少納言さんはオーネスト 8
「もうじき時間ですね」
「未来の世界も楽しかったわ。また来るわね。式部ちゃんと」
「はい」
「一人で行ってよ」
「ああん。つれないのは相変わらずね」
「少納言さんちょっと酒飲んでます?」
「さあ……うふふ」
「はいはい。帰るわよ」
式部さんは相変わらず呆れたように少納言さんの衣装の裾を引っ張った。
「その前に、君に一つ」
そう言った少納言さんは、懐から紙を取り出して、机の上のペンをとった。今度から筆とすずりを用意しておいたほうが良いかもしれない。
少納言さんは一転、真剣な表情になってゆるりと文字を刻んだ。
内に清かな月の光、外に蛙の声の響き。沈黙すれば、今でも世界は自然を感じられる。きっと当時と同じように。
「うん」
少納言は嬉しそうに微笑を浮かべた。式部さんがそれを見る。
「ふうん。いい歌じゃない」
「でしょ。やっと式部ちゃんに褒められた」
「うざ」
「流石に傷つく」
「またね
「はい。また」
「お土産はー」
「え、今言います? それ」
「そう言う余計なことばっかり言ってるからあんたはね……」
式部さんの声が遠ざかっていく。二人の姿が月の影に消えていく。最期まで騒がしく、変な人たちだった。もう半年くらいは来なくていいかな。
少納言さんが残した手紙を開く。そこには崩し字で何かが書いてあった。しかたなく父の書斎から辞典を取り出し、解読するとようやく意味が取れた。
「とこしえの夜闇のなかになつかしきひなたのごとき光をぞ見む」
即興で思いついた歌だったらしく、どこにも情報は載っていなかった。訳をしても全く意味がわからない。
永遠の闇の中で、なつかしいひなたのような光を見よう。……見よう?
見たとか、見るとか、見たいじゃなくて?
「……でも、式部さんは、いい歌って言ってたな」
人間の性だろうか。意味をつかみかねるものの正体を知りたくなってしまうのは。
またはやく訪ねて来てはくれないだろうか。そう思いつつ、僕は手紙を引き出しにしまった。
少納言さんはオーネスト 完
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