔力は多寡の差は有れど誰でも持っておる力じゃが、しかして只人が其れを感じ取るのは非常に困難じゃ。何故なら魔力は触れられぬし目にも見えぬし、感じ取ろうにもその流れは精神や魂に溶け込んで分かり辛いからの。」


「ううむ成程。」

魂ねえ。だが、其れについては一言あるな。


精神性を表現する意味合いでの魂はともかくとして、霊魂だの魂魄としての魂ってのは俺は正直あまり信じてはいない。死者に手を合わせたり、冥福を祈ったりするのと矛盾しているのは分かっているが、人としての個を形成する思考だの感情だの記憶だのと呼ばれる代物は、所詮脳内の電気信号に拠るものであり、死ねば無に帰すモノだと俺は考えている。なので信じているというよりは、信じたいという願望に近いのが本音である。


唯、婆センパイの言う事も分からなくはない。俺の回復魔法は明らかに物理現象を引き起こしているが、俺の中を廻る魔力そのものは、今では自分の中で流れていると明確に感じ取ることが出来る。だが、その流れは完全に肉体と重なっている感じはしない。一応、回復魔法の際には丹田に集めて練り上げたり、身体の中を通じて移動させたりしているつもりなのだが、往々にして肉体とのを感じるのだ。この力がオカルトチックに感じるのも其のせいである。故に、その源泉は魂でぇすと言われても、若干の引っ掛かりを覚えつつも納得出来なくは無い。


「魔力は何らかの物質というよりは不可視の力そのものと言った方が良いじゃろうな。そして、肉体よりも精神や魂に近い為、よりその影響を受け易いんじゃ。そして魔素についてじゃが、魔素は魔力と似た性質で力そのものと言えるが、より物質に近く、あたしゃ等とは関係なくとも此の世界に普遍的に存在する代物じゃ。」


そういえば以前お世話になった行商人のヴァンさんによれば、魔素は大地から噴出したり、濃度次第では目視も可能と聞いた。魔石などという結晶のような物体まである。とはいえ、例外である魔石を除けば水や砂、空気のように基本触れることは出来ないんだよなあ。但し、俺は未だ特濃の魔素と言うものを体験した事は無い為、何とも言えない所ではある。何らかの物質なのか或いはエネルギーなのか良く分からんが何とも不思議な力だ。もし地球の研究者達がこんな代物を目にしたら、世界中で大騒ぎになるだろうぜ。


「あらゆる生ける者の中に存在し、魔素をより昇華させた力が魔力と言われておる。但し、魔力は物質よりもより精神や魂に近しい。それ故、其のままでは此の世界に現象を引き起こすのは難しいんじゃ。その為には、一度変質させて魔素に近い形態に落とし込む必要があるんじゃよ。」


「ふむふむ。」


成程。回復魔法を教わっていた時、幾ら魔力を手からそのままぶっ放しても何も起きなかったのはそういうことか。回復魔法のキモは一度手で魔力を回復魔法に変質することだからな。


「魔力や魔素に関する説明はこんなところじゃな。さて小僧、お前狩人なら幾ら10級のボンクラでも、1匹くらいは魔物を殺した事があるじゃろ?」


「ああ、あるぞ。」

実際は千や二千ぽっちじゃ全然効かないくらい殺しまくってるが、余計な事を言ってドヤる事もあるまい。


「んむ。泥を取り込んだのなら、少しは自身の魔力を感じ易く成っとるじゃろ。」


「泥?」


「魔物を殺した時に色々と流れ込んで来たじゃろ。あの仕組みは未だに良く分かっとらんが、取り込んだ魔素は肉体を僅かながら変質させ、混ざった魔力は感じ取り易くなるんじゃ。」


「ああ。殺した魔物から流れ込んで来る アレか。でも何で泥なんだ?」


「煤とか泥みたいで汚ねえじゃろ。だから泥と呼ばれとるんじゃ。」

身も蓋もねえな。てか、其れよりも気になったのは。


「アレって健康に害は 無いのだろうか。」


「んむ、多分問題無いじゃろ。阿呆が分不相応なマネさえしなけりゃ、アレで死んだとか病気になったとかいう話はついぞ聞いたこと無いしのう。無垢な魔力が汚れるとか言って、嫌う魔術師も居るがの。」


「そうか。」

そうか~良かったぁ。一応害は無いと狩人ギルドで聞いてはいたが、専門家である魔術師のお墨付きなら尚心強い。最近迷宮でちょっとだけ分不相応な事をした気がするが、アレは今更なので忘れよう。


「てな訳で、ちぃと腹が減ったから続きは明日じゃ。あたしゃのシゴきは厳しいから、もし失敗したり死んでも文句垂れるんじゃないよ。」


「分かった。明日も よろしく頼む。」

さり気なく何か不穏なワードが聞こえた気がしたが、俺は何も聞かなかった事にした。

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