(閑話4-6)

「モタモタすんな 早く準備しろ新入りども!」

古参兵たちの怒声が響く。




__俺達が国境付近の砦に到着したその日の午後。新しい兵舎への転居や部隊配置諸々の転属の手続きの為に待機してる俺達に向かって、砦の指揮官達から早くも隣国からの襲撃の報がもたらされた。


このような事は日常茶飯事なのか、俺達の前で砦の兵士達は特に騒ぐようなことも無く、黙々と出撃の準備を進めている。未だに指揮系統すら定かではない俺達新兵は何をしていいのか分からず、ただ戸惑うばかりだ。

そんな俺達の前に、下士官と思われる甲冑に身を包んだ兵士と、他に数人の駐屯兵がズカズカと大股で近づいてきた。


「赴任したばかりでご苦労だが、早速お前らも出撃だ。俺は中隊長のダズってモンだ。指揮は俺が取るから黙って従えよ。」


まだ実戦経験の無い俺達新兵は、王都に駐留していた時との空気の違いとあまりの急展開に戸惑いを隠せない。殆ど訳も分からないまま慌てて装備を身に付ける俺達に古参兵たちから怒声が浴びせかけられ、到着したばかりの砦からいきなり出撃することになった。


俺達はダズさん達の後に付いて速足で戦場へと向かう。転倒したり隊列が乱れるので走ったりはしない。そして、俺達新兵の腕には識別の為の青い布が巻かれている。同士討ちを避けるためだ。勿論敵の標的にもされやすいが、同士討ちされるよりはマシとの判断だろう。新兵以外の兵士に対しては、身に付けた装備で敵味方の区別をする。


始めは街道を行軍していた俺達だったが、途中で街道から逸れて森の中に入った。そのまま一時間程歩き続けると、遠目に人間の集団が揉み合う姿が見えた。既に戦端は開かれているようだ。

俺達はダズさんの指示で、歩く速度を落として隠れながらゆっくりその場所へ近づいてゆく。心臓の鼓動が痛い。手に持った支給品の槍を何度も握り直す。正直、緊張しすぎて頭がどうにかなってしまいそうだ。隣を見ると、山下も岡田も緊張からか、真っ青な顔をしている。

戦闘は森の外の拓けた場所で行われているようだ。奇襲には絶好の場面だが、俺達新兵の出す音が大きい。これ以上近づけば直ぐに気付かれてしまうだろう。


「俺が合図をしたら突撃するぞ。新兵のお前らには何も期待しちゃいねえ。何も考えずに兎に角目の前の敵を殺せ。但し、同士討ちだけはするなよ。その時は俺が手前らをぶっ殺すからな。」

俺達の方へ振り返ったダズさんは、小さいがよく通る声で俺達に言い放った。

俺は思う。果たして、俺に人を殺めることが出来るのだろうか。


そして、


「突撃!」

それから間を置かずに、ダズさんの号令が響いた。

周りの皆が喚声を上げながら走り出した。


俺は足が竦んでしまった。身体が前に出ない。


「グズグズしてんじゃねえぞウスノロ!」

俺がその場で固まっていると、誰かに後ろから背中を殴られた。俺は重くなった体を引き摺るような気持ちで、戦場へと駆け始めた。



他の新兵の皆と一緒に戦場へ駈け込んだ俺を待っていたのは、戸惑いであった。

とりあえず、前を走る兵士の後に付いて森の外に駆け出てみたものの、正直何をしたら良いのか良く分からない。槍を付き出そうにも前の味方が邪魔だし、味方と敵の区別が全然つかない。前方からは怒号と争う音が聞こえてくるので、激しく戦っているんだろうけど。このまま適当にやり過ごして砦に帰還できないだろうか。


そんな事を考えながら目の前の兵士の背後で身を縮めていると、その兵士がいきなり地面に叩き付けられた。そして、俺の頬に何かが飛んできた。

叩き付けられた兵士の血だ。


俺の心臓がドキーンと撥ねた。


そして俺の目の前には、鬼の金棒みたいな棒を持った凶悪犯みたいな面構えの鎧男が仁王立ちしていた。


「あ。」

身体が動かない。目の前の鎧男が金棒を振りかぶるのがやけにスローに見えた。

俺は此処で死ぬんだろうか。


その時、俺の背後から槍が突き込まれた。


ガギィ


槍の穂先が鎧にぶつかる。

耳障りな音が響き、鎧男が一歩後退した。


「光騎っ 手ェ出せ 死ぬぞー!」


「オカッ」

背後から怒鳴り声。すまん岡田。助かった。


「少し下がるぞ」

体が動くようになった俺は、背後に声を掛けた後にバックステップして鎧男から距離を取った。此処は戦場だ。緊張で狭まった視界で、鎧男だけに気を取られるのは危険だ。


「オカ 達夫 フォロー頼む。周りにも気を付けろよ。」

俺は背後に居るハズの仲間に声を掛けて、前方へダッシュ。そして、鎧男に向かって思い切り踏み込んだ。


ギィィ


が、鎧に弾かれる。動き回る鎧の隙間に穂先を入れるのは想像以上に困難だ。しかも、下手に力を込めて鎧に当たると槍が壊れてしまう。


「死ねヨ ガキが」

鎧男が金棒を振り回して来た。俺は横に跳んで避ける。重い金属鎧を着てるせいか、男の動きは速くない。俺の攻撃は普通に当たる。ならば。


「ガああああああ」

突っ込む俺の頭目掛けて、鎧男が金棒を振り下ろして来た。読み通りの動き。


「でやあ!」

俺は素早く切り返して金棒を避けると、カウンターで男の腕に槍の柄を叩きつけた。

男の手から金棒が落ちた。チャンスだ。


俺は男に向かって槍を投擲して牽制すると、落ちた金棒を両手で素早く拾い上げた。脳内麻薬が分泌されているせいか、思いの外重さは感じない。


「うおおおおお」

俺はそのまま勢いで鎧男に金棒を振り下ろした。


ゴギン


物凄い反動で手が痺れる。だが、肩口に金棒を叩き込まれた鎧男はそのまま倒れ伏した。これなら鎧は無事でも中身はタダじゃ済むまい。


「オカ、ありがとう。助かった。」

俺は後ろを振り向く。が、其処には岡田と山下が敵兵と揉み合う姿が俺の目に飛び込んできた。


俺は考える間もなく金棒を振り回した。金棒の先端が敵兵の後頭部に吸い込まれる。

手に伝わる嫌な感触と共に、敵兵の首が変な方向に折れ曲がった。


「うぐっ」

俺は無意識に呻き声を上げてしまった。アルミホイルを噛み締めたような不快な感触が口の中に広がる。だが、戦場は俺の都合で止まってはくれない。

俺は口内の不快な味を噛み締めたまま、山下と揉み合う敵兵に向けて金棒を振り下ろした。




出撃から数時間後。どうにか敵の軍勢を追い払った俺達新兵は、疲労困憊で砦に戻って来た。あの後、森の二方向から一斉に味方が雪崩れ込んできて、敵の軍勢は総崩れとなった。どうやら俺達新兵は、敵を引き付ける囮に使われたようだ。


俺は山下達と砦の広場の隅で座り込んでいた。声を出すのも億劫だった。

初陣で初めて人と戦い、殺してしまった。でも。

喜ぶ気分にはとてもなれないが、以前から懸念していたよりは精神的なダメージは少なかったように思う。

目を血走らせながら襲い掛かってくる異世界人の敵兵を見ると、日本に居た俺達人間とは別のイキモノに思えてしまったからだ。


3人で黄昏ていると、何人かの兵士が俺達に近付いてきた。ダズさん達だ。


「お前サイガとか言ったな。初陣で6人も殺ったそうだな。やるじゃねえか。」

ダズさんは俺の前まで来ると、見上げた俺を満面の笑みで称賛した。



・・・6人殺したから、だから何だってんだ。

人から褒められて、こんなに不快な気分になったのは生まれて初めてだった。

俺はこの時、漸くこの手で人を殺したことを実感した。









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