第81話

微睡みから覚め、目を開くと其処には見知らぬ天井があった。

何か夢を見ていたような気がするが、既に内容を思い出すことは出来ない。

俺は何時ものように身体の状態を確かめながらゆっくりと身を起こす。んん?身体が固くて違和感があるな。・・・あっ。寝る前に回復魔法をぶっ放すのを忘れていた。

まあ偶にはこういう事もある。そういえば、迷宮都市に来てから身体の鍛錬ばかりであまり回復魔法の鍛錬が出来ていないな。俺は未だに頭や尻から回復魔法を発動することは出来ていない。危険な迷宮の中では怖くて魔力の浪費があまりできないから今は仕方ないけど。


そんなことを考えつつ、俺は体内で回復魔法をぶっ放した。ンキモチイイイイイィ。


その後、目を覚ました他の皆や見張りの蜥蜴リーダーに叩き起こされた蜥蜴3号と一緒に朝餉をしている時に、俺はリザードマンズの狩りへの同行を申し出た。


だが、蜥蜴リーダーは同行に難色を示した。まあ其れはそうだろう。中層に入ってからは俺が荷物運びの主力になっちまったので怪我でもされたら困るだろうし、戦闘の素人と思われている俺がチョロチョロしてたら足手纏いだし狩りの効率も落ちる。この提案は完全に俺の我儘だ。だが、俺が荷物持ちの仕事に従事している目的は迷宮内部の情報収集である。そしてあわよくば魔石のおこぼれを頂きたい。正直、初仕事にして当初の想定を遥かにぶっちぎった情報収集が出来ている気がしないでも無いが、此処は是が非でも我儘を押し通したい。


「ナゼ・・イキタガル リユウ ヲ イエェ」

よもや ウェ~イお前らに寄生して迷宮の情報収集したいんスよ 宿主あざ~っす

などと本音を其のままぶちかます訳にもいかないので


「一緒に連れて行って欲しい この部屋は安全と聞いたけど 迷宮の中は 怖いんだ。」

などと殊勝な感じで訴えてみた。いや、迷宮の中が怖いのは本当だ。俺は嘘は付いてないぞ。


「ツイテ キタイナラ オマエノ ツヨサ ミセ・・ロォ」

暫く考え込んでいた蜥蜴リーダーだったが、俺が重ねて頼み込むと、足手纏いにならない強さを見せるという条件付きで同行を検討してくれるようだ。



そんな訳で。俺は今、蜥蜴4号と互いに武器を構えて対峙している。木剣が無いのでいきなり真剣同士だ。マジかよ?マジだよ。蜥蜴リーダー容赦ねえな。ポルコはオロオロしている。蜥蜴リーダーと蜥蜴2号は腕を組んで俺達の様子を眺めている。蜥蜴3号は・・・オイコラ寝るんじゃない。


確かに俺はリザードマンズと正面から戦えば100%勝ち目は無い。だが其れはあくまでリザードマンズ全員を相手取った場合だ。単独での一騎打ちとなれば話は全く変わってくる。とはいえ、俺の中ではすでにお笑い担当の3号や守銭奴斥候の4号なのだが、普通の人間基準でその体躯を見れば、二人共目測で2mを越えるであろう巨漢である。しかも爬虫類。実際に相対すると、その威圧感は半端なものでは無い。


だが、あのゾルゲとの模擬戦という名の超絶ハードな虐待に耐え抜いた俺の戦闘能力は、寧ろ対人でこそ本領を発揮する。自分で言うのも何だが、今の俺はそこいらの兵士なんぞより遥かに強いと思う。この国の衛兵を見てちょっとだけ自信に亀裂が入ったけれども。


蜥蜴4号はかなりの腕前と見ているが、此処までの道中での戦闘を入念に観察した結果、その身体能力や剣筋や癖などは充分に炙り出させて貰った。その気になれば、俺が4号をきっちり出し抜く手段は幾らでもある。尤も、4号が俺の知らない手札をまだまだ持っていることは充分に考えられる上、当たり前だが実戦で相手が自分の思惑通り動いてくれるとは限らん。油断は禁物だ。


・・などと意気込んではみたものの、どこぞの漫画や小説の主人公のように此の場で全力で4号をを叩きのめしてふんぞり返って、俺やっちゃいましたぁ?などとドヤるのは愚の骨頂である。こんな場面で自分の手の内を迂闊に晒すのは只のアホのやることだし、そんな事したら下手すりゃ雇い主のリザードマンズから不興を買いまくるハメにもなりかねない。


此の場は適当にお茶を濁して上手く相手の面子を保ちつつ、自分の実力もしっかりとアピールせねばならん。ううむ。正直、かなり困難な課題かもしれん。


俺はジリジリと少しづつ4号に近付きながら間合いを計る。そして何時しか、互いに円を描きながら少しづつ間合いを狭めてゆく。このピリピリと肌を刺す緊張感。何だか久しぶりだ。口内がカラカラに渇いてゆく。


と、予想外の遠間で4号がいきなり踏み込んできた。ぬおっ 鋭っっ。


思考より早く身体が動いた。俺の身体は反射的に曲刀の軌道に合わせて槍の穂先をハネ上げた。耳障りな擦過音を鳴らしながら首を狙った4号の突きが逸れる。

曲刀を逸らされた4号の身体が開いてカウンターの好機と思いきや、左腕の円盾で正面をしっかりとガードして隙が無い。


俺は深追いせず素早く跳び下がった。同時に全身からぶわりと冷や汗が噴き出る。

ふおおおぉあっぶねええ。うぉい4号。てめえ俺を殺す気か。


今の一撃は正直滅茶苦茶ビビった。思わず身体がブルリと震える。もしかするとちょっとだけチビってしまったかもしれん。通常なら4号の曲刀より俺の槍の方が遥かに間合いが遠いハズなのだが、4号の腕のリーチが思いの外長かった。危うく首に穴が開く所だったじゃねえか。


今のアリなのかよと思って傍をチラ見すると、蜥蜴リーダーの鼻に皺が寄って不機嫌なオーラが滲み出ている。あ、これ4号は後でぶん殴られそうだな。そらそうだ。素人なら今の突きで死んどるぞ。力量を確認するだけなのに、大事な荷物持ちをこんな所でSATSUGAIしてどーすんだよ。・・俺ってもしかして4号に滅茶苦茶嫌われてたりするんだろうか。少なからずショックなんだが。


いや、今は余計な事は考えるな。雑念を振り払った俺は、気を取り直して仕切り直す。互いにジリジリと睨み合っていると、再び4号が間合いを詰めて斬撃を放ってきた。俺はバックステップと同時に槍を繰り出す。互いの攻撃が僅かに相手に届かない間合い。俺の狙いは4号の武器だ。俺は曲がった槍を撓らせて曲刀に絡める。ちょっと曲がった槍は絡ませ易くて却って好都合だ。


曲刀を絡め取られそうになった4号は慌てて剣を引こうとする、と同時に俺は踏み込んで突きを連続で叩き込む。4号の身体に穴を開けないように一応加減しながら。

4号は体勢を崩しながらもどうにか俺の攻撃を曲刀と盾で弾く。うむ、此処に来るまでの戦闘でも感じられたが、リザードマンズの連中は魔物相手の戦闘に慣れ過ぎているな。シビアな間合いの読み合いや削り合いは魔物相手では身に付けることは出来ない。と、4号が必死で穂先を受け流しながらも重心を前に傾けるのが見て取れた。


俺の懐に突っ込む気だな。4号の腕のリーチを考慮に入れても、奴の曲刀より俺の槍の方が間合いは僅かに長い。通常なら俺も相手に合わせて下がって一方的に突きまくる処だが、此処は敢えて俺も踏み込むぜ。


刹那の思考の後、同時に踏み込み。互いの距離が一瞬で削られる。俺の視界に、4号の瞳が驚愕に揺れるのが映った。次の瞬間、互いの手が届く距離で双方の武器がカチ合う。俺の槍と4号の曲刀で鍔競りの体勢となった。よっしゃあ。俺の目論見通り。

本来なら此処から相手の体を崩しに掛かるところだが、俺は敢えて槍にパワーを込めて4号を力でねじ伏せに行く。俺の意図を受けて4号の鼻に皺が寄り、目が闘争心で燃え上がった。そりゃ俺みたいなチビにこんなマネされたら怒るだろう。後は俺が全力で4号にねじ伏せられればミッション完了だ。


今迄の攻防で最低限俺の実力はアピールできたろうし、これ以上剣戟の応酬をしていたら、仲間への手心がバレて脳筋ぽいリーダーが不愉快になったり、4号のプライドに傷を付けてしまうかもしれん。だが、この態勢の鍔競りなら全力でやり合ってもタッパが2mを超える巨漢の4号のパワーには勝てそうにないし、全力を出したまま自然な形で相手に華を持たせられるって寸法だぜ。


「ぐっぎっぎぎぎっ!」


俺は全身と槍を掴む腕にパワーを籠める。全身の筋肉がパンプアップして、血管が浮き上がる。身体が熱を帯び、体表から熱気が立ち上る。


「ギァオオオッ!」


4号も俺の面前で物凄い雄叫びを上げながら曲刀を押し込んできた。ぶぼおっ口臭えっ。俺は唇を噛んで萎えそうになる気力を絞り出す。


そして渾身の力比べを始めた直後、俺は歯を食いしばって押し合いながら気付いた。

思っていた程に4号から圧力を感じないのだ。此のまま全力で競り合ったら、俺が勝ってしまいそうな気がする。あれっ。蜥蜴人て思って居た程パワータイプでは無いのだろうか。其れとも俺の地道な鍛錬の日々が思いの外効果を発揮しているのだろうか。何れにせよ、此のままではマズい。こんなチビに競り合いで負けたら4号の面子は丸潰れじゃねえか。唯でさえ滅茶苦茶嫌われてる説が浮上したところなのに、これ以上不興を買うのはマズい。


俺は咄嗟に重心を変えて、さり気なく体勢を不慣れなサウスポーに移行する。更には下半身と連動していた力の流れを敢えてズラす。相手の体を崩すのは嫌と叫ぶほど鍛錬してきた。ならば、自分自身の体をバレない様に崩す事も出来ないことは無い筈だ。そしてその結果、俺はほぼ上半身の力みで相手の全パワーを迎え撃つ形となった。ぐおおおおヤバイ。腰への負担が半端ないっ。が、最悪腰痛になっても俺は回復魔法で治せる。


掛け値なしの全力。但し上半身と下半身はバラバラ。食い縛った歯がバリバリと鳴る。全身から汗が噴き出て、腱と筋肉が悲鳴を上げる。そして遂に、俺は4号に押し込まれて地面に叩き付けられた。


力試しの結果は俺の目論見通りの形で終った。

蜥蜴リーダーは頷いて俺の狩りへの同行を認めてくれた。4号はご機嫌でギャースカ喚きながら俺の背中をバンバン叩いて多分俺の健闘を讃えてくれた。どうやら嫌われてはいなかったらしい。だが、その後4号はリーダーに制裁を加えられていた。初手でいきなり俺を殺そうとしたからな。当然の報いだ。因みに俺は最後の鍔競りでしこたま腰を痛めてしまったが、体内回復魔法をぶっぱなしてどうにか事なきを得た。地面に叩き付けられた後、俺は一歩も動けず蹲ったままプルプルしていた。この世に生まれ落ちてから初めて体験するの重度のギックリ腰。思ったより遥かにヤバい。地球に居た頃、腰を痛めた親父が不自然に立ったままプルプルしていたのを思い出した。当時親父を笑った俺をぶん殴りたい。もし日本に帰ることが出来たら、そっと親父の腰に回復魔法を掛けてあげよう。


その後、武具と携帯食のチェックを終えて狩りの準備を済ませた俺達は、ポルコを荷物番に残して意気揚々と魔物狩りに出かけることになった。ポルコ一人を安全地帯に残す事に不安が無い訳では無いが、この階層迄潜ってくる連中に他のPTの荷物をカツアゲするようなチンピラはまず居ないのだそうだ。とはいえ、おちおち部屋の外で便を放出することも出来ない様ではいけないので、俺達はまずこの部屋の周囲の魔物を掃討することにした。どの道魔物は全てサーチアンドデストローイなのでやることは変わらん。付近の魔物を殲滅すれば、ポルコも多少は安心して野グソが出来るだろう。此の迷宮に野原は無いけどな。


そんな訳で、リザードマンズ&俺は安全地帯の部屋を後にした。

リザードマンズは斥候の蜥蜴4号を先頭に、次いで蜥蜴リーダーと蜥蜴2号、その後ろに3号が続く。俺は自前の槍と、食料と飲料水の一部のみを担いだ軽装でその後ろを歩く。ある程度戦えることが分かった俺は、今度は殿を歩くことになった。


とは言っても俺は相変わらず魔物と戦う訳では無いので、見学しつつ全力でリザードマンズを応援するとしよう。連中に胡麻刷りまくったら魔石分けてくれるかもしれないしな。


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