魔物の森のハードなスローライフ(魔物の森のハイジ 後日談)

カイエ

プロローグ - 『寂しの森』のスローでハードな狩り暮らし

「寂しの森」は、ライヒ侯爵領の首都エイヒムからトナカイ馬車で半日ほどの場所にある。


 エイヒムは大都市だ。そこからこの程度の距離なら多少は栄えていてもいいはずだが、見渡す限りの白樺の森である。

 人の気配など微塵もない。

 理由は、ここが「魔物の領域」だからである。

 

 こんな人外魔境に住んでいる人間はたった三人だけである。すなわち

 

 ライヒの懐刀、『番犬』の二つ名を持つ英雄『魔物の森のハイジ』こと、ハルバルツ・ハイジ・フレードリク。

 この世界に迷い込んだ『はぐれ』の日本人、『黒山羊』の二つ名をもつあたし、リン・スズモリ。

 そして同じくこの世界に迷い込んだ小さな赤ん坊、ハイジ・ノア・ハルバルツだ。

 

 バカみたいに広大で魔物だらけのこの森に、この三人だけが住んでいる。

 その他には誰もいない。

 少し前まではトナカイ馬車の御者が居たが、高齢のため隠居してしまった。

 馬車とトナカイを譲ってもらったので、森小屋に厩舎を増設して飼っている。

 

 あとは魔物だけ。

 もちろんお店も何にも無し。

 魔物の領域ゆえに旅商人が来ることも一切ない。

 不便極まりない。

 

 そんなわけで、森で生活していこうと思えば、できることは何でも自分でやらなければならない。 

 

 森での生活は基本的に自給自足だ。

 しかし、どうしても森では手にはいらないものがある。

 主に野菜類、調味料、穀物、豆類、そして日用品だ。

 あとは贅沢品。例えば卵なども森では手にはいらない。

 だから、月に二度ほどエイヒムに出かけて、必要なものを買い揃えてくるのだ。

 

 ぶっちゃけ面倒くさいから、雪がない季節には家庭菜園でもやろうかと考えている。

 野菜さえ手に入れば、あとは日持ちするものばかりだ。

 うまくすれば月に四日ほどの時間の節約になる。

 なにせ、移動に半日かかるので、街へ行くにはどうしても一泊する必要があるのだ。

 訓練に差し支えるし、正直移動が退屈なのだ。

 

 ――よし、家庭菜園さえ作ってしまえば、森を出る必要はほとんど無くなる。

 

 と思ったら、ハイジが街で料理屋を始めると言い出した。


「マジで?」

「ああ」

「何でまた」

「子供の頃からの夢だったんだ」


 そう言われてしまえば、あたしとしては引き止めるわけにはいかない。

 なにせ、ハイジの人生の大半は戦いに費やされていて、やりたいことをする時間など皆無だったのだ。

 せっかくやる気になっているのだから、パートナーとして全身全霊でお手伝いさせて頂くつもりだ。

 

 と思ったら、ハイジに断られた。


「いや、お前はノアの世話があるだろう」

「……」

「なんなら、街で家を借りるか? 森よりは育て易かろう」

「森にいるわ」


 というわけで、あたしは基本的にお店の手伝いはしないことになった。

 

 なお、子育て(といっても血の繋がりはないので、厳密にはノアはあたしの「同志」だ)はほぼあたしの役割だ。

 というか、ハイジがやる気満々になっていたので止めた。

 

『はぐれ』は体が弱い。

 というか、この世界の人たちが逞しすぎるだけなのだが、比較するとめちゃくちゃ弱い。

 あたしは目的があったからギリギリなんとかハイジに食らいついていけたが、こんな幼子をハイジに任せたら殺しかねない――いや、実際のところ、子供好きで弱者の守護神でもあるハイジのことだ、大丈夫ではあるのだろう。

 でも、ノアは小さいのだ。

 そしてめちゃくちゃ可愛い。

 ハイジに任せてマッチョに肥大化させられるのは避けたいのだ。

 

 というわけで、手伝いが必要なときはあたしから依頼するからそれ以外ではむやみに手を出すなと厳命した。

 

 ハイジはしょんぼりした。

 あたしも店を手伝うなと言われてしょんぼりしたのだから、お互い様だと言いたい。

 

 そんなわけで、戦う必要も減り、あたしはようやく森での悠々自適な狩り暮らしを満喫することとなった。


『寂しの森』での自給自足のスローでハードな狩り暮らし。


 さて、今日は何をしようかな?



 =====



『魔物の森のハイジ』を書き終えてしばらく経ちました。


 あんなに暗くて、寒くて、痛い話であるにも関わらず、未だにポツポツと感想をいただけたりします。

 とてもありがたいです。


 読者さんはどこを喜んでくれているのだろうかと調べてみると、森での生活の話が一番人気があるようです。

 燻製作りの話は特にたくさん評価を頂きました。

 筆者としても森での生活を書くのは楽しいです。


 ぼくは料理と掃除が趣味です。

 何でも自分でやりたい方で、燻製や調味料を手作りしたり、休みの日には腕まくりして家中を片付けて回ったりします。

 ミシンを使ったり、革細工を作ったりなど、あえて面倒くさいやり方を選ぶくらいには、日常を愛しています。

 普段は仕事に忙殺されているので「ただ生きるだけのための行為」に惹かれるのかもしれません。

 

 この楽しみを文章にしておけば、読者さんも楽しんでくれるかもしれない。

 というわけで、戦いも終わったことですし、ハイジとリンにはもう少し森での狩り暮らしを楽しんでもらうことにしました。


 地味な短編集になりそうですが、よろしければお付き合いください。

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