第2話・婚約破棄されました!
ヴィナールとアイギス公子は同い年。アイギス公子は父親譲りの端正な顔立ちに、黒髪に黒水晶のような瞳を持つ血気盛んな少年で、初対面から二人はすぐに気があった。別れ際は泣き出すほどお互いが気に入っていた。
それから彼とは、気軽に会える距離でもなかったので、文通をして仲を深めてきていた。そのことは父親のヴァハグンも知っていた。
「なぜそのようなことに?」
「アイギス公子がそれを望んだからです。名ばかりの許婚よりも、愛した女性と一生を共にしたいと大公様にも話したようで……」
「名ばかりだと? あんなにも親しくしていたではないか。そりゃあ、毎日、会える距離でもなかったが手紙のやり取りはしていただろう?」
納得がいかないと憤慨するヴァハグンに、ヴィナールは渋面を作った。この父親にはハッキリ言った方が伝わるのかも知れない。
「てっとり早く言えばコブリナに寝取られました。それで納得頂けますか?」
「はああ? 尚更、意味が分からないぞ」
ヴィナールも「わたしもそうよ」と、言いたくなった。あんな女に敬称すらつけるのも勿体ない。
あれは3年前のこと。ヴィナールの社交界デビューに向けて、許婚であるアイギスはこの屋敷に滞在していた。それまで二人の仲は良かったのだ。そこへ突如、先帝の寵妃の忘れ形見コブリナ皇女が姿を見せるまでは。
コブリナ皇女はヴィナールより5つ年上。
亜麻色の髪に灰色の瞳をした儚げな容姿で、何より異性の心を掴むのが上手かった。そのせいで20歳にもなるのに許婚の一人もいないのは、常に不特定多数の男性達を周囲に侍らせていて、その中の誰かを選ぶ様子を見せなかったからだ。
その彼女が先触れもなく、ぷらりと屋敷を訪れた時には屋敷の者を始め、ヴィナールも戸惑った。招かざる客ではあるが相手は皇女。無碍に断ることも出来ずに来訪を許してしまった。
今となっては後悔している。皇女の狙いはアイギス公子だと分かっていたなら、絶対に引き合わせなかったものを。
社交界デビューの日なんて思い出したくもない。朝早くからソワソワして着飾って待っていても、一向に迎えに来ない許婚。気になって彼の元へ遣いを出したら、使用人が青ざめて帰ってきた。もうすでに彼は出発したと言う。取り残された形となって、慌てて後を追って会場入りしたら、コブリナ皇女をエスコートするアイギス公子を見つけた。
公子は大勢の貴族達の前で、皇帝にヴィナールとの婚約解消を求め、新たな婚約者としてコブリナを求めた。衝撃が大きすぎてそれからのことはあまりよく覚えていない。
気がつけばイディア公国と、ハヤスタン帝国の間で二人の婚約はなかったことにされていた。アイギス公子とコブリナ皇女は婚約し、数ヶ月後には公国で二人の結婚式が行われたと聞く。
「何てことだ……」
ヴァハグンは何も知らなかったようだ。浮世離れしたところがある父だけに責める訳にもいかないが、娘が婚約破棄をされたと聞いて平気でいられるほど、無関心でも無かったらしい。
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