(閑話4-15)

突っ込んでくる俺達に対して、当然魔物達が棒立ちで迎えるハズもない。攻撃の意思を漲らせながら俺達に向かって飛び掛かってきた。

俺は左手に力を籠め、思い切り盾を振って奴らの攻撃を纏めて弾き飛ばす。そのままラキールをぶん回しながら身体を回転して正面の3体を纏めて叩き斬った。

人間相手では力任せの少々雑な攻撃だが、魔物相手なら此の位が丁度良い。


只前へ。更に前へ。襲い掛かってくる魔物を迎え撃つ。

斬るだけじゃない。ぶん殴り、蹴り飛ばし、放り投げ。俺は振り返ることなくひたすら前に進む。だが、相手の手数が多い。とても躱しきることは出来ない。躱せない攻撃は盾や鎧で受ける。段々と目が慣れてきた。奴らの攻撃が良く見える。

手が足りない時には後ろの二人が俺をカバーしてくれた。2年以上一緒に戦っているのだ。お互いの動きは良く分かっている。


そして、振り向かなくても分かる。同行している騎士たちが一人、また一人と斃れてゆくのが。だが、止まるわけにはいかない。止まれば最後、あっというまに魔物の群れに飲み込まれて終わりだ。


一体何体の魔物を叩き斬ったのだろうか。ひたすら前へ進み続け、俺達は遂に森の中へ足を踏み入れた。その頃にはまるで分厚い壁のようだった魔物の群れは、随分と疎らになっていた。


俺達は全身傷だらけになり、自分の血と魔物の体液でグチャグチャになっていた。

悪臭と悲惨な見た目に普段なら辟易している所だが、血の臭いを魔物の体液である程度誤魔化せるので今は有り難い。先頭で戦い続ける俺の体力は最早限界に近いハズだ。だが、歯を食いしばって振り絞れば、不思議と俺の肉体は応えてくれた。


だが、此処で一つの誤算があった。此処まで来て確かに魔物の数は減ったのだが、森の中で奴らは立ち木を利用して立体的に襲い掛かって来たのだ。


「ぐぎゃっ」

頭上から飛び掛かって来た魔物に伸し掛かられて、騎士の一人が仰向けに倒れた。

視線を向けると、魔物の腕で喉を刺し貫かれている。ほぼ即死だ。

気が付けば俺達の周りを囲んでいた騎士は、残り僅か3名になっていた。


俺の頭上からも影が降ってくる。でかい。だが、立体的な攻撃とはいえ、空中では軌道は変えられまい。俺はカウンターでラキールを叩き込む。物凄い手応えがあり、魔物が空中で吹っ飛ぶ。既に刃がボロボロなので最早斬ることは覚束ない。そして遂に、ラキールの柄が少し曲がってしまった。俺の体力より先に武器の耐久が保たなかった様だ。

騎士を殺した魔物は岡田が仕留め、吹っ飛ばされて地面で藻掻く魔物には山下が鉄棒でトドメを刺した。


「川までもう少しだ。頑張れ。」

俺は3人の騎士を励ます。だが、3人共動きが鈍い。最早息も絶え絶えの様子だ。

そして必死に歩くこと体感数十分。遂に、俺の耳に川の流れる音が聞こえてきた。

あそこを越えれば包囲を抜ける目算が高まる。

既に周囲に魔物の姿は見えない。いけるぞ。


勿論俺達は油断したわけではない。だがその直後


パカンッ

壺を叩いたような音が響いた。振り向くと、後方を歩いていた騎士の頭が叩き割られていた。


そして、いつも間にかもう一人の騎士が背後から喉を刺し貫かれている。


其処には2体の魔物が俺達を嘲笑うように身体を揺らしていた。

待ち伏せか。糞ぉ。


2人を殺った魔物が俺に向かって飛び掛かってきた。咄嗟に横に跳んで攻撃を躱す。

2mクラスが2体か。今の俺の体力ではかなりヤバい。だが、やる。此処まで来て死んでたまるか。


「コイツ等は俺が殺る。二人とも、フォロー頼む。周囲の索敵を怠るなよ!」

魔物は此奴2体とは限らない。二人には援護と同時に周囲を警戒してもらう。


二体と一人は正面から睨み合う。先程の動き。こいつらかなりやる。身体の大きさといい、個体差の激しい魔物だ。


息を深く吸い、吐く。身体が固くならないよう、解しながらリズムを取る。

勝負は一瞬。俺はボロボロになった盾を捨てた。今、盾の重さは却って邪魔だ。それに、下手に守りに入れば却って不利になる。


そして

俺が息を吐いた次の瞬間、左右から2体が同時に飛び掛かってきた。

即座に反応した俺は1体にダッシュで突っ込むと、腕の攻撃を躱しざまスライディングで魔物の身体を掠める様に地面を滑る。背後を取った俺は、全力で魔物の後頭部にラキールを叩きつけた。愛用の武器の柄が完全に折れ曲がるが、魔物の後頭部が砕けて身体が沈んだ。残り1体。


その時、すでに残りの1体は俺に向かって突っ込んできている。それに対して、俺もすでに反応している。思い切り良くラキールを投擲して魔物の突進を鈍らせると、予め地面に転がしてもらった山下の金棒を拾い上げた。

体勢を立て直した魔物は俺に腕を叩き付けてくるが、これまでの戦闘で魔物の腕の攻撃にはもう慣れた。躱しざま下からアッパー気味に頭をカチ上げる。そして、返す刀で上からフルスイング。魔物の頭をカチ割った。


「ふ~~~~。」

相手が完全に動かなくなったことを確認した俺は、漸く一息ついた。

これでどうにか包囲網を抜け出せそうだ。亡くなった騎士達には申し訳ないが、彼らもプロの軍人だ。戦場で散るのは覚悟の上だろう。


と、黒い何かが俺の顔に突っ込んできた。


「え?」

遠くで誰かの叫び声が聞こえた。景色がスローになる。

腕が・・地面の中から・・ああ。これは躱せない。殺られた。


「うおおおっ」

その瞬間、俺の前に何かが飛び込んできた。俺は突き飛ばされて尻餅を着いた。


「あ。」

前を向くと、俺の前には最後に残った騎士の背中があった。俺達に一緒に戦おうと声を掛けてくれた人だ。その背中には、刺し貫いた魔物の真っ赤な腕が生えていた。





「申し訳ありません。俺達は結局、あなた方を助けることが出来ませんでした。」

地面の中から不意打ちを仕掛けた魔物を倒した俺は、両手で瀕死の騎士の手を取っていた。魔物の腕は鎧の隙間を抜けて、彼の急所を刺し貫いていた。


「気に することは 無いさ。あのまま後方に逃げていても どの道俺達 は死んでいた。」


「何故、命を投げ打って迄俺を助けてくれたのですか。俺なんか見捨てていれば助かったのかもしれないのに。」

助けてもらったにも拘らず、俺は聞かずには居られなかった。どうして。


「ああ。何故だろう な。自分でも 良く分からない。なんだろう。俺達の先頭に立って戦う 君の姿を 見て。君に 率いられて 戦って。俺はなぜか とても 高揚した。気持ち 良かったんだ。」


「俺は 夢を見たんだ。昔 親父に聞いた 英雄の 姿を 君に見たんだ。」

馬鹿な。この人は何を言ってるんだろう。負けて、逃げて、ボロボロになって、仲間を沢山死なせて。こんな惨めな姿の英雄なんて居るはずないじゃないか。


「君は 生き   残れよ。」

そのまま騎士の人は意識を失い、二度と目覚めることは無かった。そういえば、結局この人の名前も聞けなかったな。


俺達は亡くなった騎士達を木陰に丁寧に横たえた。申し訳ないが、埋葬する時間も体力も俺達には無い。魔物の追手が何時来るかも知れないのだ。


そして今、俺達は目的の川の前に居る。山の中なので、川と言うよりは渓流と言ったほうが良い見た目をしている。


「光騎。此れからどうするんだ。」

山下が俺に訊ねてきた。


「・・・今が絶好の機会だと思わないか。」

既に俺の肚は決まっている。


「ああ。想像は付くぜ。お前が何を考えているか。」


「あの戦いで、味方の軍勢は恐らく壊滅しているだろう。その知らせが届けば、王都は大混乱になる筈だ。そして、俺達に隷属紋を入れたラーファさんは死んだ。ラーファさんの次の支配権は国王にあるしいが、国王はどうせ俺達一兵士の事なんぞ気にも留めていないだろう。更には、俺達は今回の戦いで死んだと思われていても何らおかしくない。・・・こんな好機は二度と無いかも知れない。」


「成る程。確かにこの機会を逃す手は無いな。」

岡田が頷いた。


「ああ。可能な限り早く、王都へ向かうぞ。」


「女子達はどうするんだ?」

疑問に思ったのか、岡田が訊ねてきた。


「緊急事態の時の集合場所は根津と打ち合わせてある。アイツの事だから、王都に戻る頃には女子二人を連れて既に其処で待機しているかも知れない。もし居なかったとしても伝書を使って呼び出せば・・。」


俺達3人は顔を突き合わせ不敵に笑った。身体は疲れ切り、傷だらけでボロボロだ。だが、不思議と気分は悪くない。身体もまだ動く。あの試練の成果なのだろうか。


「漸くこの殺伐とした暮らしともオサラバできるな。」


「目を治してくれたのには感謝してるけど。」


「騎士の人達には悪いけど、俺はこの国に縛られるつもりは無いんでな。」



「よ~し。じゃあ早速川を越えてから王都に向かうか。」

善は急げだ。俺は二人を促した。


「俺、泳げないんだけど。それに、水の中にも魔物が居るんじゃ・・。」

だが、岡田が速攻で水を差した。


「おいおい。アホか。大した大きさの川じゃ無いし、川の底までバッチリ見えてるだろうが。情けねえ。泳げないなら俺が引っ張ってやるよ。」

山下が呆れたように言って岡田の頭を小突いた。



「ははは。じゃあ改めて。俺達の新たな門出を目指して、行くぞお前ら。」




そして俺達3人は、新たな未来に向かって川へ飛び込んだ。



















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る