(閑話4-10)

薄暗い地下室の真ん中には巨大な祭壇と禍々しい巨大な魔法陣が・・・。

などという光景をイメージしていたのだが、俺達が案内された場所にあったのは間取りは広いが普通な内装の部屋と、その中に置かれた奇妙に立派な寝台であった。


其処では地球のドクターのような白装束に身を包んだ人たちが既に待機しており、ラーファさんの宣言と共に一斉に動き出した。

俺は白衣の一人から黒い球を手渡された。覗き込んだり撫でてみるが、材質が何なのか良く分からない。


「これは何ですか?」

聞いてみると、側に居た白衣の男性が教えてくれた。


「狼煙玉です。もし、苦痛に耐えきれない場合はそれを握り潰してください。其れは特別製で、中には塗料が入っています。」


「誤って何処かへ落としたり、潰してしまった場合は?」


「失くした場合は我々が再度お渡しします。其れは外殻をかなり厚めに作ってありますが、誤って潰してしまった場合は失敗扱いとなります。やり直しは効きませんのでくれぐれも注意してください。」

成る程。ラーファさんの言っていたように、途中で辞退出来るという話は嘘ではないようだ。


「また、お聞きしているかとは思いますが。」


「ええ。一度失敗した者は二度と試練に再挑戦はできない、でしたよね。」


一度身体が半端に変質した状態で固着した場合、再度試練を受けるのは非常に危険なのだそうだ。まあ、もしかしたらそれは只の建前で、本音としてはそんなヘタレに何度も挑戦されるのは経費的にも外聞的にもあまり宜しくない。なんてのが本当の理由なのかも知れない。



その後、俺達はあっという間に寝台に寝かされると、腕と足と腹に頑丈そうな枷を取り付けられた。激痛で暴れないようにとのことだ。そして、舌を噛み切らないように、口の中に穴の開いた布の塊のような物を押し込まれた。一応、この数日俺達は絶食した上、正○丸みたいな見た目の手作りの下剤で腹の中も洗浄している。吐瀉物で窒息死する危険は少ないだろう。


俺は為すがままにされていると、先ほどの白衣の男性が、注射器のような物を片手に俺に近付いてきた。

へえ、この世界にも注射器なんてあるんだ・・・て。針太すぎないか?それ針と言うよりストローだよね。そんな極太針で静脈注射なんて出来るのだろうか。というかそんな代物人に刺すのは止めて欲しい。


「これは苦痛を和らげる薬なんですよ。この針を刺すと、直接薬を体の中に流すことが出来ます。刺すときはちょっと痛いですが、我慢してください。昔はこんな薬はありませんでしたから。」


男は満面の笑みでそう言うと、一切の容赦なく俺の腕にズブリと針を突き刺した。

ぐおあああ痛いなんて生易しいモンじゃない。痛みもそうだが、この世界の医療技術に対する不信と不安が俺の心の中に広がっていく。遠く離れて思い知らされる、地球の現代医学の有難さよ。


暫くすると、妙な酩酊感が襲ってきて、頭がフワフワしてきた。これは・・鎮痛剤、と言うより恐らくは麻薬の一種か。地球でいう所の医療用のモルヒネのようなものだろう。苦痛が和らぐのは有り難いが、思考が妨げられるのは少々困る。


その後、白衣の男達により、俺の首、腕、大腿部、鎖骨の下あたりに点滴のような細長い管と、その先端に付いた極太の針が差し込まれた。薬のお陰か、今度は殆ど痛みは感じられない。

それにしても、此れって本当に魔術的な儀式なのか?何かが間違った民間療法的な医療現場にしか見えないんだが。


そもそも何なんだ此の点滴もどきは。不安になった俺は、俺に注射を打った男を凝視した。


「ああ。其れはですね。細かく砕いた魔石を特殊な溶媒に溶かし込んだものですよ。」

どうやら男は俺の疑念を察したようだ。ていうか何だって。そんなもの血管に注入して大丈夫なのか?いや駄目だよな。


「人間というのは誰しも生来魔法に対する強い抵抗力を備えています。なので、体内に直接魔法の力を作用させるのは至難の技なんですよ。外部から炎で焼いたり、打撃を与えるのは簡単なんですけどね。でなければ、脳や臓器を魔法でチョッと弄っただけで、簡単に人を殺せちゃうでしょ。」

男は聞いても居ないのに得意げにペラペラ喋り出した。もしかしたら、この人って色々な意味で危険な人なのでは。


「また、人体というものは体内に異物が混入すると、それを排除しようと働きます。魔素も例外ではありません。通常なら、魔力の塊である魔石の破片を血管に注入などしたら、拒絶反応で直ぐに死に至ります。だがもし、良い塩梅で死なないギリギリでソレを調整できたとしたら。ふふふ、その人体の魔法に対する抵抗力は、全て体内の異物へと向けられます。そして、外部からの魔法の力の行使に対して一切無防備となるんですよ。」


「騎士の試練における我々の仕事は、今あなたの体内に注入した魔素を外部からの魔術的儀式の行使により、無防備なあなたの身体に無理矢理混ぜ込んで定着させることなんですよ!」

男は危ない光を宿した瞳で俺を見下ろしながら、満面の笑みで声を張り上げた。

うわあああ。俺は早くも右手に握った狼煙玉を潰したくなってきた。すると、


「うふふ。そろそろ拒絶反応が始まりますよ。」



・・・何だ? 身体が熱い。心臓が早鐘を打ち始める。そして、


俺の全身に、灼熱が襲いかかった。




___その後の記憶は定かではない。


気が付くと、俺の身体は全身凄まじい筋肉痛のような状態で仰臥しており、指一本動かすことができなかった。全身が滅茶苦茶痛くて怠い、が、身体が拘束されて動けない。痛みで寝ることすらできない。この痛みは、耐えがたい痛みだ。かつて記憶にないほどの凄まじい苦痛。俺は知らず涙を流し、苦悶の呻き声を上げ続けた。


どの位の間、呻き続けていたのだろう。もう時間の感覚が曖昧だ。目も霞んで良く見えない。拘束された状態で、恐らく無意識に藻掻き続けていたのだろう。疲労で身体に力が入らない。永遠とも思える苦痛の中で俺を支え続けたのは、あの礼拝堂での誓いと、なんと言うべきか、恐らく直ぐ傍で同じ苦痛に耐えているであろう仲間に負けていられないという俺の意地だ。



そして、そのままどれ程の時が流れたか。漸く全身の凄まじい鈍痛が収まってきた。

俺はゆっくりと目を開くと、白衣の男が俺の手首に手を当てているのが見えた。どうやら脈を測っているようだ。すると、男と目が合った。


「我々の事が分かりますか。身体の痛みの具合は?」


「・・・・。」

いや、口の中に布が押し込まれてて話せないんだけど。


声を掛けてきた白衣の男は、俺の目に理性が戻っていることを察したのか、身体の枷を外して背中を支えてくれた。俺はゆっくり上半身を起こしてみる。


身体は怠い。だが、異常はない・・と思う。

その後、口から布を引っ張り出してゆっくりと立ち上がってみた。足腰に力が入らない。思わずヨロける。だが、歯を食いしばって踏ん張った。二人の事が気になって仕方なかったからだ。


白衣の男に支えられながら、二人の寝台の方に歩いて行くと、寝台に座っている二人が見えた。どうやら二人とも既に目を覚ましているようだ。

無事で良かった。本当に。


「ははは。やったな。二人とも。」

寝台の側まで来ると、俺は直ぐに二人に声を掛けた。


「マジで 死ぬかと思ったわ。あの世から爺ちゃんが呼んでるのが見えたわ。」

山下はゲッソリやつれた青白い顔で、弱々しい声を漏らした。


「いやホントに。まだ生きてるのが信じられない。」

岡田は寝台に突っ伏しながら声を上げた。


その後、俺達はそのまま数時間ほど静かに身体を休めていると、報告を聞いたのかラーファさんがこの部屋に再びやって来た。

そして、不敵な笑顔で俺達を労ってくれた。


「お前たち、よくぞ耐え抜いたな。私の見込んだ通りで嬉しいよ。」


「ありがとうございます。恐縮です。」


が、彼女の次の言葉を聞いて、俺は固まった。


「此れで試練の第一段階は通過したな。」

ん・・・・・んん!?

ええと、ええええと。


「だ、第一段階とはどういう事ですか?」

俺は、思わず震える声で彼女に問い正した。


「ん?騎士の試練は20回に分けて行われる。後19回耐え抜けば君たちは晴れて真の騎士だ。この調子なら試練の突破も夢ではあるまい。」


「おおおおおおい!そういう事は最初に言ってよおおおお!!」

俺は思わず日本語で叫んだ。視界が涙で滲む。アレあと19回もやるの!?無理無理無理本気で死んでしまうよ。本気でマジで。


俺の背後で人が崩れ落ちる音が聞こえた。俺の膝もプルプル震えている。眩暈がして頭がガンガンする。なんだか身体の痛みも復活してきたような気がする。


「ん?君たち一体どうしたのかね。」

と、彼女の表情が次第に呆れかえったものに変わった。どうやら色々と察したらしい。


「・・・君たち、まさかとは思うが知らなかったのかね。1回で身体を丸ごと変質させるとか、そんな無謀な事をしたら確実に死ぬにきまっているじゃないか。少し考えれば分かりそうなものだが。」



全然分かりませんでした。だって魔素だの魔法だの日本には無いんだもの。

え~~~。アレを、あと、19回。マヂで?


・・・どうしよう。






















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