脳だけになってしまったお嬢様が自分のことをまだふつうの人間だと思っている話

羽地6号

第1話 お嬢様と冷凍睡眠

※ 文字サイズ (中) 以下でお読み下さい。スマートフォンで見られる場合は、お手数ですがスマホ画面を横回転して横に長くするか、PC用表示に切り替えて頂ければ、崩れることなくご覧頂けると思います。


◎人物紹介

リア:金髪ツンデレちゅんでれ♪ツインテールのお嬢様。脳年齢はアンモナイト級。

クオリ:常時無表情なクール系メイド。ペットはミジンコ (不老不死)。








「クオリ~ アンタ、冷凍睡眠コールド・スリープって詳しい?」


「藪から棒に何ですか、お嬢様。」






=====================================

= 「いやあ、冷凍睡眠って、色んなお話で出てくる定番の技術だけどさ。実 =

= 際はどーなのかしらって」                      =

=                                   =

= 深夜の部屋の中、寝っ転がって読んでいた漫画本を閉じて、寝間着姿のお =

= 嬢様―――リアがベッドの上から声を掛ける。             =

= 寝る時でも、彼女の頭はリボンをつけたツインテールにされている。   =

=                                   =

= 「人並程度の知識ですが…例えばどのような事をお知りになりたいと?」 =

=                                   =

= お嬢様の問いかけにメイドのクオリは、無表情で抑揚無く応える。    =

= 彼女が着るメイド服は、清潔そのもので汚れや染みの一つもない。    =

=                                   =

= 「そうね~……そもそもさ、冷凍睡眠って現実にやられているの?」   =

=                                   =

= うつ伏せになってベッドに横たわっているリアが、足をばたつかせながら =

= クオリに問いかける。                        =

=                                   =

= それを見ながらクオリは一度嘆息して                 =

= 「私の知る限りの話になりますが」と付けおいてから          =

=                                   =

= 「某国や某国の、企業や財団で請け負われているとか。実際に数百人単位 =

= の方々が液体窒素で冷凍処理されているみたいですね」         =

= と、冷凍睡眠の現状について説明した。                =

=                                   =

= 「うわ、ホントにそーゆーの、やっちゃう人、いるのね…」       =

=                                   =

= 「……ただ、それらは『睡眠』というよりは………死んだ体の『保存』の =

= 方が、正しい表現になると思いますが」                =

=                                   =

= クオリが言うところによると、現実に冷凍処理された人々は、生きたまま =

= …意識のあるまま凍りつくわけではない。               =

= 睡眠というとまるで夢見るように眠るような表現だが、実際に適用される =

= 対象は死体である。                         =

= 多くのケースでは高齢者の自然死の後……肉体的にも法的にも、死を迎え =

= た上で『遺体』を凍結処置されることになるのだ。           =

= そして彼らは蘇生される技術が確立される、その日をずっと待ち続けるの =

= だろう。凍てついた棺の中で。                    =

=                                   =

=                                   =

= 「……ねえクオリ、その人達ってちゃんと生き返れるのかな?」     =

=                                   =

= 「そこの所は何とも言えませんが………それにしてもお嬢様」      =

=                                   =

= 「ん? 何?」                           =

=                                   =

= 「何故また急に、そんな事に興味をお持ち……………」         =

= そこまで言いかけてクオリは、ベッドの上のリアの側に散らかっている漫 =

= 画本を視界に捉える。                        =

=                                   =

= 「…………ああ、そういう事ですか。何だか奇遇ですね」        =

= そして、リアが唐突に冷凍睡眠について聞いたのか、その訳を理解した。 =

=                                   =

= 「何よアンタ、そんなジト目で。ってか奇遇って何がよ?」       =

=                                   =

= 「実は今日、特売のニンジンを買い込んだので」            =

=                                   =

= 「は? ニンジン? 何それ? それのどこが奇遇なのよ?」      =

=                                   =

= 「暑い時期ですから、痛む前にと…………先程全て『ピクルス』に仕込み =

= 終えた所でしたから」                        =

=                                   =

= 「ピクル……あ~~~そう」                     =

=                                   =

= リアのベッドの上には、彼女が読んでいた漫画が十冊程散らばっている。 =

= それはシリーズ累計100冊を超えるの…格闘グラップラー漫画である。  =

= 彼女が読んでいたのは丁度新章に入った所で、太古の昔に恐竜と共に塩の =

= 結晶に閉じ込められて『ピクルス』よろしく保存された原始人が、現代に =

= 蘇って暴れ回るという展開が繰り広げられていた。           =

=                                   =

= そこから冷凍睡眠と、その復活が、リアの中で想起されたのだろう。   =

= 漫画で描かれた原始人の姿は、塩漬けというよりまるで氷漬けのようだ。 =

= そして不意に、実際に凍った人間が生き返るなんて事が、現実にあり得る =

= のか気になったのだ。                        =

=                                   =

= 「漫画じゃこのピクルス原人は、生き返ってたけど、実際に冷凍されてい =

= る人たちはどうなのかしらね?」                   =

=                                   =

= 「(そんな事よりも、早く眠って欲しいのですが………)」       =

= クオリの独白に気づかないまま、食い気味のリアが、重ねて冷凍された人 =

= の賦活に問いかける。                        =

=                                   =

= 「まあ現実的に考えてピクルス原人よりは、望みはあると思いますが」  =

=                                   =

= 普通の人間は、塩漬けにされて億年経ったら完璧に死ぬる。       =

= よほどの生命力を宿した規格外の存在、恐竜を凌ぐ超生命体だから漫画の =

= ピクルス原人は蘇ったわけである。                  =

=                                   =

= 「ただ…蘇生される技術が近い未来とは言えないでしょう。数十年か、数 =

= 百年か、まだ先か…当面の間凍りっぱなしでしょうね」         =

=                                   =

= 一応は長い間の冷凍に耐えられるような処置を施されているであろうが、 =

= 蘇生の目途が立っているようなニュースは聞いたことが無い。      =

= 彼らは遠い未来に命を託すしか出来ないのだ。             =

=                                   =

= 「ふーん。でも…ずっと保存しておくなんて、すごいお金かかりそうね」 =

=                                   =

= 人間の冷凍保存には、様々な問題がある。               =

= 法、倫理、宗教的な思想や、冷凍保存される本人と残される家族の意思の =

= 相違といった問題の方が大きい。                   =

= だのに金額を気にするとは、リアはお金持ちのお嬢様の癖に、俗である。 =

= 恐らく彼女の頭の中は、金と欲でいっぱいなのだろう。         =

=                                   =

= 「高額は当然ですが……一応、お安く済ませる方法もありますよ」    =

=                                   =

= 「安く? それってどんな方法よ? クオリ」             =

=                                   =

= 俗なお嬢様が、食いついて問いかける。                =

=                                   =

=                                   =

= 「…体の一部――――要するに、『頭部とうぶだけ』なら半額です」      =

=                                   =

=====================================















【はあ? なにそれ!? ないわー。それはないわー。】


「はあ……。」


【だってそんなの、首、バッサリやられちゃってるのと同じじゃない。殆どもう死んでいるのと変わんなくない?】


【いくら半額だからってさあ、頭だけ冷凍保存してもしょうが無くない? 科学が発達して新しい体が出来る日でも待つの? 出来たらそれくっつけんの? 逆ア〇パンマンみたいに? ホント、ないわー】


「…………………そうですか。」


薄暗い部屋の中、設置されたスピーカーから機械的に合成されたリアの声が響く。

今、の部屋の中にあるのはクオリと脳が入った水槽、それに繋がった様々な機械類とモニターなどだ。

呟くように無表情なまま答えるクオリは、目の前のを見つめている。


この脳は、所謂いわゆるホルマリン漬けなどではない。

生きている。

そう。




―――――――――――。―――――――――――





リアは諸事情により今、脳だけの存在となってしまっている。

そして自分がまだ五体を持つ、ふつうの人間だと、夢見るように騙されている。

水槽に繋がった機械から、自分の生きた肉体が活動しているかのように情報を与えられているのだ。

他ならぬ、クオリによって。


リアは頭部だけ冷凍保存される人々に対して、ないわーないわー言っているが……。

現状、彼女の方がずっと不足している。

例え首だけになっても、顔も目玉も頭蓋骨も残っているだろう。

リアにはそれすら無い。



「それはそうと、お嬢様。そろそろお休みになって下さい。」


クオリが、『リアの世界』の中で、夜更かしをするリアをなだめて眠りにつくよう促す。


「明日は海に遊びに行くのでしょう? 当家のプライベートビーチで、泳ぐのでは無かったのですか?」


今、現実世界の季節は夏の真っただ中である。

そしてそれは『リアの世界』でも同じだ。

彼女の意識の中では夏休みの日々を過ごしている。

現実の時節と、ズレが出来ないように施されているのだ。


仮に、現実の季節が冬。『リアの世界』が夏。

という風に設定されたとしたら。

彼女を訪ねる事のある現実の人物―――――主にリアの主治医になる――――――が、うっかり厚着の防寒着なんか着こんで、リアの前に表れ、


『今日は本当に寒いですね。』

【は? このクソ暑いのにアンタ何言ってんの?】


なんて『リアの世界』と矛盾した会話をしかねない。

それを防ぐためだ。


「早く眠らないと……大変ですよ?」


改めてクオリは、リアに眠るよう催促する。

クオリの言葉に含まれるわずかなあせりに、リアは気づいていない。


【あーはいはい、そのうち、キリのいい所でちゃんと寝るわよ】


嘘だ。

絶対に嘘である。

最早もはやお定まりのパターンだ。

現に、『リアの世界』では未読とおぼしき漫画が、まだ何冊も彼女の側で積まれている。



(困りましたね。)



クオリは部屋の壁に掛かった時計を、物憂げに見つめる。

深夜の3時に、ほど近い。

もう…限界が近い。これはまずい。

ただちに、リアには眠ってもらわないといけないというのに。


もうリアは、クオリの言葉を気にも留めず、中国拳法家が腕をグルグル廻している漫画の続きに夢中のようだ。

そんな彼女に気づかれないよう、クオリは部屋のモニターに映されたリアの脳波をチェックする。

普段はリアからは気取られないように、リアの脳の状態は監視されているのだ。


………残念ながら完全に覚醒している状態であることが、脳波から分かる。

彼女の脳は、『リアの世界』の中で、眠ることなく朝が来るまで漫画を読みふけようとしている。



【それにしても、この原人おっどろいたでしょうね~。ある日目覚めたら想像もつかない世界みらいにいたようなもんでしょ】

何気なく、リアが投げた言葉がスピーカーから響く。


【ちょっとだけど、そうゆうのも楽しそうかもね。】


「楽しそう?……そうなんですか?」


【何もかもが、新鮮な世界ってのも少し面白そうじゃない?】


【冷凍睡眠から目覚めたら、周りが想像もつかない位に発展した未来世界や、サバイバル能力必須な荒廃した世界だったり】


【なんていうか、退屈はしなさそうでさ。 ほら、あたしみたいなお金持ち的には、そういう刺激には飢えてんのよね】


「はあ……刺激、ですか。」


彼女がもし、今の自分の状況――――脳だけとなった現実を知ってしまったら、その衝撃は刺激的すぎるだろうか。

だが……。


―――――それだ。

クオリの中に一計が浮かぶ。



「お嬢様、ちょっとだけですが、冷凍睡眠を体感してみませんか?」


時計の針を見る。

の刻限の、深夜3時までもう間近だ。

そろそろ頃合いか。


【はあ? アンタ何言ってんの? ま、やれるものならやってみればぁ。】


漫画を読みながら、リアは投げやりのていで言葉を放つ。

クオリの発言に対して、もう興味を持っていない。

だが、やっていいというお嬢様の言質げんちはとった。


「では行きますよ…3、2、1…」


言いながらクオリは手を叩く。


「0」


――――――――――――――――プツンッ――――――――――――――――



時計の針が、3時ちょうどを指した瞬間、リアの意識は凍結された。


=====================================

=                                   =

= 「……ん………んぅ……」                      =

=                                   =

= 「おはようございます。お嬢様」                   =

=                                   =

= 「あ~おはよ~~クオリ~~~~………」               =

= ベッドの上に散乱する漫画本の横で、リアが目を覚ます。        =

=                                   =

= 「今日は海に行くんだったわよね~~~~。海~~~~~。水着の用意  =

= お願い~~~~………」                       =

= まだ起きたばかりのぼやけた頭でリアは、クオリに催促する。      =

=                                   =

= 「………お嬢様。海は無理ですね」                  =

=                                   =

= 「何で~~? 雨でも降った~~?」                 =

=                                   =

= 「いえ、雨というか……まあ、御覧下さい」              =

=                                   =

= クオリがカーテンと窓を開ける。                   =

= 朝の光と一緒に部屋の中に冷たい風とふわふわした白い結晶が入り込む。 =

=                                   =

=                                   =

= 外は、一面の銀世界であった。                    =

=                                   =

=                                   =

= 「ええっ!? ナンデ? 雪降ってる? 今、夏休みじゃ…!?」    =

=                                   =

= 「お嬢様がお休みになられてから、おりますから」    =

=                                   =

=                                   =

=====================================


【は!?】


「寝る前に刺激が欲しいと言われましたでしょう。ですから強制的に、ずっとお嬢様には眠って頂きました。」


【はあああああっ!?】


「少しの期間ですが、冷凍睡眠されて目覚めたことに近い体験が出来ましたね。」

飽くまで無表情のまま、クオリがリアに向かって親指を立てる。


クオリの言う通り、あれから半年が経過していた。

リアはあの日、あの刻限には強制的に眠らないといけなかった。


それはのためである。


リアが漫画を読みふけっていた夜は、屋敷の周囲一帯の計画停電の日であったのだ。

そして彼女達が話している間にも、その刻限の午前3時は迫っていた。


停電の間、脳だけになっているリアのために必要な動力は、すぐさま屋敷の予備電源に切り替わる。

これは計画外の、事故による停電でも同じだ。

ただ、予備電源での電力量では、リアの生命維持機能しかまかなえず、意識までは維持できない。

その間、


【あたしを強制睡眠!? どうやってアンタ、そんな事をやったのよ!?】


「催眠術で、お嬢様を無理やり眠らせ続けました。通信講座で空手と一緒に受講してたので、丁度試してみたかったんですよね。」


【主人になんて事してんのよっ!? てか何でそんなもんが通信講座で習えんのよおおおおおおっ!?】



催眠術というのは嘘である。

普段、リアへの電気供給が絶たれる場合は、彼女が眠っている時間に合わさるよう、クオリの手腕によって調整されている。

つまり『リアの世界』でも、彼女が自然に寝入っているだろう刻限と停電時間は合わせてあった。


だが、あの日、リアは漫画を読みふけて意識を保ったままだった。

そこで何の伏線もなしに、意識が途切れてはリアに疑念が――――自分がどういう状態か感づく、種が生じる恐れがある。

クオリには、急にリアの意識が途切れる事に対する説得力のある言い訳が必要だった。

だからあの時、リアの言葉に乗って、騙してしまう事に決めたのだ。


(どうせ嘘をつくなら、いっそ大きくした方が、ばれないというものですし。)


計画停電自体は、夜明けまでのほんの数時間程度だ。

だから、その日のうちにリアを目覚めさせる事も当然可能だったが、半年の間意識を凍結させた。

冷凍睡眠というストーリーに合わせるために、それなりの凍結期間をとるという理由もあったが、どうせならリアが寝てるうちに機械の大規模メンテナンスやら屋敷の大掃除やらペットのミジンコのお世話やらを、こなしておくことにしたのだ。



【ちょっとそれじゃあ海は!? ていうか、あたしの夏休みはあああっ!?】


「お嬢様、今日は雪遊びに致しましょう。防寒着とスコップを用意しますね。」

夏休みから、雪が舞い散る真冬に連れてかれて、驚愕と混乱真っただ中のリアにクオリが提案する。


……そういえば、リアお嬢様の意識を凍結させた時に、ピクルスを仕込んでいた事を思い出した。

すっかり古漬ふるづけになったであろうニンジンのピクルスは、リアの主治医のダボ医者にでもくれてやろう。

何だか、ニンジンとか好きそうな恰好をしているし。

そんな事を考えながらクオリはお嬢様と一緒に雪だるまと、かまくらを造る準備せっていを始めた。




(了)



◎参考url

「未来での蘇生を願う ロシアで冷凍保存され眠る人々 (https://style.nikkei.com/article/DGXMZO28554790V20C18A3000000/)」

「Wikipedia アルコー延命財団 (https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E5%BB%B6%E5%91%BD%E8%B2%A1%E5%9B%A3)」

「CNN 英14歳少女の遺体を冷凍保存、未来の蘇生と治癒に希望託す (https://www.cnn.co.jp/world/35092523.html)」


◎参考 (にしようと思って用意したけど開いて半ページで夢の世界へDIVEした) 資料

「脳と心の科学 意識,睡眠,知能,心と社会 (別冊日経サイエンス)」


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