隠された神の子
アルテミス
第1話 少女は走り出した
「セレン、火蛙を4匹お願いできるかな」
「はい」
セレーネは自身の膝丈程あるバケツに水を汲み、えいさほいさとそのままドアを開けようとした。…のだが、ソフィアの手によって突如視界が遮られる。
「セレン、何か忘れてないかい」
慌ててズボンのポッケからクシャクシャに丸めた帽子を取り出して深く被る。
どこに閉まってるんだいと笑いながら、ソフィアは優しくセレーネの頭を撫でた。緩く縛られた黒髪がサラリと揺れ、優しげな目元が更に垂れ下がる。セレーネは彼のそんな笑顔が好きだった。
「いいかい、外では絶対「話しちゃダメ」
ですよね?と小首を傾げるとソフィアは満足げに頷いた。
そもそもこの小屋も、これから火蛙を捕まえに行く洞窟も人里離れた森の中なのでそんな心配はいらないのだが…
「いってきます」
ぽつりと呟き扉を開けると、銀の髪は栗色へ、金の瞳は空色へと変わった。ソフィア曰くセレーネの髪と瞳はこの国では非常に珍しく、こうして容貌を変えることで安全を確保しているのだという。
ソフィアの笑顔に見送られながら、セレーネは久々の遠出(と言っても小屋から15分程歩けば着く距離なのだが)に胸を躍らせた。
◆ ◆ ◆
「ふう。」
洞窟に到着したセレーネはバケツを下ろし、額の汗を拭った。
季節はまだ春だったが、普段あまり外出を許可してもらえないセレーネにとっては中々の重労働だった。現に今も15分程歩いただけとは思えないほど息があがっている。
それでも窓枠で縁取られていない森の景色は彼女の目には新鮮に映り、外の世界への憧れはより強いものになった。
(今日、火蛙をちゃんと持って帰ってソフィアに一人で外に出ても大丈夫だと伝えよう。そしたらきっと今よりは外に出られる)
セレーネはそんな希望を胸に抱いた。外の世界をもっと見たいというのも本心だったが、齢12になる少女にしては自分があまりにも非力だということを自覚していた。
つい最近ソフィアの作る薬を買いに来た客が、自分より年下の少女と一つ山を超えてきたと話しているのを聞いて愕然とした。その時ショックを感じると同時に、自分にもっと体力があればソフィアの仕事を手伝えるのだと気付いた。
捨て子だった自分を拾い、これまで惜しみなく愛情を注いでくれた彼に自分が返せるものといえば仕事の手伝いや家事をすることぐらいで。
ソフィアのように魔術が使えれば手伝いの幅も広がるのだが、セレーネはこの国の民には珍しく魔力が全くないという。そしてそのことが余計に彼を過保護にしているのだと思うと、たびたび彼に申し訳なくなるのだった。
だからこそ数少ない説得のチャンスを逃す訳にはいかない。セレーネは改めて気持ちを固めて洞窟を見据えた。
一息ついたセレーネは洞窟の奥へとゆっくり進む。ヒヤリとした冷気に汗が引いていくのを感じながら進んでいくと、奥の方に小さい灯りを3つ見つけた。
火蛙の背で燃えている炎だろうと確信し、息を殺して近づく。火蛙の輪郭がはっきりと見える距離まで近づくと、バケツの水を一気にかけた。
背中の炎を失った蛙達は暫く動いていた。が、間もなくその命の灯火も消えていった。
セレーネは蛙達に手を合わせ、そっと籠に入れた。そして残りの1匹を探そうと立ち上がった。その時、洞窟の入り口辺りが騒がしくなった。驚いて声が漏れそうになったのを咄嗟に手で抑える。
「くそっ、あいつら卑怯なマネしやがって」
「うう・・・足が・・・・・・足が・・・」
「もう身体が持たない・・・ここで終わりか」
逆光で正確な人数はわからないが、ざっと15人程の男達が洞窟に入ってくるシルエットが見えた。彼らは皆一様に怪我をしているようだ。洞窟に血の匂いが充満し始めている。
幸い奥側にいたセレーネに彼らは気づいていないようだが、完全に出るタイミングを失ったセレーネは途方に暮れた。
出口まで一気に走って逃げてしまおうか・・・いやしかし火蛙があと1匹足りない・・・そんなことを考えていると、一人の青年が激しく咳き込んだ。その手にはべったりと血がついている。周りを囲む男達が悲痛な声をあげた。
「そんな・・・・・・死ぬな・・・!」
少女は走り出した。
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