第132話

ウッキウキで訪れた魔術師ギルドにてまるでお手本のような門前払いを喰らった俺は、食ってる途中の飯を引っ込められた駄犬のような気分で狩人ギルドに逃げ帰る羽目になった。だが結局、迷宮『古代人の魔窟』での騒動により魔法の習得どころでは無くなった俺は、此の事に関しては一旦全て棚上げする事になった。


その後、何やかんやでハグレの件が一段落付いたので、俺は頓挫していた魔法習得の目的を再開することにした。実は門前払いされた以前と違い、今の俺には成算がある。その為にお出ましなのが女王様、じゃなかった王女様への二つ目のお願い。それは王族からの紹介状第二弾だ。何だかトト親方の時の二番煎じ感が無くも無いが、実の所此方が本命であり、鍛冶師への紹介状はそのついでに思い付いただけである。


正直、反故にされることも想定していたのだが、アリシス王女様が律儀に約束を守ってくれて本当に有難い。迷宮で遭難していた彼女を拾ったのは成り行きであったが、彼女が地上まで生きて戻れたのは俺にとっても極めて僥倖であった。彼女と出会ったあの時。もし俺が彼女の立場だったとして、出口とは真逆の下層に向かう初対面の怪しい男に付いて行くかと問われれば、正直かなり微妙だ。恐らくは水と食料を貰ってその場に留まっていただろう。あの時点ではよもや救出隊が運悪くハグレに遭遇した訳でも無いのに入口付近でモタ付いてるなど、俺だって夢にも思って居なかったからな。神ならぬ俺にはあの時の彼女の選択がベストだったかどうかまでは定かでは無い。だが結果として、彼女は地上に生還する命運を引き当てた訳だ。そんな彼女は持って居るのだろう。天祐って奴を。


対して俺は・・悲しいかなンなモン持ってる訳がねえ。俺が本当に望んでいたのは王女様のご褒美でもハグレの討伐でも無く、小さな大恩人の命だったんだからな。もしあいつを生き返らせる事が出来るのなら、俺はマッパな原始生活に逆戻りしたって一向に構わない。でも、現実は漫画や小説とは違う。死者が都合良く生き返る事など決して無いのだ。人生はたった一度きり。それはこの異界も地球と何ら変わりはない。


とは言え、俺は過ぎた事を何時までもグダグダと引き摺るつもりは無い。無理矢理にでも気持ちを切り替えて、前を向いて進み続ける。かつての山での厳しい原始生活の経験が、俺に無為な傷心に浸ることを許さない。


紹介状を懐に入れて再び魔術師ギルドを訪れた俺は、以前と変わらずに門を守っていた門番に取次ぎを頼んだ。無論、俺が声を掛けたのは獣人さんの方である。因みに此の獣人さん、他の獣人と同じく元になる動物が何なのか全くわからん。犬の獣人だとか熊の獣人だとか分かり易い外観だと有難いのだが、そもそも「元」なんてものがあるのだろうか。其の顔は、敢えて言うなら海豚のツラに毛がボーボーに生えてると言った風情だ。俺を見下ろすつぶらな黒い瞳は、可愛いというより身体のゴツさと相まって何考えてるか全く分からなくてかなり怖い。そして口の形状は人族とは似ても似つかない癖に、存外器用に言葉を話す。しかもイケボ。だが、会話した印象では以前に俺を摘まみ出した隣のアホ面門番よりも遥かにマトモだ。多分。


「フム、確認を取るから此処で待っていろ。」

説明を聞いた門番獣人さんは暫くの間俺が手渡した紹介状を検分していたが、俺に一言告げるとそのまま門の奥へ歩き去って行った。おいおい、其の紹介状持ち逃げすんじゃねえぞ。それとアホ面の門番と二人きりにするのは止めろ。気分が悪くなる。


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」

そして俺はアホ面と二人きりになった。敢えて言うまでも無く、双方無言である。実に気まずいが、俺から此奴に話しかける気は皆無だ。


そして、門の外で待っていた俺がイライラするのに充分な時間が経過した後。漸く門番獣人さんが戻って来た。


「中に入る許可が出た。俺の後に付いて来い。」


「・・ああ。」


俺は背を向けて歩き出した門番獣人さんの後に続いて、魔術師ギルドの門を潜った。


門の中は想像以上に広い。石畳で出来た狭い通路を暫く歩いても、未だ魔術師ギルドの建物が見えてこない程だ。周囲は謎の樹木が鬱蒼と生い茂っていて、森の匂いが非常に濃く感じられる。しかも何と、森の中に小川が流れている。確か住宅街のど真ん中だよな此処。アレは天然物か或いは人工物の水路なのだろうか。そして何となく周囲にチラリと目をやると、何と懐かしきポーション草が群生しているのが垣間見えた。凄え。アレ勝手に持ち帰ったらやっぱり不味いんだろうな。


暫く森の中の通路を歩き続けると、漸くギルドと思しき建物が見えて来た。建築様式は不明だが、重厚な木造建築に複数の円錐や多角形の屋根が乗った、見た目は滅茶苦茶レトロな雰囲気の有る建物だ。しかも広範囲に渡って蔦のような植物で覆われ、一層幻想的な雰囲気を醸し出している。そしてかなりデカい。奥行きまでは目視出来ないが、あの狩人ギルドの倍は余裕でありそうだ。


門番獣人さんは建物の入り口と思しき木の扉の前で立ち止まった。そのデカイ扉には曲りくねった取っ手と、呪符やらアミュレットのような装飾品が其処かしこに据え付けられており、如何にも魔術師ギルドの入口でございます的な威容を放っている。


「俺は此処までだ。後は中の受付の者に訊ねるが良い。」

門番獣人さんは俺に一方的に告げると、背を向けてさっさと門の方へと歩き去ってしまった。俺を独り残して。ううむ・・正直、そのムーブはセキュリティ的にどうかと思うぞ。まあどうでも良いけど。そして俺は躊躇うこと無く目の前の扉を押し開け、建物の中に踏み込んだ。


築300年くらいは経って居そうなレトロな外観と違い、建物の中はレトロ感皆無な普通の造りであった。具体的に言うと、以前寄生虫駆除の為に訪れた治療院に近いだろうか。但し、綺麗に整頓されていた治療院と違って、その部屋の中には様々な用途不明の器具が幾つも無造作に転がっており、天井からも故郷に昔あった蠅取り紙のような謎の物体が何枚もぶら下がっている。故郷で言う所の畳20帖程の広さの雑然とした部屋の奥にはカウンターがあり、受付と思しき人物が座っているのが視界に入った。その人物の姿を見て、俺は思わず目を見張った。


其処に居たのは鍔の広い銀灰色の三角帽を被り、同色のゆったりとしたガウンだかローブのような衣服に身を包んだ人物であった。その見た目はまさにTHE・魔術師然としている。と、言うか女性なので魔女と呼ぶべきだろうか。いや、正直そんな事はどうでもいい。俺にとって重要なのは、其れが美人受付嬢であるという事だ。再び言おう。美人受付嬢である。ヒャッハーッ!俺のテンションが迫撃砲弾の如くブチ上がる。濃紺のロングヘアーに切れ長の目。そして髪と同じく紺色の瞳で此方を見る受付嬢のお姉さんは、正に俺好みの容姿である。そしてカウンター越しに垣間見えるその肢体。露出は皆無だが、山で鍛え上げた俺の目は誤魔化せんぞ。ローブの中に隠された、その豊満な肉体。何とも素晴らしい。彼女を一目見た瞬間、俺の中で魔術師ギルドの評価が三段階撥ね上がった。


「俺は加藤、狩人ギルドに所属している。既に門番から 話を聞いたかも知れないが、此の地で魔法を学びたくてギルドを訪ねて来た。その為の紹介状もある。責任者に 取り次いで貰えないだろうか。」

昂るテンションをどうにか抑え込んだ俺はカウンターに歩み寄ると、ギルドカードを見せながら早速要件を受付嬢に伝えた。


「カトゥーさんですね。紹介状は先程当ギルドで確かに預かりました。」

俺の問い掛けに受付嬢は少々気怠げに、だが極めて事務的な口調で応じた。ううむ、塩過ぎる応対に若干テンションが萎えるものの、露骨に蔑んで来る狩人ギルドの受付嬢達よりは随分とマシか。今は多少薄汚れてはいるものの、普通の平服を着ているからな。無論、愚息も外部に露出しては居ない。やっぱ身なりって大事だよな。


「ですが・・。」


「直ぐに取り次ぐ事は出来ません。本日はお引き取り下さい。」


「えぇ!?」


な、何だとぉー!?

俺は予想外の返答を受けて、一瞬受付嬢をガン見しまくるのを忘れてしまう程焦った。だがその後詳しく話を聞いてみると、どうやらギルドのような組織ともなると、トト親方の工房の時のように紹介状を提示されても即座にハイソウデスカと取り次ぐ訳には行かないらしい。その前に持ち込んだ紹介状の然るべき照会と正式な手続きの為、幾らかの時間が必要なんだそうだ。更に其れ等の手続きが無事終わった後にも、教育の為の講師の選定やらスケジュールの調整やら色々と準備があるそうな。と言っても、何もワザワザ俺なんぞの為に一から教育の準備をする訳では無い。


この世界の魔術師には弟子を育てて初めて一人前という慣習があり、例の地獄の教育制度が施行される以前から、魔法の教育制度自体は元々存在する。「金さえ払えば誰でも」などという恐怖の一文が無かっただけだ。元来は俺のように誰かから紹介して貰ったり、ギルドが選抜した素質がある者を弟子として魔術師に割り振ったり、魔術師が目を付けた者を自ら勧誘したりするらしい。俺の場合もその中の一環で、既存の制度に則り手続きと準備を進めるだけの話である。


その他として、俺が今迄聞き齧った魔法に関する教育制度としては何と。俺達は無論、例のあの小説のお陰で英国人達もみんな大好き魔法学院なんて代物もこの世界には実在するらしい。あの国の連中、昔は魔法大好きどころか魔女裁判と称して無差別殺人しまくってた癖にな。因みに辺境であるこの辺りの地域には、そんな御大相なモノは一切存在しない。


あと、魔法教育を受ける前には当然金を取られる。〆て金貨40枚。・・・いや、一応払えるけどさ。幾ら何でも高すぎね?因みに、南方の戦争が長引いているせいか、今は都市の物価が少々高騰している。庶民が普通の昼飯を食うのに銅貨10枚くらい必要だ。ガバガバではあるが昼飯代ワンコイン500円くらいと仮定すると、金貨40枚で日本円に換算すると500万くらいかかる計算だ。こりゃ普通の庶民じゃ払うのは絶対無理だろ。


その後、受付嬢は10日後の再訪問を提案してきたが、俺はまだ暫くの間は迷宮に籠って金を稼げるだけ稼ぎたい。という訳で交渉の結果、俺は30日後に再び魔術師ギルドを訪れることになった。


流石にあの紹介状が偽物と判断されることは無いだろうから、順当に手続きが済めば1か月後に魔法を取得する為の教育が始まる。いよいよ俺は魔術師としての本格的な第一歩を踏み出す時が来たのだ。実に楽しみである。


願わくば、あの受付のお姉様を師匠と仰ぎたいものだ。

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