(閑話4-11)
俺達が此の試練の部屋に来てから数日が経過した。
あの第一回目の試練の間、俺達は丸三日藻掻き苦しみ続けていたらしい。
理性を取り戻したその翌日、身体の苦痛が落ち着いた俺達は、床に座り込んで顔を突き会わせていた。
あの礼拝堂の誓いが夢だったかのような超ギスギスな空気である。
「あと19回とかどうするんだよ。お前ら耐えられるの?」
俺は二人に訊ねた。駄目だと頭では分かっちゃいるけど、どうしても尖った口調になってしまう。
「いや、無理だろ。」
憮然とした顔で岡田が答えた。
だよな。
此れがハリウッド映画や漫画の主人公とかなら格好良く当たり前だろ、とか答えるんだろうが、そんな都合の良い無敵の精神力を持つのはフィクションだけのハナシだ。お気軽にヘタレとかほざく奴は実際あの超激痛を体験してみろっつうの。映画ならワンカット、漫画ならペラリと1ページで終わりなんだろうけど、現実はそんなに甘くないんだよ。
・・・て、そんな風に考えてたの数日前の俺だよな。糞ぉ。
「ていうか何でお前ら聞いてねえんだよそんな重要な事。ありえねえだろ。」
今にも噛みついてきそうな渋面で山下が吐き捨てた。
其れはお前も同じだろ。まあ本人も分かってても苦言を言わずには居られないんだろうが。ホウレンソウ大事だよな。俺達学生だって例外じゃない。昔、サッカー部で連絡忘れてて練習試合に来られなかった先輩居たし。
「あの連中も何も話してくれなかった。あの女の感じだと、俺達が知ってて当然だと思ってやがったのか?いくら何でも適当すぎるだろ。糞ボケが。」
山下は怒りが収まらないようだ。
ラーファさんのあの呆れた表情を思い出すと微妙だが、もしかしたら知ってて黙っていたということもありえなくはない。試練が20回分もあると分かってたら、絶対に誘いを受けるの躊躇しただろうし。
「まあ日本じゃありえないんだろうけど、万事適当な所あるしなこの世界の人間。」
俺はこの国に来てからの事を色々と思い浮かべて口に出す。
「此れからどうする?」
疲れ切った顔で岡田が聞いてきた。
「・・・いっそ逃げるか?」
山下が身を乗り出す。
「逃げられると思うか?騎士の試練の内容って一応極秘扱いなんだろ。只の一般兵なら兎も角、今逃げたら恐らく厳しい追手がかかるぞ。それに、騎士の力を持つ連中はこの王都だけでも数十人居るらしいし、まず逃げ切れないだろう。」
逃げるのは恐らく最悪の手だろう。体力のない女子達の事もあるし。俺は山下の案を否定した。
「なら棄権するか?あの狼煙玉潰して。」
岡田が横から提案してきた。
「連中の話では一応俺達に素質はあるそうだ。多分、限界ではなく故意に棄権したらすぐにバレる。3人共にというのも不自然だし。それに、この試練て相当に経費が掛かってそうだから、ワザと棄権したとバレたらその後の俺達の処遇が色々と不味い事になるかも知れない。」
此方も却下だ。あの球を潰せば試練は直ぐに棄権出来るだろうが、故意とバレたら後々ロクなことにならないだろう。他の兵士たちの風当たりも物凄そうだ。
「んな事言ったって。」
は~~~
俺達は暫くの間無言で睨み合っていたが、同時に深い深いため息を吐いた。
「どうせ逃げ道なんて無いし、もう腹括って行ける所迄行くしかないだろ。進むも地獄、引くも地獄ならもう無理でも無謀でも何でも進むしかない。今までに耐えた連中が居るのなら、俺達にも絶対無理な道理はないだろう。」
「・・・・ああ。」
「あ゛~糞ぉもう仕方ねぇ。」
そういうことになった。
何度かギリギリの死線を彷徨ったことのある俺達は、こんな時は話が早い。
話が決まればさっさと腹を括って覚悟を決めてしまおう。
___其れから約5カ月もの間。俺達は騎士の試練を受けて心身共にズタボロになっては休んで回復して再び試練を受けるという地獄のサイクルをひたすら繰り返した。試練はあまり間を開けると効果が薄れるらしく、俺達は数日のインターバルを空けただけで直ぐに次の試練を受けさせられた。
俺達の精神はグラインダーを顔面に押し付けられたように高速でバリバリ削られまくった。そんな俺達は次第に喜怒哀楽の感情が薄くなり、休んでいる間も虚ろな目で虚空を眺めていることが多くなった。ちなみにその時は何も考えていない。虚無である。
試練が後半になると、狼煙玉は貰えなくなった。此処まで来て今更辞退なんてとんでもないってか?話が違うだろうが。だが、その時には既に激しく抗議する気力も失われつつあった。
因みに、何度も繰り返されるとんでもない苦痛に慣れることは全く無かった。苦しいものは苦しいし、痛いものは痛いのだ。
そんな恐るべき地獄の日々を経て遂に。俺達は20回目の試練を終えたのである。
その時、俺達に歓喜のリアクションは無かった。謎の万能感で、なんか盛り上がってしまって、安直に誘いを受けたことを俺は心の底から後悔した。精神も、肉体も、あまりにも疲れ果てた。寿命が20年は縮まったような気がする。
試練を終えた俺は寝台に身を沈めながら、虚ろな気持ちで只天井を眺め続けていた。
最後の試練を終えてから数日後。
あらゆる意味で擦り切れまくった俺達は、半年ぶりに再びラーファさんの執務室に呼び出された。
今の俺達の心は非常にやさぐれている。
何故なら、この数日で衝撃の事実に気が付いてしまったのだ。
「おめでとう。よくぞ騎士の試練を突破したな。私は正直、3人とも突破するとは思っていなかったよ。その誇り高い精神と優れた身体を誇りに思うと良い。私もとても嬉しいよ。」
「・・お言葉ですが、私の身体には正直あまり変化がない様に思われるのですが。」
そう、衝撃の事実。身体が僅かに回復してから色々と試してみたのだが。
試練の前と大して身体能力変わってないよ。いや、寧ろ鍛錬してなかった分衰えたような気すらする。
ナニコレ。ねえナニコレエ。まさか今更素質無かったとか言わないよね。流石の俺もガチガチのガチで切れてしまうよ?
「試練を突破したからと言って、そんな直ぐに簡単に強くなれる訳が無いだろう。」
ラーファさんはニヤ付きながら俺達に言い放った。
俺は自分のこめかみに血管が浮き出るのが分かった。
簡単だとぉ。バリバリと歯が軋む。握った拳が震える。ふざけんなこの野郎。
「フフ、早とちりするな。直ぐにと言っただろう。試練の成果を発揮できるかどうかは此れからの君たち次第だ。今の君たちの肉体は、言わば限界の枷が外れた状態だ。此れから先、厳しい鍛錬を積み重ねれば、嫌でもその成果を実感することになるだろう。勿論その先に個人差はあるがね。」
俺は直ぐに怒りを収めた。成る程。いくら激痛に耐えたとはいえ、俺達は試練の間、基本寝台で寝転がっていただけだ。それだけで勝手に強くなる訳では無いというのは理解できなくは無い。其れに、例え寝たまま身体能力だけ異常に飛躍したとしても、技術や精神が追い付いていなければ隙だらけの歪な強さにも成りかねない。
「そんな今の君たちに必要なのは実戦だ。明日からは早速我が国の為に奮闘してもらうつもりだ。」
え?この人は一体何を言っているんだろう。
「あの、今の我々の身体にはまだ休息が必要です。どうかご一考下さい。」
今の俺達の心身はガタガタである。こんな状態で直ぐに戦場に向かうなど、幾らなんでもあり得ない。よもや使い捨ての奴隷兵なんかじゃあるまいし。
「これは命令だ。」
ラーファさんが冷酷な声で言い放つ。
「ですから!」
急激に態度が変化したラーファさんに不信感を抱いたものの、俺は思わず強く反論しそうになる。
その時、ソレは唐突に起きた。
「ぐがっ」
い・・息ができない。しかも、まるで感電でもしたかのように唐突に身体が痺れて動かなくなった。な、何が起きたんだ。
「どうやら上手くいったようだな。」
呻きながら頭を下げた俺の頭上から、ラーファさんの楽しそうな声が聞こえてきた。
「ど、どういうことだ。」
余りの苦しさに、俺は遂に滝のような汗を流しながら床に這いつくばった。後ろの二人も俺と同じ症状のようだ。呼吸が上手く出来ない。身体も痺れて動かない。苦しい。一体どういう事なんだ。
「騎士の試練でお前たちの身体を弄る際、魔術的儀式により反抗的な戦奴などに使う服従の印紋をお前たちの体内に施したのだよ。私に逆らったり、私が印紋に力を加えればソレは発動する。実験的な試みだったのだが、中々上手く機能しているようだな。」
ラーファさんは嗜虐的な笑みを浮かべながら、楽しくて堪らないといった声で俺達の頭上から言い放つ。
しまった。しまった・・。やられた。チクショウ。
這いつくばりながら、乱れた思考で俺は思う。こんな真似をする彼女は悪辣なのだろうか。いや、ちがう。俺の所為だ。俺が迂闊だったのだ。俺が反吐が出る程の甘ちゃんだったのだ。
俺は馬鹿だ。どうしようもなく。何処の出自とも知れない連中に人外の力を与える。裏切る可能性を考慮すれば、何の保険も無しにあんな提案をする訳ないじゃないか。
彼女がこの部屋で俺を試練に誘った時、あの時の張飛さんの表情で気付くべきだったんだ。張飛さんの立場じゃ何も口に出せないだろうけど、あれは此の事を知っていて俺達を心配してくれていたんだ。
だからと言って、こんな事をされて笑顔で許容できるかと問われれば、勿論そんな事はありえない。俺は精一杯の抵抗で彼女を睨みつけた。
「フフフ。そう睨むな。その紋の支配権は第一に私。次に我が国の王になっている。逆らうことは出来ない。だが、君達が私と我が国に従う限り、悪いようにはせんよ。名誉、地位、財、女。君の働き次第では、いずれ身に余るほどの恩賞が手に入ると約束しよう。」
「ぐう、うっ、お、お前、は。」
単なる苦痛なら、或いは意志の力でねじ伏せて反撃することが可能なのかもしれない。だが、呼吸器系を支配されるのは不味い。或いは脳や循環器系も。俺達がどれほど鍛えて強くなろうとも、恐らく生体の生理的反応からは逃れられない。支配した相手がその気になれば、確実に俺達を殺せるだろう。印紋とやらにどれ程の効果範囲があるのかは分からないが、此のままでは反逆することなど不可能だ。
そして、彼女が何やら身振りをすると、俺達の苦痛は嘘のように消えた。だが、身体にはまだ力が入らず、俺達はそのまま這いつくばりながら荒い息を付いた。
此れが魔法の力という奴なのか。初めての体験だが、まさに最悪だ。此のままでは、この世界の魔法に対する悪い偏見が芽生えてしまいそうだ。
「先日、密偵から情報が入ってね。どうやら、隣国の輩どもが不埒にも我が国へ大規模な侵攻を目論んでいるらしい。そこで、奴らには己の身の程を思い知らせてやらねばならん。我が国では久方ぶりの大規模な戦闘になりそうだ。」
彼女は今にも舌なめずりをしそうな厭らしい笑みを浮かべて、俺達を見下ろしながら語り出した。
「其処でだ。少々反抗的な君たちには、手始めにその戦で先陣を切る名誉をくれてやろう。」
何が名誉だよ。ふざけやがって。俺は怒りに震えた。
それにしても。隣国は俺達があれ程散々撃退したのに、未だに大規模侵攻を目論む余力なんてあるのだろうか。
「ああ。君たちが赴任していた砦の方では無いよ。侵攻が予想されるのはその反対側の国境だ。」
俺の表情から考えていることを察したのか、彼女は俺の疑問に答えた。
俺達の居た北の砦とは反対側の隣国と言ったな。
勿論聞いたことがある。その国の名は確か、カニバル王国とか言ったはずだ。
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