(閑話4-4)

クラスメイトの仲間たちが全員意識を取り戻したのは、俺が最初に目を覚ましてから数日後のことであった。命に別状が無さそうで本当に良かった。


皆が目を覚ますまでの間は、家政婦か使用人のような衣服に身を包んだ人達が定期的に部屋を訪れて来て、意識の無い皆の口の中に管のようなものを突っ込んで何かの液体を飲ませていた。

初めてその光景を見たときは一瞬止めようかと思ったが、朧げな記憶で俺も同じように液体を飲まされたのを思い出して思い留まった。


食事については、定期的に薄い味の着いたスープが配膳されてきた。粗末だが、胃腸が弱り切った俺達には有難い食事であった。排泄については、扉を叩いて外の監視を呼んで身振り手振りで訴えると、監視付ではあるがトイレに連れて行ってくれた。部屋で垂れ流しとかじゃなくて本当に良かった。但し、意識の戻らない仲間の排泄は使用人のような人たちが手助けしてくれた。その間、俺達は後ろを向いて目を瞑っていた。


今後のことについては、俺達の間で何度か話し合ってはみたものの、コレと言った結論は出ていない。というより、監視付で部屋に押し込められている今の状況では、俺達に出来ることは何もない。脱走なんて其れこそ映画や漫画の中だけの話だし、監視に何かを訴えようにも言葉が分からない。目を覚ました他の仲間たちは、俺と同じように一人ずつ尋問で連れ出されたが、言葉が分からないので結局何の意思疎通も出来なかった。



その後、尋問されることも無くなった俺達は、恐らく1週間ほどそのまま何事も無く過ごした。恐らくというのは窓も無い部屋の中に押し込められているので、時間の感覚が曖昧になってきているからだ。

6人が同部屋でプライベートも何もあったものじゃなかったが、飢えに苦しみながら歩き続ける事を考えたらまるで天国だ。

目を覚ました時には寝たきりで死んだ魚のような目をしていた仲間たちも、どうにか元の調子を取り戻していた。


そしてある日、俺達が今後のとこに頭を悩ませていると、俺を尋問した黒髪の女性達が、再び部屋にやって来た。そして、身振りを交えて何事かを話し始めた。

話していることは良く分からないが、身振りからするとどうやら俺達を釈放してくれるようだ。彼女を見ると以前のような武装した姿ではなく、軍隊の制服のような着衣に身を包んでいる。

俺達には危険性は無いと結論付けられたんだろうか。確かにこの世界の人たちから見て服装は奇抜かも知れないが、身体は戦うような鍛え方はしていないからな。其処はどうあっても誤魔化しきれないから、却って俺達が唯の民間人であることをアピールできたのかもしれない。


ちなみに、着衣以外の俺達の持ち物は全て没収されてしまったが、吉田先生のライターは根津が咄嗟に森の中に隠したそうだ。もう見つかることは無いだろうが、アレを見られたら余計な嫌疑を掛けられかねないので、此れで良かったと思う。スマホはとっくにバッテリーが切れているので、この世界の人には恐らく唯の板にしか見えないだろう。


女性の身振りから察するに、俺達は恐らく数日中には釈放されるようだ。だが、仮に俺達がこの部屋から釈放されたとして、その後どうすれば良いのだろう。

この1週間で言葉の壁を嫌と言うほど味わった俺としては、此のまま町だか村だかに放り出されてもまともに生きていける気がしない。

告げるべきことを告げたのであろう彼女達が部屋を去った後、俺達は今後の事を話し合って頭を抱えた。良い案は出なかった。ほんの少し前にガチで死に掛けた俺達にとって、出たとこ勝負をするにはリアルに生活と命が掛かりすぎていた。


翌日。トイレから戻ってきた根津が、小柄な身体でふんぞり返って俺に話しかけてきた。


「ねえねえ才賀君。あたし、あの髭のおっさんに此処で働かせてもらうよう頼んで来たよ。凄いでしょ。」

本当か。確かに凄いぞ。髭のおっさんてあの張飛(仮)さんのことかな。


「でも根津もあの人たちの言葉分からないだろ。どうやって頼んだんだ?」


「ふふん。こんな感じだよ。こうしてこう。」

根津は身体を使って大げさにジェスチャーをして見せた。ううむ。こうして見ると、確かに意味が分からなくもない。相変わらず器用で抜け目ない子だな。


「綾ちゃん凄いね。私にはとても真似できないよ。」

仲間の一人である長野が会話に入ってきた。褒めてるんだか何だか良く分からない言い方ではあるが。

彼女はバレー部で長身の恵まれた体躯にも関わらず、根津の妹分のような立ち位置となっている。大人しい性格ではあるが、俺達と一緒に此処まで来れたのだ。間違いなく根性は座っている。


「まあね~。才賀君ももっと褒めてよ。」

根津は特に気にした様子も無く、更にふんぞり返って俺を見ていた。

俺は一つ気になった事を聞いてみた。


「根津はいいけど、俺達の事も頼んでくれたのか?」


「あ・・・。」

どうやら其処までは考えていなかったらしい。偶然張飛さんを見かけて、咄嗟に自分を売り込んだってところだろうか。


「じゃあ後で監視の人を呼んで、俺達の分も一緒に頼んでみよう。」

俺は頭を切り替えた。確かに出たとこ勝負は怖い。でも、くよくよ考えてるだけじゃ物事は何も解決しない。時にはどんな事でも率先してチャレンジしていくべきだろう。先ほどの根津のジェスチャーは覚えたので、早速俺も活用してみるか。


その後、俺と根津は監視を介して張飛さんと接触。二人で大げさに現在の窮状を訴え、泣き落としまで使った結果、俺達は此処で住み込みで働かせてもらえることが決まった。・・・言葉は分からないが、恐らく決まったと思う。


迫真の演技で泣きながら縋りつく根津と土下座をする俺を見て、張飛さんは困ったような顔をしていた。見た目とは全然違って、優しい人だった。



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