第67話

親切なおっさんと別れた俺が、再び街道を歩き始めてから丸2日。


俺が歩いて来た今にも草木に埋もれそうな細くて鄙びた街道は、幅10mくらいはあろうかというメインストリートとでも言うべき幅広い街道へと合流した。そして、其処では驚くべき変化が起きた。俺は思わず目を見張った。な、な、なんと。街道が舗装されているのだ。

とは言っても日本の道路のようなアスファルトで舗装された道ではない。石畳をコンクリのような素材で補強して固めた平坦な道である。

おおおすげえ。まるでアッピア街道やないか。この道ももしかしたらローマに通じてたりするんだろうか。実は此処は異界ではなく2000年前の地球だったり・・しねえよな。


そして、もう一つの驚くべき変化として、道を往来する通行人達が一気に増えた。荷鳥車、荷蜥蜴車、滅茶苦茶怖い肉食獣みたいなのが引っ張る荷車。更には牛みたいな生物に跨った連中、徒歩の武装した派手な集団などなどなど。少々正気を疑ってしまうような外観ファンタジーな連中が、俺の目の前で忙しなく街道を行き来している。


因みに、独りで歩いて居る通行人は誰も見掛けない。俺だけだ。ささささ寂しくなんかないもん。

それもそのハズ。この世界では、一般的に街道を独りで旅してる変た・・もといちょっと奇特な人は滅多に居ない。例え拠点を定めず町から町を転々とするタイプの狩人であっても、基本町や国を跨いで移動するときには大抵は隊商の護衛をしたり、旅人同士いくつかの集団で徒党を組んだりして集団での移動となる。理由は単純で、一つは魔物や盗賊に襲われた時のリスクの軽減。もう一つは一人で移動すると運べる荷物の量が限られてくるからだ。


長旅で必要になる荷物は、いかに切り詰めたとしてもそれなりの量になる。漫画やアニメで見られるような身一つや小さな鞄一つで旅なんぞ、リアルで見ればかなり頭がおかしい人でしかない。

ならばネット小説で御馴染みのマジックバック・・勿論そんな代物有るワケが無い。そもそも空間を拡張だの時間を停止だの一体どんなトンデモ超科学だよ。いくら此処がファンタジーぽい異界と言っても、こんな文明が遅れた世界で地球でもあり得ないドラ○モンのポケットみたいな代物が都合良く転がってるワケがない。そんなオーパーツがその辺にありゃ誰も苦労なんてしねえよ。


てなわけで、必要な日用品に加えて生活用水や食料を運搬するとなると、通常一人の運搬能力ではとても賄えない。かといって荷鳥車を運用するには独りでは人手が不足してしまうし、魔物や盗賊の集団に襲われたら1発でアウトだ。


但し、野生レベルマシマシな俺の場合は事情が少々異なる。俺は食料も飲料水も基本現地で調達可能なのだ。さらに実は、以前街道を歩いて居る時に山賊の斥候らしき男を見掛けて目が合ったことがある。俺は内心滅茶苦茶ビビったのだが、男は俺に襲い掛かることは無く、面倒くさそうに地面に唾を吐いて俺に消えろとジェスチャーしてきた。

ああ、分かってるよ。俺が見た目100%金持って無さそうなのはな。更に猪の毛皮を着て曲がった槍と丸太剣を担いだ絵面は、関わったら超面倒臭そうに見えるのは間違いない。


そんなワケで。俺はすれ違う様々な連中から、遠慮の欠片も無い奇異な目で見られまくった。突き刺さる視線が痛い。俺のタングステン並みに丈夫だと思っていたハートがザクザク傷を負う。中には隊商の護衛であからさまに武器を構えて俺を警戒する奴らも居る。くそー腹立つ。俺に道を教えてくれたおっちゃんは本当に良い人だったんだな。


目的地に近付くにつれ、街道の往来はどんどん激しさを増していった。此処は恐らくもう迷宮群棲国の国境の内だ。俺の目算では、目的の都市まではおおよそ俺の脚で1日ほどの距離である。たぶん。

街道の往来を観察していると、色々と気づくことがある。この辺りは非常に人の往来が多いが、街道の端の方は色と形状の少々異なる石畳が敷かれていて、人々は其処を避けて歩いている。恐らく専用の道なのだろう。この道を統一形状と思しき連結式の荷車を引っ張る荷鳥車が、かなりの速度で通り過ぎて行くのと何度かすれ違った。貨物車のような物だろうか。随分と物流が発達しているのが見て取れる。


行き交う通行人達にジロジロ見られながらひたすら歩き続けると、周りの景色は山間部に入り、次第に道は登り道になっていった。

偶に道路脇には親切にも標識のようなものが建っているのだが、俺には字が読めん。目的地にはかなり近づいている・・・ハズだ。


更に進んで、俺は曲がりくねった山道をズンズン進んでいく。尤も、山道とは言っても舗装されている上、荷鳥車がひっくり返るような急勾配にならないよう何度も折れ曲がる蛇行した道だ。この世界で今迄歩いたことのある貧相な山道とは趣が全然違う。周りは樹木が生い茂っているが、上を見上げると所々見える山肌には巨大な岩塊がちらほら見える。中々に雄大な眺めだ。足元の確かな感触とも相まって、日本の渓谷でトレッキングをしているような気分になる。いや、地球に居た頃はトレッキングなんて殆どしたことないけどな。


そして山道を登ること体感数時間。岩山の山頂付近に到達したのか、平坦で随分と開けた場所に到着した。

そして、眼下には一部ではあるが、遂に目的の都市の雄大な姿を拝むことができた。


其処は迷宮都市ベニスと呼ばれている。ちなみに地球のイタリアにある水の都とは何の因果関係も無い。たまたま同じ呼び方なだけだ。また、迷宮群棲国の都市は殆どが迷宮都市と呼ばれているため、その通称は此処の専売特許と言うワケでもない。


その都市は雄大な眺めの岩山に囲まれた巨大な盆地の中にある。というか、盆地全体が一つの都市となっている。目を凝らして眺めると、遠目にも屋根の尖った無数の建物が密集しているのが良く見える。

また。所々に巨大な建造物や、水路なんかも見えたりする。なんつうか無粋な地球の現代設備のようなものはどこにも見当たらず、絵画の1ページのような滅茶苦茶良い眺めだ。記念にスマホで自撮りしたい衝動をぐぐぐっと堪える。俺のスマホ、ここ数年ずっと電源オフのままにしてあるのだが、果たしてまだバッテリーは生きているのだろうか。


それにしても、こうして巨大な岩塊に囲まれた都市の遠景を眺めていると、まさに天然の要塞と言った風情だ。しかしながら、話を聞いた限りではこの都市は別に戦略目的で建設された訳では無い。この都市の周辺にはいくつもの迷宮が存在するが、この都市の直ぐ傍にはその中でも特に有名な二つの迷宮がある。そして、灯に群がる蛾のごとく迷宮に群がる人々が集まって生まれたのがこの都市であり、迷宮都市と呼ばれる所以でもあるのだ。


俺が辿り着いた山の頂上付近は開けた場所になっており、見た目ちょっとしたキャンプ場のようにも見える。周りには荷鳥車を置いて野営の準備をしている連中も散見された。既に日はかなり傾いているからな。目的の都市の直ぐ傍と言うこともあり、治安も悪くないようだ。とはいえ、チラリと目を向けると、野営の準備をしている連中にもしっかり護衛は付いているのだが。


俺は道中弓矢と印字打ちで仕留めた蜥蜴のような生物を串焼きにして夕餉を済ますと、街道から少し離れて山に入り、目を付けた巨木にスルスルと登った。此処なら上から広場を見渡せそうだ。不埒者が近づいてきても直ぐに察知できる。更に背負い籠を引っ張り上げて、縄草のロープを使って身体を固定した。


さて、いよいよ明日は迷宮都市に入るぜ。色々な意味で楽しみだ。

巨木の上から眼下の町を眺めると、無数の小さな明かりがキラキラと輝いて見えた。頭上にある零れ落ちてきそうな星空と相まって、凄まじく幻想的な眺めだ。

今迄の町は日が落ちると皆寝静まって真っ暗になっていたのだが、どうやらこの都市はそうでもないらしい。この世界に来て夜景なんて初めて見たぞ。

否が応でも期待で胸が膨らむ。オラワクワクしてきたぞ。


そんなことを考えつつ、遠くの町の景色を眺めていると、いつしか俺の意識は闇に溶け込んでいった。












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