第44話 桜を見に行こう その4


 深雪の隣に弥生と菜々美が座り、いつの間にか三人で酒盛りが始まっていた。


「深雪さんって本当にお強いですね、お酒」


「いやいや菜々美くん、君もなかなかいける口だね」


「よく父に付き合わされてましたので」


「ほほう、やはり……こんな所に同志がいたとは」


「弥生さんも?」


「はいであります。私めも父に鍛えられた口で」


「私は日本酒のほうが好きなんです。今日もちょっとだけ持ってきたんですよ」


「おおっ、これはまた上物を」


「私にももらえるかい」


「どうぞ。これ、田舎の地酒なんですよ。お母さんがお正月に送ってくれた物なんです」


「娘に日本酒のお年玉とは、いいお母さんを持ったね」


「そ、そうでしょうか」


「そうですとも菜々美殿。まあ、かく言う私の親もそんな感じで、正月にはいつも地酒と共に手紙が入ってる訳ですが。『彼氏できたか』と」


「私もですよ」


「あれは辛い年賀状です」


「弥生さん、20歳でそれでしょ。私なんかどうするんですか。『今年こそ孫の顔を見れるのでしょうか(涙)』なんて年賀状きたら」


「君たちは、少年抜きでも十分面白いな」


「深雪さん、なんでそこで笑うんですか、ひどいですよ」


「いやぁすまない。君たちがあんまり可愛いもんでね」


「可愛いって深雪さん、私とそんなに年変わらないじゃないですか」


「そうなんだけどね、でも菜々美くん、君は若いよ。年をあと4つ5つ下げて申告しても、きっと大丈夫だ」


「それって褒められてます?」


「勿論」


「ならいいです」


 そう言って、菜々美も笑って日本酒を飲む。


「ささっ、深雪殿もどんどん飲んでください。今宵は飲み明かしましょうぞ」


「すまんね、弥生くん」




 悠人は胃袋の限界に挑戦していた。三人が寝ずに作ってくれた料理を残す訳にはいかないと、休むことなく料理を口に運んでいく。小鳥が時々悠人を気遣い、お茶を入れて、


「小鳥の料理、残してもいいからね」


 そう言った。しかし、


「そんな訳にはいかんよ」


 そう言って笑いながら、小鳥の料理にも箸をつけていった。




「ふぅっ……」


 無事料理をたいらげた悠人が、煙草に火をつけ白い息を吐く。


「悠兄ちゃん、ほんとに食べたね」


「ああ、これでしばらく、飯なしでも生きていけそうだ」


 向こうでは酔いがまわってきた三人が、弥生の持ってきたカラオケマイクを手に歌を歌っていた。


「盛り上がってるね」


「だな」


 悠人が立ち上がり、海に向かって歩く。見下ろした先にある景色は絶景だった。


「静かだね、悠兄ちゃん」


「だな。こういう所に来たら、忙しい毎日が嘘みたいに思うよ」


「でも、それも楽しいけどね」


「ははっ、小鳥も大人になったな」


「遊兎、腹は大丈夫か」


「ああ、流石に限界だけど、あとこれを入れるだけのスペースはあけてあるよ」


 と言って悠人が、沙耶からもらったバナナを出した。


「遠足一番の楽しみ。おやつの時間だ」


 バナナを頬張る悠人に驚いた沙耶だったが、やがて照れくさそうに笑った。


「全く……貴様と言うやつは……」


「悠兄ちゃんって、ほんと優しいよね」


「うむ……そこが私の所有者魂をくすぐるのだ」


 そう言って、二人は悠人の両腕にしがみついた。


「こらこらそこのお子ちゃま二人、未成年が何をしてるのですか全く」


 後ろから大音量で声が聞こえる。振り返るとそこに、いい感じに酔いがまわっている弥生と菜々美が立っていた。深雪は桜の下で、こちらを見ながら画用紙に5人の姿を描いている。


「悠人さんもいかがですか、一曲」


「ええっ?俺?」


「私も久しぶりに聞きたいです、悠人さんの歌」


「小鳥も聞いて見たいな。悠兄ちゃんの歌、初めてだよ」


「そういや、小鳥とはカラオケ行ったことなかったな」


「ささっ、悠人さん。この歌でよろしいですね」


 弥生が歌を入力して見せた。


「ははっ……弥生ちゃん」


「悠人さんと言えばやはりこれです。カラオケでは必ず歌ってくれますから」




 イントロが流れ始めた。優しいメロディ。村下孝蔵の「初恋」だった。

 学生時代、校庭で初恋の相手を物陰からそっと見つめる。告白することも出来ず、甘酸っぱい気持ちを抱えながら過ごした青春の日々。そんな歌詞の歌だった。

 懐かしさを感じるフォークのメロディと歌詞が、風に舞う花びらと共に優しく辺りを包み込んだ。

 歌い終わった後も、しばらく誰も口を開かなかった。小鳥は目をつむりたたずんでいる。沙耶は両手を胸に、弥生と菜々美は悠人の顔をみつめている。




 パチパチと、向こうから深雪の拍手が聞こえた。


「少年、いい歌を歌うね」


「いやいや、ははっ」


 悠人が照れくさそうに頭をかいた。


「悠兄ちゃん、かっこいい」


「うむ。今の遊兎は、大人の魅力満載だったぞ」


「やっぱり悠人さんに、この歌はしっくりきます」


「悠人さん、いつ聞いてもいいですこの歌。私はこの人を知らないけど、悠人さんが歌うこの人の歌は大好きです」


「俺の青春時代でもないんだけどね。何のきっかけだったか忘れたけど、この歌を聴いてはまっちゃって」


「ちなみに悠人さんはこの人のアルバム、全部持ってます。キラッ」


「お母さんが言ってた通りだったよ。悠兄ちゃんのこの歌、最高だね」


「小鳥も気に入ったか。じゃあ今度、うちでCD聞いて見るか」


「うん!」


「ここの平均年齢は低いはずなのに、こんな懐かしい歌がしっくり来るとは思わなかったよ、少年」


「深雪さんも知ってましたか」


「ああ、彼の歌をよく歌う男がいるのでね」


「ははっ」


「でわでわ皆さん宴もたけなわ、この大、大、花見大会の締めはやはり、この歌にしようと思います!ミュージックスタート!」




魔法天使マジックエンジェルイヴ!」




 マイクを悠人に渡し、弥生たち4人が手をつなぎあって歌い出す。悠人も一緒に歌う。

 深雪はこの歌を知らなかったが、耳に聞こえる「希望」「諦めない」「くじけない」「仲間」と言ったフレーズ、そして5人の楽しそうに歌う姿に表情はほころび、彼らを描くその手が軽やかに動いていった。




 夕焼けに染まり出した春の空の下、5人の歌声が楽しそうにこだましていた。

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