第115話
その後、俺達は今度は無理の無いペースで地上に向かって進み続けた。
暫くの間は元気の無かった王女様も、階層が進むにつれて次第に元の調子を取り戻していった。初めはぎこちなかった互いの連携はいつしか流れる様にスムーズになり、浅層の雑魚とはいえ俺達は襲い来る魔物共に殆ど触れさせることすら無くなり、順調に殲滅しながら進んでいった。幸い、再びあのハグレに遭遇することも無かった。
____此処は迷宮『古代人の魔窟』の地下4層目。俺達は地上まであと一息の階層まで登ってきた。此処は4層目の安全地帯の小部屋だ。まだ頑丈な扉が生き残っている場所である。王女様の提案で、俺達は此処で休息と睡眠を取ることにしたのだ。
俺達は向かい合って座りながら、携帯食をもっちゃもっちゃと頬張っている。味はともかく、潤沢に食料があるって素晴らしい。俺には何一つ不満は無いが、王女様はよくもまあ文句ひとつ言わずこんなモン何度も食ってられるな。もしかして普段姉妹とか悪徳令嬢とかに嫌がらせでもされてんのか。
眼前の王女フェイスを眺めて目の保養をしながら益体も無い事を考えていると、王女様が俺に話しかけてきた。
「なあ、カトゥー。」
「何だ。」
「お主、我の騎士にならんか?」
いきなり何を言い出すんじゃオドレェ・・・とはならん。俺の自意識が過剰でなければ、目の前の王女様から結構信頼されているのは感じていたし、勧誘される事はちょっとだけ想定して居ないわけでは無かったのだ。何とも甘過ぎる誘惑である。だが。
「・・・悪いが、ならん。俺には、人に仕えるような生き方は出来ない。」
俺にはやる事がある。やりたい事もある。だからどれ程の好条件だろうと、彼女の誘いを受けることは有り得ない。それにあのイケメン軍団の中に放り込まれたら、劣等感とストレスで俺の精神が死にそう。その場合、俺への風当たりも凄まじそうだし。
「そうか。断られることは薄々分かってはいたが、残念じゃ。」
王女様は見た目全然残念そうじゃない表情で、俺の辞退を淡々と受け取った。
「だが、命を救ってくれたお主には何度感謝してもし切れぬ。何か望みはあるか?我が出来る事であれば、どのような願いでも聞き届けよう。」
何でもですか!?ならば貴方をボクに下さいっ!
などと思わず叫びそうになってしまったが、勿論そんな事はしない。実はこの売った恩を最大限利用する為に、王女様にして貰いたいことは今迄アレコレと考えていたのだ。勿論エロいことじゃないぞ。そんな事したら暗殺者がダース単位で差し向けられかねん。
「ふむ・・・ならば、王女様に3つ頼みたいことがある。」
俺は大いに勿体ぶって、王女様に頼み事をすることにした。やったぜ。
「ふふっ、欲張りじゃのう。何なりと言ってみよ。」
___交代で見張りをしていた俺は、グースカ寝たままちっとも起きない王女様に、同行してから何度目かのエルボーを叩き込んだ。
今の俺は、寝る時に外してあった(全部ではない)王女様の鎧を再び装着してあげている所である。彼女の面倒臭い鎧を脱がせたり着せたりする作業もすっかり手慣れてしまった。
「ホラ。出来たぞ。」
俺は背後からスパーンと小気味良い音をさせて彼女の背中を叩いた。勿論、鎧の上からなので痛みなど無いだろう。
「ふふふっ、もしこのような光景を我の側仕えや近衛が見たら、卒倒するか即斬り掛かるであろうな。」
その言葉を聞いた俺は硬直した。今更ながら、額と背中に冷たい汗が滲む。
「もしかして 今迄俺はやはり 不敬だった のか?」
口の中が渇く。正直、今迄考えないようにしていた。開き直っていた。だって俺、王族相手の作法なんて知らんし。敬語も話せんし。どうしろと。一瞬逃亡の選択肢が脳裏にチラ付くが、あの騎士の亡骸を思い出して即座に考え直す。
「不敬?」
「あ~・・ええと、無礼 だったのか?」
王女様はニヤリと笑った。
くっ随分慣れたと思ったが、尚そのふつくしさには気圧されるな。
「そうじゃな。この世に生まれ落ちて十と六年。お主ほど無礼な男は初めてじゃ。」
「ぶ、無礼なのか?」
「無礼じゃな。我の騎士への誘いをあっさり断りおったのもお主だけじゃ。」
「不敬・・なのか?」
「不敬じゃな。」
「うっ じゃあ、俺はどうすればいい?」
「お主は我に3つも頼み事をしたのじゃ。ならばお主も我に一つ、願いを叶えよ。」
「えぇ・・俺に 出来ることなら。」
すると、彼女は俺の顔を両手で挟み込んだ。見た目は絹の様に滑らかな肌なのに、挟まれた顔には剣を数知れず振り続けて出来たのであろう剣蛸の固い感触を感じた。
俺の正面に見える顔は、まるで彫像のように精巧だ。なのにその瞳はあの時の、俺が始めてこの世界に来た時の星空の様に耀いていて。
俺は大蛇に睨まれたアマガエルの如く、硬直して動けなくなった。
「カトゥー。我の名を言ってみよ。」
お前はジャ○か。というツッコミすら掠れて喉から出て来ない。
「あ、アリシス・・様」
「その後は?」
「アリシス・・ええと・・。」
「その後は?」
訊ねながら、王女様はス~ッと顔を近づけて来る。ちょ待っ。
近い近い近い近いよ!
俺は内心みっともなくパニくりながらも、表面上は鉄の意志で平静を保つ。男の矜持は見栄と格好付けで出来ているのだ。
「アリシス・ヴァルハン・ディ・ウェネティ、じゃ。」
いやいやいや、もうデコと睫毛当たってるし。俺は其れどころでは無い。王女様の突如のご乱心に、心臓がバクバク跳ねて思考が定まらない。だが、王女様は赦す気は全く無いらしい。其のままの姿勢で、俺の回答をジッと待ち続けている。
「あ、あ、アリシス・ヴァルハン・・・ええと。」
「アリシス・ヴァルハン・ディ・ウェネティ。」
____「あ、アリシス・ヴァルハン・ディ・ウェネティ。」
何度問答が続いたのだろうか。とっくに平静の仮面は何処かへぶっ飛んだ俺は、動揺しまくりながらもどうにかアリシス王女のフルネームを言い切ることが出来た。
「漸く覚えたか。全く『不敬』な奴じゃ。」
王女様はクスクスと笑いながら、漸く超絶接近状態から超接近状態まで俺の顔面を解放してくれた。只今彼我の距離15cmくらい。最早どっちのか知らんが、心臓の音がヤバイ。つうか、さっき触れちゃイケナイ所がチョット触れてたぞ!こいつ絶対ワザとやったろ。BOYの純情返せっ!
「カトゥー。今覚えた我の顔と名前を、決して忘れるな。それが、我の唯一のお前への願いじゃ。」
「ええと。い、いつまで?」
「死ぬまで。」
「えぇ・・。」
「ふふっ 我も、お主を死ぬまで忘れんよ。」
いや、そりゃアリシス様は簡単に忘れんだろ。カトゥーて日本語だと4文字しか無いし。ズルくね?・・・一応、何処かにメモ取っておかないといかんのかな。
____此処は迷宮『古代人の魔窟』の地下1層目。途中、心臓に悪すぎる出来事があったものの、俺とアリシス様は遂に此処まで戻ってきた。実際は往復1週間足らずの行程だったが、まるで1月くらいは潜っていたような気がするぜ。道中余りに濃すぎる内容だった。
アリシス様は俺に対して何事も無かったかのように振る舞っているが、俺は内心かなり気まずい。勿論、原因は4階層でのアレだ。
そりゃね、俺もうら若い健康優良男子。こんな物凄い美女とずっと二人きりで、全く意識しないハズも無い。しかも俺は何処かの小説の主人公のような、女に迫られても逃げ回るようなイ○ポ野郎ではない。俺はヤる時は断固ヤる男なのだ。とはいえ、俺は理性がぶっ飛んだ猿ではない。ヤる相手はちゃんと選ぶ。勿論、アリシス様自身が駄目な訳では無い。それどころか、俺如きと彼女ではジュリアン君の小便とナイアガラの滝くらいのスペック差があるだろう。俺も首から下だけならジュリアン君から華厳の滝くらいにグレードアップできるハズだが。
てなわけで、別に彼女自身に不満などあるハズも無い。だが、今迄散々考慮してきたように、彼女の身分や立場が俺にとって余りに危険なのだ。まるで爆弾を取り扱っているような気分である。彼女は何故、4層であのような事をしたんだろうか。彼女の好みはその取り巻きの容姿からも把握している。俺は引っ掛かりすらしないハズだ。もしかしたら吊り橋効果的な奴で、俺みたいな奴が誤って一時的に超イケメンに見えてしまったのだろうか。だが、そんな錯覚で結ばれたカップルが悲惨な末路を辿るのは、地球の映画界ではほぼ常識である。現実には知らん。そんなしょっちゅう危険な吊り橋を渡る奴らが居てたまるか。
もし仮に俺がトチ狂って何かの間違いでも起きようなら、彼女のパパである迷宮都市の領主様が 娘をたぶらかしおって 許さ~ん となる程度で済めばいいが、現実はそんなに甘い訳がない。許さんどころか、その日から毎日暗殺者に狙われる自分が容易に想像が付く。
以前、俺は彼女の第五王女という立場は微妙だと思っていたが、あれ程の容姿を誇り、更にあの素直な性格をしていれば、同性愛者でもない限り求婚を袖にする相手なんてまず居ないだろう。プロパガンダの成果かも知れんが、その名声と併せれば政治的にも非常に利用価値が高いと言える。そんな彼女がもしお手付きになろうものなら、パパが激怒するのも当然と言えるだろう。
しかも、突如降って湧いて彼女に近付く俺なんて、出自を考えると馬の骨どころか何処ぞのUMAの骨並に怪しい男でしかない。例え億が一くっついたとしても、俺も彼女もパパも取り巻きも、皆揃って不幸になりそうな最悪のカップリングだ。恐らく、彼女もその程度の事はとうに承知しているハズだ。
もしかしたら此れからの事、薄々気付かれてしまったのかなあ。表情や態度には出さないようにしていたんだけど。
様々に思い悩みながらも、俺達の歩みは止まらない。魔物共を蹴散らしながら、いよいよ迷宮の出入口に向かって順調に進んでいると、俺の発達した聴覚がある音を捉えた。歩き進めるうちに、その音は次第に大きくなってゆき・・・俺は確信した。こいつは人間同士の話し声だ。
ハンドサインでアリシス様には一旦待機してもらい、俺は忍び足で先行する。そして、曲がり角からそっと先の様子を伺うと・・・居た。其処には、人族と恐らく獣人から成る結構大人数な迷宮探索者と思しきPTの姿があった。其の中には俺の記憶にある人物も垣間見えた。
あのイケメン近衛じゃねえか。こんな階層で何やってんだ。
暫く聞き耳を立てていると、彼らはどうやら撤退の最中らしい。想定外に魔物が大量に増殖していたせいで停滞していた上、何人か怪我人が出てしまったのと、食料と水が尽きてしまったようだ。確か有志で集まったんだっけか。イケメン近衛を始め、腕の立ちそうな奴は何人かいたけど、逆に足を引っ張る連中も居たのか。寄せ集めじゃ所詮そんなモノかも知れないな。集合の時点で明らかに連携取れて無さそうだったし。でもまあ、良いタイミングだ。此処らが丁度良い潮時だろう。
俺はハンドサインで、アリシス様を呼び寄せた。そして同じように連中の事をそっと覗いてもらう。
「あっ クリファ。」
「あの金髪の派手な鎧とマントの男を 知っているのか?」
「ああ。あ奴は父上の近衛の騎士の一人じゃ。何故このような所に。」
「以前話しただろう。彼らはアリシス様の救助隊だ。」
あの男の身分照会は出来た。
良かった。どうやら無事、送り狼にはならないで済みそうだ。
「・・・じゃあな。」
俺は角から身を乗り出す彼女の背中をトンと押してやった。背中を押された彼女は、そのまま曲がり角の前に押し出された。
ここで選手交代だ。
俺は同時に気配を殺しながら一息に壁を登り、天井付近に張り付く。
「カトゥー?」
彼女は怪訝そう表情で振り向いたが、其処には既に誰も居ない。
フフフ、我ながら良い動きだったぜ。彼女には俺がまるで霞の如く消えたように見えるはずだ。尤も、上を向いたら直ぐバレるが。
「姫様!?」
その直後に叫び声が聞こえ、此方に走って来る複数の足音が聞こえて来た。そして、程なく彼女の周囲で救助隊の連中が並んで膝を付いた。おおっ、この光景ははまるで故郷の映画のワンシーンでも見ているようだな。アリシス様もあのイケメン近衛も、見目麗しいので実に絵になる。
「姫様 よくぞ御無事で!」
イケメン近衛は王女の手を取って、男泣きに泣いていた。良かったなイケメンよ。アリシス様は戸惑ってないで、もっとそいつを労ってやれよ。
さて。
俺は天井付近の壁に張り付きながら地球のヤモリの如く静かに移動すると、頃合いを見て無音で床に着地した。此処から姿は見えないが、救助隊の歓声が微かに耳に入って来る。
俺の役目は此処までだ。其処に有るべき人は、相応しい処へと帰るべきなのだろう。迷宮の出入口まであとほんの僅か。此処まで来れば、あの取り巻きの騎士も赦してくれるだろう。
そしてアリシス様。もう会うことも無いだろうが、アンタのお陰で本当に助かった。もしアンタが傍に居てくれなかったら、俺はルエンが死んだ後、精神の均衡を保てて居なかったかもしれん。
「ありがとう。」
俺は小さく聞こえてくる歓声に向けて、頭を下げて感謝の言葉を紡いだ。
そして振り返った俺は、俺が征く新たな道に向けて走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます