(閑話4-5)
俺達が此の地で働き始めてから1年の歳月が流れた。
その間、担当になったらしい中年の男性事務員から俺達に身振り手振りで与えられた仕事は、厨房の下ごしらえの手伝いから各施設の掃除、雨漏りの修繕、武具の手入れ、洗濯、井戸の水汲み、便所の汲み取りその他諸々。文字通りの雑用全般である。
文化も、法も、言葉も、今いるこの場所が何処かすらロクに分からなかった俺達は、今を生きる為に、目の前に与えられた仕事をとにかく無我夢中でこなした。
日が暮れた後は、6人で集まって暗闇の中、寝る間も惜しんで互いの情報交換と語学の習得に没頭した。
皆で協力すれば学習も捗る。今では俺と根津は、簡単な日常会話くらいならこなせるまでにこの世界の言葉を話せるようになっていた。また、他の4人も片言くらいの会話なら可能だ。そのお陰で色々と見えてきた事もある。
まずは俺達が今いるこの場所だ。
俺達の居るこの地域は、ラフテシアとかいう巨大な大陸の西端に近い所らしい。此処からさらに西方には未開の山林が広がっており、俺達が此の世界に飛ばされた場所も恐らくその山の中だろう。
俺達が拾われたのは 幾つかの城塞都市からなるラテール王国とかいう国だ。今は俺達の居る都市が王都になっており、君主として王族が治めている。
張飛さんは他にもこの国の政治体制らしき話を色々としてくれたが、難しい話は良く分からなかった。恐らく内容を理解が出来ない訳ではないのだろうが、専門用語らしきものをビシバシ出されると、まだ言語が拙い俺にはそもそも何を言っているのか分からないのだ。
この辺りの地域は昔から様々な国が群雄割拠しており、常に戦乱の風が吹き荒れている。その理由は様々であるが、やはり一番の理由は土地と資源を巡る争いだ。
この世界は広大だが、その殆どは恐ろしい魔物が支配しており、人間が簡単には立ち入れない土地なのだそうだ。そして、辛うじて人が住めるこの辺りの地域は、思いのほか資源が豊富なのだ。広大な森や水源、様々な地下資源、良く分からないが迷宮資源と呼ばれるものなどがあり、かつては東方の巨大山脈を越えた先にある大国が侵略してきたこともあるらしい。
限られた土地と豊富な資源。其れを巡って人々が相争うのは必然なのかもしれない。
次に俺達の立場だ。
この国の今の君主は外征にはあまり積極的ではなく、内政に力を入れているそうだ。とはいえ、周辺国はガンガン手を出してくるので小競り合いは絶えないのだが。
俺達を救助してくれたのは王都の治安部隊である。普段は王都に常駐している部隊なのだが、未開拓の土地の調査と、最近治安を乱している盗賊どもの拠点の探索と殲滅を兼ねて、一部の部隊が内政を重視する王の命で駆り出されたのだそうだ。
そして、王国の西方に広がる森と山を探索していたところ、行き倒れていた俺達を発見したらしい。まだ見た目が幼く、女子も混じっていたのを不憫に思った彼らは、俺達を連れ帰って治療を施してくれた。
俺達が今働いているのは、王都にある巨大な兵舎である。
この兵舎に雑用係という役職は存在しない。1年前、俺達の泣き落としと張飛さんの計らいにより俺達は軍属となり、予備兵扱いとなった。
この国でいう所の予備兵とは、志願したもののまだ戦う能力の乏しい子供や、戦闘で身体が不自由になった者や元々戦闘に不向きな身体の者で、後方や内勤の補佐に従事する人員のことを指す。
体格の良い俺と山下は、本来なら即兵士として徴用されるところだったのだが、言葉が全く話せない事を考慮して予備兵扱いにしてくれた。
そして軍属となって1年。遂に俺達に予備兵から正式な兵士への転属の命が下った。
俺の目下の悩みは此の事である。雑用なら幾らでもこなしてみせる。だが、行き倒れていた所を助けてもらい、仕事と居場所を貰った恩があるとはいえ、兵士となって人間相手に殺し合いをするなど俺に耐えられるのだろうか。
俺達は6人で何度も話し合った。今の俺達は監視されてる訳でもない。この国から逃げ出すことも考えた。だが、結局俺達は命令に従うことを選んだ。
何故なら、今の俺達には生きる力も戦う力も圧倒的に足りないからだ。この世界は、日本がまるで楽園に見える程に未開で野蛮だ。今の俺達が此処から逃げ出した所で、森の中で行き倒れた時の二の舞になるか、下手したらもっと悲惨な末路を迎えることになる可能性が高い。
今の俺達に必要なのは生きる力、抗う力だ。何の見返りも無しに、戦う力だけをよこせなどあまりにも虫の良い話だろう。命に従って兵士になれば、王国の為に戦うことは避けられないが、衣食住は確保されるし、逆に戦う力を身に付けることが出来るはずだ。あとは俺の気持ちの問題だ。此処は平和な日本じゃない。文字通り心を入れ替えて、人間とだって戦う覚悟を決めないといけない。
その後、俺達は辞令を受けて正式に兵士となった。俺と山下と岡田はすっかり顔馴染みとなった張飛さんに頼み込んで同じ部隊へ、女子三人は変わらずこの王都の兵舎での内勤となった。
張飛さんは見た目は三国志の張飛だが、実は3等貴族のエリートの次男で人事には融通が利く。本名はラウード・シェルランとか言うらしい。だが、俺が隠れて張飛と呼んでいるのを知ってバカウケした根津が、本人に張飛が伝説の武将だの何だのと色々と吹き込んだらしく、今では普通に張飛と呼べと言われている。本物の張飛の末路は黙っておいた方が良いだろう。
兵士となった俺達3人の生活は一変した。其処では訓練と言う名の地獄が待ち受けていたのだ。
入隊初日。訓練と称して俺達はいきなり先輩兵士に徹底的に叩きのめされた。何度挑んでもまるで歯が立たなかった。後輩をいたぶって悦に入る輩は、たとえ世界が変わっても変わらず居るようだ。
だが、俺達に足りないものが改めて明確になった。
平和な日本でぬくぬくと暮らしていた俺達には、理不尽な暴力に対する対抗手段が圧倒的に足りない。今回は先輩兵士だからこの程度で済んだが、敵兵や賊の類、魔物相手ならすでに俺達の命は刈り取られていただろう。
その日、俺と山下は嗚咽する岡田を励ましながら就寝することになった。
「はぁ はぁ はぁ」
「ぜえっ ぜえっ ぜえっ」
「ふひ~ ぶふぃ~ ひいぃ~」
「オラァ! チンタラ歩いてるんじゃねえぞ。」
身軽な姿の教導官に、背後から蹴りを叩き込まれた新兵が弾かれたように倒れ伏す。
入隊の翌日から、俺達は巨大な背嚢のような荷物を担いで山の中をひたすら歩かされた。王都付きの軍に配属された新兵は俺達だけじゃない。俺達を含め、50人余りの新兵がこの行軍に参加している。指揮官の話では、俺達新兵は貧弱すぎてまるで使い物にならないので、当分は此の王都の駐留軍で鍛えてから改めて国境などの各地域に配属されるそうだ。
俺達に課せられた訓練は、人権だの人道だのを鼻で笑うような異常なものであった。
殴る蹴るだのは日常茶飯事。俺達は、苛めとも思える理不尽極まる訓練の数々を連日強要された。少しでも逆らえば首を絞め落とされたり、腕や足を折られた人も居た。
格闘訓練だの実践訓練などと称して、俺達は連日教導官や古参兵に叩きのめされた。嗜虐的な目で俺達に木剣を叩き込む連中の顔を、俺は決して忘れない。
何人もの新兵に怪我を負わせているのに、指揮官には何の咎めも無かった。一応治療はしてくれるのだが、俺たち新兵は酷い怪我が絶えることは無かった。訓練中に命を失った者までいた。
俺達3人は何時だって励まし合いながら、その理不尽な仕打ちに耐え続けた。最初の頃、岡田はずっと泣いてばかりいた。支給された食事も喉を通らない様だった。その所為か、余計に教導官に目を付けられて、酷い暴力に晒された。俺と山下は必死で岡田を庇った。そんな俺と山下は、岡田以上に何度も何度も殴られた。でも、そのくらいで大切な仲間を守れるなら安いもんだ。
入隊して1年も経つ頃には、岡田は一切涙を見せなくなった。逆に殴られる俺達を庇ってくれることもあった。この頃には古参兵の理不尽な暴力はかなり軽減された。そのきっかけは、格闘訓練の際に俺が逆に腕挫十字固で古参兵の腕をへし折ってやったことだ。この男はいつもニヤつきながら新兵を虐待していた輩なので、容赦はしなかった。
そして俺達が入隊してから1年半程経った頃。俺達3人は、隣国との国境付近の砦に転属となった。3人一緒なのは、以前頼み込んだ張飛さんの口利きのお陰だろう。
暫く会っていない王都に残る女子の仲間達が心配だが、彼女らは俺達の事がもっと心配だろうな。
他の新兵や転属となった兵士達と一緒に1週間ほどの行軍をした後、俺達は赴任先の砦に到着した。其処は、小高い丘を岩や木の柵で補強して要塞化した殺風景な砦であった。どの道、王都に居た時でも街で遊ぶ機会なんて全くなかった俺達には、どちらの風景でも大して変わらないのだが。
其処で俺達は、人間相手に初めての実戦を経験することになった。
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