第103話

不穏な気配を撒き散らしながら迷宮都市ベニスから出兵していった軍勢。そして、その様子を見送った翌日。俺は騒めく群衆に紛れて、再びベニスの北門から伸びる大通りの沿道に佇んでいた。目の前の大通りには左右両側に等間隔で衛兵達が立ち並んでおり、普段は通りを埋め尽くしながら往来する群衆は、今は衛兵によって道の端へと追いやられている。まるで故郷のマラソン大会のような風情である。


昨日は曇天であったが、今日は雲一つない快晴。肌寒い冬の朝。そして、太陽神の御使いである鱗輝鳥(俺訳)が舞い躍る日。この世界の暦はまだ良く分からないが、俺の故郷で言う所の大安のような縁起の良い日である。俺は居並ぶ人々の陰に紛れつつ、通りの向かいの群衆や衛兵たちの様子をボケっと眺めている。俺を含めた此処に居並ぶ人々は、とある集団がこの場所に現れるのをずっと待っているのだ。


俺の右斜め前方。其処には獣人と思われる子供の後頭部が見える。その頭から生えた犬のような耳がピコピコと忙しなく動く様を興味深く眺めながら待っていると、その耳がピコリと反応して向きを変えた。続いて上流階級が住んでいると言われる都市の西の方から立ち昇った歓声が、徐々に此方の方へと近づいて来た。


すっかり野次馬の一人と化して群衆に溶け込んだ俺は、庶民の性とでも言うべきか。その歓声が近付くにつれ、何とも言えぬ期待感により少々胸が高まってしまう。次第に迫り来る歓声は、やがて俺の耳にワンワンと喧しく響くほどになってきた。そして遂に。俺の視界にその姿が飛び込んで来た。


其処に現れたのは武装した隊列の小集団であった。その先頭を歩くのは銀色に輝く金属鎧に身を包んだ二人の騎士っぽい外観の男。驚くべきことに、ほぼ全身を金属で覆うフルプレートである。実に重そうな見た目だ。更に、其の肩には一際重そうな分厚い生地のマントを羽織っており、その派手な刺繍は実に高価そうで人目を引いている。そして、その手に掲げた槍の穂先には、恐らくは此のベニスか或いは迷宮群棲国の国旗であろう旗が据え付けられている。残念ながら風が無いので力無く垂れ下がっているが。こりゃまた随分と派手だな。昨日の飾り気を極力抑えた軍勢とは対照的である。そして、その後に続くのは・・


「おおっ」

我知らず感嘆の声が出てしまった。


其処には本日の主賓とも言うべきお目当ての人物が居たのだ。

その人物は女性である。周囲を如何にも騎士でございますという派手な装いの金属鎧に身を包んだ連中に囲まれて、その女性は一際目立ちまくっていた。珍しいライトグリーンに輝く鱗の荷蜥蜴の背中に装着された鞍みたいな椅子?に腰掛けた彼女は、周囲の歓声に片手を挙げて応えていた。その艶やかな姿に、俺の眼は釘付けになった。


白皙の美女。実に見目麗しい姿が其処に在った。少しウエーブの掛かったプラチナブロンドの髪を一見無造作に背中に流し、彫の深いその容貌は、まるで作り物のように整っている。そして空のように青く輝く瞳は、昼間にも関わらず強い光を放っているように見える。ギルド受付のおっさんによれば、彼女は此の迷宮都市ベニスの一等貴族。所謂王族である。


ほえ~、流石は王族。この世界にも居る処には居るんだなあこんな物凄え美女が。言うなれば、故郷のシャンプーのCMにでも登場してそうな如何にも見目麗しいパツキン美女。実に眼福である。


実はこの世界。いや、少なくとも今まで俺が見聞してきた範囲でのこの世界には、所謂美女は滅多に居なかった。正確に言うなら、現代日本の感覚において尚胸を張って美女と判じられる女子と言ったら良いだろうか。此れがネット小説や漫画なら、ジャガイモの如くその辺にゴロゴロ美女や美少女が転がっているんだろうが。


尤も、所謂目鼻立ちが整っている女性は居る。というか結構多い。其の発見は、俺が美女を求めて穴の空くほど周囲を観察しまくった成果である。この世界は周囲をピーピングした程度じゃ日本のように事案となってポリスメンに背後から肩を叩かれる心配が無いからな。実に素晴らしい。因みに敢えて言うまでも無いだろうが、俺には性犯罪を犯すような疚しい性根は無いぞ。確かに女に飢えてはいるが。


それはさておき。この世界の一般的な女性は皆働き者なせいなのか、総じて骨太であり体格がガッシリしている。肩幅も広い。現代日本の女子のような線の細い華奢な女は、ケツの青そうなガキを除けば殆ど見掛けない。其れに、皆肌が結構汚い。現代の地球人のように、毛穴も染みも殆ど目立たないのが奇跡に思える。この世界のその辺の住民は、化粧っ気なんて全然無いから当然なのかもしれんが。それに、良く見ると結構毛深い。俺より毛深い女などザラに居る。ムダ毛の処理なんて面倒な事、こんな異界の普通の人はしないだろうから無理も無いが。


そんな訳で、幾ら顔立ちが整っていようが、俺達地球人が想像するような美女は早々居るものでは無いのだ。ゴリ・・いや、見目逞しい女性は沢山要るのだが。寧ろ、ギルドの受付嬢のような女性の方がかなり異質なのだ。彼女らがアホ程モテるのも頷ける話である。


そして、この世界じゃレア中のレアな存在である分かり易いその美女が、群衆の大喚声を全身に浴びながら此方に近付いて来た。確かに近くで見れば見る程ビューティフォー。実にSNS映えもしそうだ。だが、もし彼女とお近付きになりたいかと問われれば・・正直微妙。そんな事口に出したら、周囲の護衛に身の程を知れっこの猿野郎がぁ~とか言われてフルボッコにぶん殴られそうだが。


なんつうか普通の日本人が思い描くような可愛さとはちょっと違うんだよな。もし彼女が漫画とかで登場したら、キラキラッとかフワァとかではなく、バアァーン!とかザッ!とかそんな擬音が貼り付けられそうな感じだ。パッと見ただけでスタイルは物凄いし、背も俺より高いだろう。だが、あんな女子が仮に近くに居ても、俺なんかじゃ気後れしまくって声を掛けるのも難しそう。クラスメイトだった超イケメンの才賀や、中学生の癖に金髪美女を侍らせていた恐るべき親友の大吾あたりなら或いは何とかしてしまうのかもしれんが。


武装した集団が此方に近付いて来るにつれ、目立つ位置に居る彼女の顔立ちの細部が良く見えるようになってきた。地球の人種的には顔立ちはスラブ系に近いだろうか。俺は今だにこの異界でモンゴロイド系な顔立ちの人族を見たことが無いが、見た目が人種の違い程度の差異で収まって良かったと思う。あの蜥蜴人みたいなのがこの惑星の主要な「人類」だったら、俺の孤独感は半端じゃ無かっただろう。


「あれが ベニスの第五王女か。」

今朝ギルドの受付のおっさんに聞いたところによれば、彼女は何とかいう名前のベニスの第五王女らしい(長ったらしいので詳細は忘れた)。我知らず呟きが口から洩れる。だが群衆の同調圧力に反旗を翻した俺は、独り周りの喚声に一切同調しないまま顎に手を乗せて、目の前を通り過ぎる集団を無遠慮にジロジロと観察した。


狩人ギルドのおっさんが興奮気味に俺に捲し立てたところによれば、色々とゴタゴタはあったものの、結局軍から正式に迷宮『古代人の魔窟』における魔物災害の元凶、ハグレの討伐隊が編成されたそうだ。しかも、今回の討伐隊の指揮官には貴族どころか、王族の一人が出張るという話だ。無論、俺の目の前の此奴等が其の討伐隊である。日本の現代人の感覚的にはそんな危険な案件に王族が出張るとかちょっと考え難いのだが、おっさんの話では其処まで珍しい話でもないらしい。よくよく考えてみれば、例えば日本でも戦国時代なら大名の親族など普通に戦場に出てたしな。地球とは文明の水準も様式も異なるのだ。ありえない話では無いのかも知れない。


しかし第五王女か。正直、また微妙なのが出てきたな。あのハグレを討伐するなど、下手すりゃ返り討ちで命を落としかねないだろうに。何故わざわざ出張って来たのだろうか。民衆の人気取りか、承認欲求か、はたまた戦の戦意高揚の為だろうか。ギルドのおっさんの話では、一応あの第五王女は、若くして迷宮における功績でかなりの有名人らしい。だが、幾ら他に大きく戦力が割かれている此の都市の現状とは言え、よもや彼女以上の戦力が居ないということはあるまい。だが見方を変えれば、領主の後継を目指して権力争いをするには継承権の序列が低すぎると思われるし、王族として人気取りの他に使えるとすれば、他国との婚姻くらいだろう。此の都市の王女が政治や軍事にどの程度影響力を行使できるのか定かでは無いが、余程有能な人物でも無ければ、序列的には正直死んでも左程困らない人物ではある。


だが、見た所民衆からの人気は相当なもんだ。凄い美女だし。此れなら目障りに思う他の王族が居ても不思議では無い・・かも。或いはソイツ等が、なんてな。所詮は根拠のない勘繰りにすぎんか。答えなんて出ようも無いし、何れにせよ此の国の民ですら無い俺にとってはどうでも良い事だろう。


それに、出張るのがあの第五王女だろうが何だろうが、ハグレによって迷宮『古代人の魔窟』が事実上閉鎖状態になってしまっている現状は、徐々にこの迷宮都市の住民の生活に悪影響を及ぼしつつあったのだ。まず、魔石の売買価格が徐々に釣り上がってきている。売り飛ばす俺としては一見悪くない傾向ではあるが、魔道具を生活道具として利用している人々にとっては頭の痛い事だろう。他には迷宮『古代人の魔窟』周辺はいわずもがな、このベニスの町の大通りも一見賑わってはいるが、俺がこの町に来た頃のような真面に歩けない程の混雑では無くなりつつある。それに、立ち並ぶ露店も心なしか数が減っているように思われる。勿論、南で起きた紛争や、北の動乱の影響もあるかもしれんが、都市全体の金の巡りが悪くなっているのだ。物が売れない為、露店や商店のおっさんの愚痴が俺の耳にも良く入ってくる。


何故物が売れなくなったのか。此れは其れほど難しい話じゃない。ハグレが居座る『古代人の魔窟』。二大迷宮の片割れと称されるだけあって、あの迷宮は一攫千金こそ難しいが、安定した稼ぎを得るには最適の迷宮だ。こと金稼ぎにおいては、あの迷宮に勝る迷宮は殆ど存在しないだろう。しかも有名なだけあって規模もデカく、あの迷宮で生計を立てていた迷宮探索者は相当な数に上ると考えられる。それに、この都市の所謂迷宮探索者と呼ばれる連中は、故郷で言う所の宵越しの銭は持たぬみたいな連中が殆どである。つまり、とにかく稼げば稼いだだけ飲み、食い、買い、抱く。この町の消費と供給、金とモノの循環に少なからず貢献していたハズだ。ソイツ等がロクに稼げなくなってしまった事で、明らかに都市全体の消費が落ち込みつつある。『官製古代人の魔窟』が有るので都市の行政が魔石によって外貨を稼ぐのは問題無いかも知れない。だが、此のままでは折角上手く回っていた都市内の経済循環に巨大な楔が撃ち込まれてしまう。不景気への第一歩だ。


そうとなると、都市の税収にも深刻な影響が出てくる可能性がある。とは言え、この世界の、いやこの国の税の仕組みは俺にはまだ良く分からんけどな。俺は商人でも農民でも無いし、この都市に一生定住するつもりも無い。勿論、税制に詳しければそれに越したことは無いが、この国の外や、下手すりゃ別の都市に行っただけで税制はガラリと変わる可能性がある。脱税で罪にでも問われない限りは、この都市の税制について焦って覚える気はあまり無い。


自分から出て来たのか、或いは引っ張り出されたのかは知らんが、ワザワザ人気の王族まで出張って来て、滅多に迷宮に絡まない軍の討伐隊まで編成したのは其の辺り事情も関係しているのかも知れん。狩人ギルドにぶん投げて討伐出来れば報酬分の金だけ済むのでそれがベストだったのだろうが、あえなく失敗しちまったしな。


それにしても、王女様が巨大な蜥蜴の上に座る姿は実にシュールだ。そしてその実力は俺の目付では・・正直全然分からんな。かつてファン・ギザの町でギルドの教育実習の教官をしていた5級の女狩人シャーレさんは、見るからに鍛え抜いた実に良い身体をしていた。返り討ちに会うと分かっていても、全力でル○ンダイブしたかったくらいだ。だが、甲冑とマントを着込んでいるあの王女様の詳細な肉付きまでは此方からは見て取れない。だが、その武具が超高級品で有ることは分かる。甲冑は薄い薔薇色にギラギラと輝き、派手な装飾が恐らく全身に施されているだろうことは此処からでも見て取れる。細剣らしき武器を治める鞘も精巧な銀細工のような装飾で滅茶苦茶派手だ。薄手のマントも護衛の持つ旗と同じ意匠と思われる派手な刺繍が施され、高級さと高貴さをこれでもかとアピっている。


こんな群衆の中に身を晒して歓声に応じる姿は些か不用心に感じてしまうが、パフォーマンス的な意味合いもあるんだろう。それに、彼女の周囲は屈強そうな護衛でガッチリと囲まれてる。王女はともかく、周りの騎士達はいかにも強そうな感じだ。そして、どいつも一様にイケメンである。イケメンパラダイスやああ。何人か面貌を降ろした兜を被って顔が見えないのもいるが、恐らくこいつらもイケメンだろう。高貴な王女様のご趣味が伺えるというモノだ。チッ。そら王女様だって誰だってイケメンや美女が好きだよね。腹は立つけど、この世界の顔面の美的感覚が地球とあまり変わらなくて良かったと思う。もしふっくらお顔に麻呂眉でイカ墨のようなお歯黒で、更に白粉の真っ白な顔の女が大歓声と共に現れたら、俺も反応に困ってしまうからな。


ド派手な武装集団は総勢数十名位は居る。だが装備や荷物を鑑みるに、実際に迷宮に潜るのは戦闘組が15人程で荷物持ちが10人てところか。残りは入り口までの御付きの連中て感じだ。かなり荷物持ちが多いな。よもや王女が乗るあの蜥蜴も迷宮に突入するんだろうか。サイズ的には問題ないだろうけど。


連中はまるでパレードだか祭りの山車のごとく派手な空気を撒き散らしながらゆっくり俺達の目の前を通過すると、迷宮都市の東門に向けて遠ざかって行った。


王女はどうだか知らんが、あの隙の無い立ち回りと体捌き。取り巻きの連中はかなりの腕前と見た。装備も一律に高級そうだ。食料などの物資もアレなら万全だろう。今度こそ期待しちゃって良いんだよな。取り敢えず地球の神様に奴らの武運を祈っておくぜ。


未だ興奮冷めやらぬ様子の群衆を尻目に、俺はそっとその場を後にした。



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