第133話

俺がこの迷宮都市ベニスの魔術師ギルド支部を訪れ、魔法の教えを請う為の手続きを依頼してから丁度一か月の時が流れた。その間、俺は迷宮に籠って魔石を稼ぎまくったり、トト親方の工房で新装備の試作品の具合を確かめたりと何かと煩忙な日々を過ごしていた。そして更には・・な、何と。ギルドで魔石を売り飛ばしていた俺に対してとある奇特な新人狩人のPTから誘いの声が掛かり、共に迷宮巨大坑道跡ガニ・ガルムを探索しちゃうなどという驚くべき出来事もあった。あの迷宮内では当初の想定をぶっちぎる出来事が色々とあったが、取り敢えず皆生きて帰れたのでヨシ!だ。


そして約束の日。俺は日課である早朝の鍛錬を終えると、期待に胸を膨らませつつ大通りの人波を躱しながら、足早に魔術師ギルドへと向かった。約束の刻限は午前の3の刻である。道中の露店で購入したパオシュを朝飯として頬張りながら(肉汁がじゅわりと溢れてうまっ あの露店は当たりだ!)相変わらず生活臭満載の住宅街を抜けて、見覚えのある森とギルドの門の前までやって来た。門を守る門番も相変わらずの二人である。


「やあ、久しぶり。狩人ギルドの加藤だ。今日は、魔術師ギルドとの約束の日なので 此処に来た。ギルドへの取次を 頼みたい。」

俺は門の前に佇む二人に近付くと、迷う事無く獣人の門番に声を掛けた。


「うむ、既に話は聞いている。俺の後に付いて来るが良い。」

つぶらな瞳の門番獣人さんは俺の申し出に対して一つ頷くと、他に余計な言葉は一切発せず俺に背を向けて歩き出した。


この世界に飛ばされて以来、何度となく門の守衛共と揉めて来た俺としては、此の様に話が早いのはとてもとても助かる。俺の門番獣人さんへの好感度は鰻登りだ。そして、獣人さんの後に続きながらアホ面門番の方をチラリと一瞥すると、此奴はまるで何事も無かったかのようにボケッとあらぬ方向を見ながら突っ立っている。ううむ、此奴を門番にしていて大丈夫なんだろうか。所詮他人事だしどうでもいいけどな。


そのまま暫く森の中を歩き続けると、あの時の記憶にある建物が見えて来た。俺は入り口の扉の前で踵を返した獣人さんに案内の礼を告げると、再び魔術師ギルドの建屋の中へと足を踏み入れた。


魔術師ギルドの受付の様子は一月前と何ら変わる事無く、あの三角帽を被りゆったりとしたローブを纏った紺色の髪の受付嬢がカウンターの後方に座っているのが見えた。フフン。今日の俺は鍛錬の後にちゃんと井戸で行水して身体を清めてある。しかも、鍛錬はまだ夜が明けない内に全裸で敢行したので服も汗臭くない。準備は万端だ。狩人ギルドデビューの時と同じ過ちは繰り返さぬ。俺はテンションを上げつつカウンターに歩み寄り、早速受付嬢に声を掛けた。


「狩人ギルドの加藤だ。以前魔法教育の手続きを 頼んだ者だ。今日が約束した日なので 此処を訪ねたのだが。」俺は変わらずふつくしい受付嬢の眼福な姿にほっこりとしながら、身分証代わりの狩人ギルドカードを差し出した。


「はい、カトゥーさんですね。先日お預かりした紹介状の照会は支障無く完了しております。改めて、魔術師ギルドへようこそ。」


手渡されたギルドカードを確認しつつ何やら記帳していた受付嬢は、俺を見上げるとにこやかに微笑んでくれた。うおおおっ!?受付嬢様の笑顔が眩しいっ。我がギルドの受付嬢共の常時蔑みに満ちたファ○キンな視線とはあまりに違い過ぎる。少々気が早いが、貴方を師匠と呼ばせて頂いても良いだろうか。


「ああ。こちらこそ、今日から 宜しく頼む。」

そんな内心はおくびにも出さず、俺は可能な限りのキメ顔で受付嬢の笑顔に応じた。


その後、俺は受付嬢に教育費の残金を払って漸く全ての手続きを完了した。因みに手付金は一か月前に此処に来た際に既に支払い済である。そして更に、受付嬢は魔術師ギルドの教育内容についての基本的な説明を一通りしてくれた。とは言え、その詳細は指導教員によって大きく異なる為、あくまで目安程度の内容なのだそうだ。


「魔技の修練は底知れぬ程に苛酷であり、その果て無き頂は夜空に瞬く星々より尚遠い。魔動の帥を志す者達は誰もが一度は思い知らされる言葉です。其れでも尚、私達は飽くなき高みを求め、研鑽を止めることは決してありません。カトゥーさんも諦めず頑張ってください。」


「ああ。」


「では今日からカトゥーさんを指導する担当教員を呼んできますので、暫く此処でお待ち下さい。」


うん?呼びに行くだと。俺は目の前のお姉さんに教えを請いたいのだが。そんな俺の切なる想いを斬って捨てるかの如く、受付嬢はさっさと扉を開けて部屋の奥へと姿を消してしまった。無論、先程のお姉さんの無慈悲な一言と退場に伴い、俺のテンションは急速に高度を落としつつある。それはそうと、この部屋他に誰も居なくなってしまったけど大丈夫なんだろうか。あの受付嬢さんてこの世界の住人にしては有り得ない程防犯意識が低い気がする。まあ仮に盗みなんかしたら一発で俺が犯人とバレるだろうけど。


部屋にポツンと取り残された俺は無造作に部屋に転がっている謎の道具を指で突いてみたり、壁に掛けてあるサイケな絵をボンヤリと眺めながら気長に待ち続けた。その後、体感で10分程経過しただろうか。受付嬢が一人の人物を伴い、漸く俺が待つ部屋へと戻って来た。恐らくはその人物こそが、俺が此れからお世話になる指導教員なのだろう。


そして、その人物の姿を一目見た俺は、静かに天を見上げた。其処には無論、空は無く、剥き出しになった梁が見える。その梁はそれ自体が独特な模様を描いており、中々に奇妙であり見応えの有る外観をしている。そしてその天井からぶら下が・・いや、そろそろ現実逃避は止めよう。


受付嬢と共に俺の前に現れたのは、皺くちゃの顔をした老婆であった。真っ白な髪にデカい鷲鼻。そして無駄に長い睫毛と緑に光るギョロ目は、俺の姿をしかと捉えていた。しかも、身に付けているのは受付嬢と同じ色の三角帽とローブである。身勝手なのは百も承知だが、其れが何とも気に食わない。


は~~・・・ババア、かぁ。


俺は何とも言えない気持ちの折り合いを付ける為、たっぷり10秒程天井を見つめ続けた。いや、知ってたさ。受付嬢と言えばいわばギルドの顔のようなもの。幾ら王族の紹介状を持参してきたとはいえ、胡散臭い最下級狩人の男など、軽率に下に付けられる訳が無いだろう。ああ、分かってたさそんな事。でも、でもさ。少しくらい、夢見たっていいじゃあねえか。あんなお姉さんにくんずほぐれつ・・じゃなかった優しく色々と指導して貰う夢くらい見たってさ。


さあ、気を取り直せ。俺は此れからあのババアに教えを請うんだぞ。失礼があっちゃならねえ。それにババアは唯この部屋に現れただけ。言うまでも無く、彼女には何の咎も無いのだ。いや、強いて言えばババアであることが罪なのだが、無論そんなことはおくびにも出せない。もし迂闊にそんな事口にしようものなら、故郷であればコンプライアンスってやつにガッツリ抵触するだろうし、場合によっては大炎上案件にもなりうるだろう。この世界でだって迂闊な事を口走れば、物理的な激しい制裁を喰らう事だって十分に起こり得るのだ。世の中ってのは余りに素直過ぎるお気持ちを表明すると、大概はロクな事には成らんのだ。


それにチラリと一瞥しただけだが、あの婆さんは見た目雰囲気はあった。もしかすると物凄い実力を持った著名な魔術師なのかも知れねえ。唯でさえ俺より遥かに年長者なのだ。馬鹿な事考えてないで、ちゃんと敬意を持って接しなきゃダメだろう。さっさと切り替えていけ。もしかすると、今後お姉さんに教えを請う機会がまた巡って来ないとも限らんだろうが。


俺は静かに天井を見上げていた顔を元に戻し、一呼吸置いて再び居住いを正した。


「あの、カトゥーさん。どうされましたか?」

いきなり上を向いて固まっていた俺に対して、受付嬢は眉を顰めながら不審そうな声色で訊ねてきた。イカン。初顔合わせでいきなり此の流れは不味い。


「いや、気にしないでくれ。漸く魔法を学べるのだと思ったら、つい感動に 打ち震えていたのだ。」とりあえず、俺は心にもない事を適当に言って誤魔化しておいた。


すると、其れ迄無言で佇んでいたババアが突如俺へと人差し指を突き付け、唾を撒き散らしながら受付嬢に向かって馬鹿デカい声で吠え立てた。こめかみには見事な青筋が浮かび、良く見るとその手がプルプルと震えている。その震えは怒りのせいか或いは加齢のせいなのか定かでは無い。


「なんじゃこのブサイクで糞生意気そうな餓鬼は!あたしゃ見目麗しくて賢そうな貴族の坊主が希望だって言ったじゃろうが!」


ババアの忖度の欠片も無い余りに素直過ぎるお気持ちが、容赦なく俺に叩き付けられた。


此れが俺と生涯忘れ得ぬであろう、婆センパイとの出会いであった。





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