第35話
行商人達への歓迎の宴の翌日。俺は行商人の頭目であるヴァンさんの言葉に甘えて、集落の端に居を構えた彼らの天幕を訪れた。
簡易的な天幕にしては意外と立派な建物である。見た目はモンゴルの天幕のゲルをデカくして外観を派手にしたような感じだ。入り口に立っていた護衛らしき目つきの悪い男と目が合う。ちょっと怖い。
だが俺が話しかけると、男は昨夜のことを覚えていたのか、ヴァンさんに取り次いでくれた。暫く待っていると、男が戻って来て面会の許可はあっさりと下りた。ただし、ヴァンさんは今はちょっと手が離せないとのことで、暫く外で待たされることになった。
俺は外でじっと待つ。ヒマだ。護衛の男は怖いので、俺は近くにいた若い行商人に最寄りの町の事を色々と尋ねてみた・・・が、警戒してるのかあまり色よい回答は得られなかった。商人て好奇心旺盛そうなのにこの塩対応はどうなんだ。不審な俺にあまり余計な事を話さないよう言い含められてるかもしれんな。
そうこうするうちに、入り口からヴァンさんが顔を出して手招きされた。俺は恐る恐る中に入っていく。天幕の中には様々な物資が綺麗に整頓されていた。ヴァンさんの几帳面さが窺い知れる。
「カトゥー。こっちだ。」
俺は個室のような場所へ案内された。
そして、向かい合って床に腰を下ろした。なんだか面接してるような気分だぜ。
行商人との会話は今まで色々シミュレーションしてきたが、実際顔を合わせると頭から吹っ飛んだ。俺は本番には弱くないタイプと思ってたが、面接とかは苦手なようだ。この経験は受験で役に立ちそう・・・てもう無いんだよな。受験。悲しい。
「で、カトゥー。俺に色々と聞きたいことがあるんだろ?教えられる範囲でなら教えてやるよ。その代わり、俺の質問にも答えてもらうからな。」
言ってる内容はちょっと固いが、彼の表情と話しぶりは気さくな感じだ。
聞きたいことか。俺は考える。
俺がこの世界に飛ばされて数年の時が経つが、俺は余りにもこの世界の事について無知だ。そらそうだ。俺達が人っ子一人居ないような僻地で目が覚めて以来、俺はただ生きるのに精一杯であった。独りになってからは、ひたすら孤独に食い物を探し回り、動物と戯れ、罠を作り、野草を食べ、道具や拠点を作ってきた。今じゃもう地球の学校で学んだことも忘却の海に沈みつつある。
この集落に来てから、人との触れあいや言葉を交わすことを思い出した。この集落の人たちは朴訥でとても良い人ばかりで、俺は好きだ。
だが、如何せんこんなド僻地で自給自足してるような連中である。彼らから入手できる情報は余りに偏っていて限定的過ぎた。具体的に言うと、彼らはこの集落近辺の地形や野生動物、野草には滅茶苦茶詳しいのだが、この集落が何処の大陸あるいは島にあるのか、どこの国も所属してるのかすら誰も知らないのだ。
このままこの集落に定住したとして、確かに俺は死ぬまで平穏な暮らしが出来るのかもしれない。だが、日本に帰れる可能性はゼロになるだろう。それに、俺はこの狭い世界で一生を終えるのは嫌だ。
あの状況から生き残れただけで僥倖。身の程知らずな願望。俺はワガママなのかもしれん。
だが、例え短命だとしても、俺はもっと広い世界を知りたい。せっかく異世界に来たんだぜ。そのくらい望んだっていいだろ。
そしてもし叶うのならば・・・故郷に帰りたい。家族にもう一度会いたいんだ。
まっとうな教育を受けて居そうな文明人のヴァンさんと二人で話ができるのは非常に幸運である。可能な限り、この世界に関する情報を引き出しておきたいところだ。今後の自分の行動の指針を定める為にも、この絶好の機会を上手く活用したい。
「ヴァンは 此処の事を よく知ってる?なんで 此処に 来た?」
俺はまず、この集落の事をヴァンさんに聞いてみた。こんな僻地まで行商にやって来るくらいである。集落についても色々と詳しいに違いない。
俺の予想は当たり、ヴァンさんは色々と教えてくれた。ただ、どうやって彼がそんな情報を得たのかは教えてくれなかった。当たり前か。
この集落の住民はどこから来て何故此処に住み着いたんだろうか。
ヴァンさんによれば実はこの集落、元々は森の境の地域を治める国が作った開拓村だったんだそうだ。
ここから荷鳥車で東に半月ほど。深い森を抜けた先にはいくつかの都市国家が群雄割拠しており、1000年以上前からずっと殺し合いを続けているんだと。
うへえ。聞いた時は思わず顔を顰めてしまった。森から出ても全然安全じゃ無さそうだ。
その先には巨大な山脈が聳えている。で、その巨大山脈を越えると人族の大国が存在するのだそうだ。
ちなみに、ヴァンさんはとても話し上手だ。例えば 開拓村 とか 都市国家 とい単語を俺は知らなかったのだが、ヴァンさんは俺がまだ言語が拙いことを察して、それに関することを話すときに、さりげなく意味を噛み砕いた説明を入れてくれたりする。流石行商人の頭目。いや、ヴァンアニキ流石っす。
話が逸れたがこの開拓村。なぜ出来たのかと言うと、切っ掛けは100年ほど前に、都市国家の一つの賢王と呼ばれた有名な王様が、この森にいくつかの開拓村を作ったことだそうな。この辺りの森は、非常に深いにも関わらす恐ろしい魔物があまり居ない。開拓には絶好の土地であった。有能な王が治め、ひたすら殺し合いに明け暮れる歴史の中で訪れたつかの間の平和な時代。文化が花開き、交易は盛んになり、国は富み、まっとうに耕地を広げようという政策が施行された。
だが時が経ち、代替わりした王はこう考えてしまった。
チマチマ森を開墾するより、隣の国の開墾された土地を奪い取ったほうが早いじゃない。
蛮蛮蛮な蛮人らしい思考でグルリとかつて辿ってきた路線に方針転換した結果、開拓村は国から忘れ去られ、放置されることになった。戦争戦争で開拓どころじゃなくなったのだ。しかも、税を取り立てようにも一部の開拓村については、場所が森の奥深すぎて、取り立てするためにかかった経費のほうが集めた税より高くつく有様である。
開拓村側も、こっちはこっちで貴重な男手を何度も戦争に駆り出されるのは真っ平御免なので、次第に国の徴税や徴兵の要請を無視して、勝手に自給自足生活を始めた。
その結果生まれたのが、俺達が今居るような限界集落てわけだ。
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