第50話・てめえらぬかるなよ!

ヴィナールを船底に留め置いている状態で、ヴァハグンはサイガにイディア公国側の将軍と交渉させていた。このまま地上にあがって暴れても良かったが、サイガからクルズの祖父がこの国の商人だったと聞き、国を巻き込むのは止めたのだ。

 危険思考の持ち主ヴァハグンは、愛娘のヴィヴィがアイギスに婚約解消されたと聞き、公子憎けりゃ公国まで憎い状態だったが、懐に入った者には甘い一面もあるため、根こそぎ壊滅は諦めた。その代り海上での対決を求めたのだ。


 イディア公国としては、新大公に代わったばかりなので、壊滅を逃れられて幸運だったといっても良いだろう。

 相手としては金品や物の要求があると思っていたらしく、海上でケリを付けようと言いだした宵闇の海賊側にそこに何かあるのでは? と、逆に不信感を募らせたようだ。


 なかなかウンと言わないので、痺れを切らして砲弾をもう一発宮殿に向かって放つと、その頃に慌てて宮殿からの使者が現れて将軍に何事か呟いたことでようやく、相手も了承した。


「てめぇら、海上戦だ。ぬかるなよ!」

「おお──っ」


 ヴァハグンの熱い意気込みと、それに応える仲間の活気ある声が船底にも伝わってきた。様子を知らないヴィナールは、これから何が始めるのかと不安になっていた。


「本当に大丈夫でしょうね? クルズ?」

「まあ、恐らく。大丈夫でしょう?」

「その疑問符なに?」


 クルズは苦笑いするしかなかった。ヴィナールがもしも、宵闇の海賊が復活しただなんて聞いたら発狂ものだろう。自分が預かる兵であの糞親父、何をやらかしてくれているんだと激怒するのは間違いない。

 そうなると真っ先にとばっちりを食らうのは自分だ。危うきものには近づかずが一番と、ヴィナールから距離を取ろうとしたら、船が大きく傾いた。


「ワ──ッ」

「行くぜ! 行くぜ!」

「突っ込め──ッ」


 頭上から怒声が聞こえてくる。時折、砲弾が行き交う音までしてくる。その度に船が傾き、ヴィナールとクルズは身近にあった柱にしがみつく。コロコロと床の上を転がっていたモコは、ヴィナールが抱き止めた。


「ごめんね。モコ。怖い? わたしがついているからね」


 モコは珍しく弾んでいなかった。ヴィナールの腕の中で大人しく身を縮めている。

 轟音と揺れに振り回されて、何が起きているのか様子が全く分からない状態のヴィナールは、ただこの騒ぎが落ち着くことを祈ることしか出来なかった。


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