第82話

チキチキチキチキ・・・


研ぎ澄ませた聴覚が、前方の通路の曲がり角の先から漏れ出る微かな気配を捕らえた。その場で立ち止まった俺は、前方を向いたまま右手を上げて傍らを歩く蜥蜴4号と、後方を歩く蜥蜴リーダーにハンドサインを送った。すると、彼らが足を止める気配が伝わってきた。俺は気配を殺しながら、足音を忍ばせてスルスルと通路の曲がり角の前まで移動する。そして、そっと通路の先を覗き見た。


其の先には地球のコオロギとダニを合体して巨大化したような、見るからにヤバそうな虫型の生物が5匹、気色悪い触覚をブンブンと振り回しながら蹲っていた。俺はそっと頭を引っ込めて、蜥蜴リーダーが立っている位置まで一旦下がった。


「曲がり角の先 40歩の距離に 5匹居る。虫みたいな奴だ。」

俺は囁くような声で蜥蜴リーダーに視認した魔物の情報を告げる。

俺の報告を受けた蜥蜴リーダーは一つ頷くと、蜥蜴4号に何やらゴニョゴニョと蜥蜴語で指示し始めた。


今の俺は荷物持ちとしてリザードマンズに寄生して、絶賛彼らの魔物狩りの見物の最中である。そんな俺が何故こんな真似をしていのか。勿論それには理由がある。

狩りの最中、俺は先頭で斥候をしている蜥蜴4号よりもかなりの高確率で魔物の気配を察知していた。なので、安全の為にさり気なく立ち位置を変えたり、武器にそっと手を掛けたり、お前まだ気付かねえのかよと4号に白い視線を送っていたのだが、その事が俺の前を歩く3号にバレてしまったのだ。いや、3号が俺の後ろを歩いて居た頃からバレていたようだ。ボケッとしているように見えて意外と目敏いな。


その事を受けて、蜥蜴リーダーは俺に4号と並んで斥候役に従事することを提案してきた。迷宮に限らず、相手の機先を制することが出来るかどうかは戦闘の趨勢に大きく関わってくる。仮に浅層の魔物であっても、埒外の奇襲を受ければリザードマンズとて甚大な被害を受けないとも限らない。この狭い迷宮の通路とリザードマンズの巨体では此方から不意打ちを食らわせるのは中々に難しいだろうが、リーダーとしては少なくとも魔物から思わぬ奇襲を受ける確率は下げておきたい所だろう。


だが、おいおい。初仕事の荷物持ちにいきなり先頭で斥候役やらせるんじゃねえよ。しかも、俺はこの面子の中で唯一防御力ゼロの平服なんだぞ。率先してそんな危ない事するワケねえだろ。などと最初こそ渋ったものの、蜥蜴リーダーとの交渉でマネーをチラ付かせられた俺はあっさりと陥落した。糞ぉ、所詮何処の世の中も最後に物を言うのはゼニよ。その結果、俺にもギャラ(魔石)を幾らか貰えるという条件で斥候役を引き受けることになった。こうなったら一生懸命仕事するからチップは弾んでくれよな、リーダー。


そんな訳で、暫くの間4号と並んで斥候役をしていたのだが、その間先に魔物の気配を察知するのが悉く俺な為、今では4号は斥候役としての匙を投げ気味である。

俺から言わせればどちらかというと4号の方が斥候をやるには鈍くて大雑把すぎるように思われるんだがな。お前外観はぶっちぎりで野生味に溢れてるのに、軟弱な文明に毒され過ぎなんじゃないのか。


俺が見付けた虫のような魔物に対してどう対処するのかと見物していると、4号が腰のポーチのような小物入れから煙管のような道具を取り出した。この道具は以前見たことがある。その時は確か中に火種が入って居たな。4号は更に携帯食を小さくしたような黒い球を取り出し、その球から伸びる紙縒りのような紐に火を付け始めた。紐に火が付いて暫く経過すると、4号の手の中の玉から黒色の煙が立ち上ってきた。すると4号は通路の角までスルスルと移動して、その球を転がすように素早く投擲してから此方に戻ってきた。


俺達はリーダーの指示でそのまま待機していると、通路の曲がり角の先からモクモクと煙が立ち込め、ギーギーという頭に響く超耳触りな物凄い鳴き声と、ドッタンバッタンと暴れ回る音が聞こえてきた。おおおっ。もしかしたらアレは毒煙か何かだろうか。此れは良いものだっ。あの球は4号の手作りなのだろうか。市販品ならば是非とも購入したい。・・つうか此処の消える魔物にも普通に毒とか効くんだな。また一つ迷宮の知恵が増えた。


その直後、先頭に立った蜥蜴2号が手に持った大盾にメイスのような武器を打ち付けてガンガン音を立て始めた。そうしてワザと此方の位置を知らせると、キモい虫どもがギヂヂヂッと怒りの鳴き声を迸らせながら次々と通路の角から飛び出して来た。


その後、俺達に襲い掛かってきた虫型の魔物は、リーダーと2号によってあっさりと片付いた。リーダーによれば、奴らは複数の種類の毒持ちで中層でもかなりヤバめの魔物らしいが、4号の毒煙で相当に動きがニブくなっていたそうだ。

リーダーからいち早く敵を察知したことを誉められた俺は、報酬として採取した魔石のうち1個を頂いた。やったぜ。



___その後、俺達リザードマンズご一行は都合3日間程、迷宮の15階層付近をウロ付いて魔物を狩って狩って狩りまくった。因みに3日間というのはあくまで体感時間である。迷宮に籠ってから結構な時間が経ち、既に時間の感覚が曖昧なのだ。中層に来てから3回ポルコが待機している安全地帯の部屋で就寝したので、おおよそその位の時間経過だろうということである。

その間、俺が超頑張って的確に魔物を察知したお陰もあり、不意打ちを食らうことは一度も無く、順調に魔物を狩りまくることが出来た。魔石もアホみたいな数を回収できた。リーダーは物凄いホクホク顔である。俺はこの数日でかなり蜥蜴人の表情の変化が分かるようになってきたのだ。


かく言う俺も迷宮に関して実地の情報を相当量収集できた上、チップをタップリ貰えてホックホクである。リザードマンズは思いの外気前が良かった。4号だけはチップを渋ってリーダーからお叱りを受けていたが。ポルコは俺が貰った報酬を羨ましそうに見ていたが、分けてはやらんぞ。此れは俺が命がけでもぎ取ったゼニだからな。その代わり、迷宮内での戦闘に関していくらかアドバイスをしてあげた。俺如きがムッキムキ恵体のポルコパイセンにアドバイスとか少々おこがましいとは思うが、例えポーターでも戦えるのとそうでないのでは待遇が随分変わってくる場面もあるだろう。少しでも役立ててくれると嬉しい。


そして俺達は15層の安全地帯で随分と軽くなった荷物を纏めた後、地上に向かって歩き始めた。隊列の先頭は4号、次いで2号とリーダー。その後を俺達ポーター組が続いて、殿に3号である。後は地上に帰るだけなので、俺は先頭の斥候役は辞退させてもらった。今度はデカい荷物を担がにゃならんし、いい加減先頭で気を張り続けるのも疲れたしな。


漸くこの辛気臭い地下迷宮を出て地上に帰れる。そしてこの初めての探索で得られたものは当初の想像以上に数多い。


俺は浮かれていた。勿論油断をしていた訳では無い。だが、懐の魔石の重みを感じると否応なく期待に胸が膨らむ。美味い飯、上等な宿、真新しい武器や防具。

だが、


好事魔多し


此のハードな寸善尺魔の異界で


俺を待っていたのは  生き地獄であった。

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