第34話

今夜は行商人達の歓迎の宴。

俺は急ピッチで宴の準備を進める女衆の手伝いをしている。人数が多い為、俺の時のささやかな食事会と違ってビタの家の中に全員収まるワケもないので、集落の空き地に会場を設営することになった。なんか地球に居た頃のバーベキューみたいで懐かしい気持ちになる。


俺は会場の中心にでかい竈を設置する手助けをした後、良く分からん穀物を挽いて粉にしたものと木の実の粉を水に混ぜ、こねこねしてインドのナンみたいなものを作っている。隣のババアが俺の捏ね方に細かい注意をしまくってきて滅茶苦茶うるさい。

味なんて大して変わらねえよ。


ババアの説教をBGMにひたすらナンもどきをこねこねしていると、遠目にオルグ達集落の男衆と行商人達が談笑しているのが見えた。くうっ 俺も混ざりたい。下っ端の新参者は辛いぜ。

仕事をしつつ、ババアの目を盗んでそっと行商人達を観察してみる。

まず、見たところ全員ちゃんと人間してる。獣人だのウホホッな猿人だのは居ない。粗末な貫頭衣な集落の連中と違って、ガラベイヤだっけ?彼らはアラブ人が着ているようなゆったりとした衣服を着こなしている。ただ、ガラベイヤと違って袖は短めだ。頭には帽子かバンダナみたいな布を巻いている。集落の男衆程ボーボーではないが、どいつもこいつも髭面である。

オルグと談笑してるのが行商人の頭目だろうか?オルグも若いがこっちも頭目にしては見た目若いな。年齢は30前後だろうか。俺は原始生活で鍛えられた目を凝らす。綺麗に整えられた髭に鋭い眼差し。良く見るとあらまあ。かなりのイケメンじゃあなかろうか。

細面ではなく精悍な感じで、今の日本じゃ古い映画とかでしかあまり見かけないタイプだな。

などと寸評していると、隣のババアにグーで頭をぶん殴られた。ぐううう痛ってええ。手は止めてねえだろ糞ババア。俺はババアを睨みつけたが、ババアのド迫力の貌に一瞬で怒りは鎮火。黙々と作業を続けた。



そしてその晩。

巨大竈の周りに2重の車座で座った俺達の前で、オルグが宴の前の口上を述べている。部活の試合後の打ち上げの口上みたいで懐かしい。


「ウィロ・ウルムの者たちが、遠き大地より再び恵みを我らに与えに来てくれた。彼らの意思と、恵みをくれた大地の神、我らと再び引き会わせてくれた運命神に感謝と敬意を捧げる。皆大いに飲み、食べ、饗するが良い。」

細かいニュアンスは違うかもしれんが、おおよそこんな感じの口上の後、オルグと行商人の頭目が酒っぽいものをグイと呷って宴が始まった。



俺は行商人達と話すチャンスを伺っているのだが、2年ものボッチ生活による人見知りと、彼らがずっとオルグ達と談笑しているため、中々話しかける切っ掛けを掴めずにいた。

仕方なくラティとかいう焼いたナンモドキにかぶりついたり、ビタに狩りの自慢話などしていると、オルグが手招きして俺を呼んでいるのが目に入った。うおお察してくれたか。流石集落の長だぜ。

俺はウキウキでオルグの招きに応じた。


「一年くらい前、俺達の一員になった蛮族のカトゥーだ。今は里で一緒に狩りをして生活している。」

俺を招き寄せたオルグが、行商人達に俺を紹介してくれた。なんか妙に引っかかる部分があったのは気のせいか。


「俺 加藤 よろしく。」

俺はそっけなく挨拶した。別に好きでそっけなくしているワケじゃない。まだ仰々しい挨拶が出来る程流暢に話せないのだ。


「俺はニールヴァンド。ヴァンと呼んでくれ。この隊商の長をやってるモンだ。宜しくなカトゥー。」

ヴァンさんは気さくに挨拶してきた。黒髪に茶色の瞳。肌は日焼けか元々なのか褐色肌である。髪や瞳の色は日本人に似てるが、ずっと彫の深い顔立ちだ。眼は少し垂れていて、一見温和そうだが視線は鋭い。ううむ。近くで見るとマジイケメンで精悍。腕も太くて、服の上からでも胸板の厚みが分かる。俺の中にある、小太りでコミカルな商人像とあまりにも懸け離れた見た目に戸惑う。商談してるより砂漠でシャムシールでも振り回している方が似合いそうだ。こんな世界じゃ腕に覚えがないと商人なんてやってられないんだろうか。


「俺 故郷と家族を探す ヴァンと 一緒に行きたい お願い する。」

俺はいきなり直球をぶつけることにした。どの道、海千山千の商人相手にただのガキである俺が駆け引きなど出来ようハズもない。出たとこ勝負である。


「ああ、オルグから話は聞いてるよ。奴隷狩りに捕まってここまで連れて来られたんだってね。」

どうやら粗方オルグから話は聞いたようだ。俺が脚色した話を。


「ふむ、君の顔は砂の民シャヒーンとも東の果てソリズ=オルトスの人々とも違う。凹凸が少なくて平たい。あまり見たことの無い顔立ちだ。」

ヴァンさんは身に覚えのない俺の顔立ちに興味を抱いたようだ。が、


「同行についてはウチの隊で検討しよう。今夜は宴を楽しもうじゃないか。」

おおっと。微妙な云い回し来ちゃったよ。よくよく考えれば、こいつらにとって俺を連れて行くメリットなんて皆無だしな・・。ネット小説の主人公ならここから猛烈な自己に対するプレゼンが始まるんだろうが、唯の中学生だった俺にそんなこと出来るわけねえ。そもそも会話もまだ覚束ないのに。

まあ断られる可能性も考えないではなかった。寂しいけど、ボッチで町を目指す方向も視野に入れておこう・・。


「分かった。ヴァン 後で 沢山話したい 駄目?」

俺は内心の落胆をおくびにも出さず、満面の笑みでヴァンさんに頼み込んだ。


「うむ。いいだろう。そうだな、明日我々の天幕まで来るがいい。」

一瞬、彼の周りの連中が渋い顔をしたが、ヴァンさんは俺に興味を持ったのか、鷹揚に頷いた。やったぜ。いかにも物知りっぽい彼には聞きたいことが山のようにある。

俺は行商人たちの警戒心を少しでも解きほぐす為、いつかのように宴の間はひたすら陽気に彼らに話しかけまくった。

・・・だが最後はかなりウザがられた。でも、警戒心はかなり解けたような気がする。


明日が楽しみだ。


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