第25話 初めてのデート その1


 朝。何かがまとわりついているような違和感を感じ、悠人が目覚めた。


「げっ……」


 ネグリジェ姿の沙耶がまたしても布団に潜り込み、悠人にしがみついていた。


「また……お前か……」


 沙耶を起こそうと体を向けると、胸元に視線がいった。ネグリジェがはだけ、その隙間から沙耶の微乳が目に入った。


「お、おい沙耶、起きろ沙耶」


 真っ赤になった悠人が、慌てて沙耶の肩をゆする。


「う……うーん……」


「ひっ……さ……沙耶……おい、沙耶……」


 沙耶の甘い匂いが悠人を更に動揺させる。小さな唇が悠人の耳元へと進んでいく。


「ゆう……と……」


 耳元でささやかれる沙耶の声。顔には沙耶の金髪が、そして足には沙耶の細い足がからみつく。




 ガンガンガンッ!




 突然頭の上に、金属音が鳴り響いた。慌てて見上げると、小鳥がフライパンとおたまを持って立っていた。


「悠兄ちゃん、おはよう」


 小鳥が、意地悪そうにニンマリと笑う。


「いや……これはその……違うんだ小鳥」


「最高のお目覚めだね、悠兄ちゃん」


「お前なあ……この状況でそう言うか。大体知ってたんなら助けてくれたって」


「だってサーヤ、今日引越しだからね。最後の夜だし、悠兄ちゃんを貸してあげたの」


「貸してってお前……それは自分の持ち物だって前提だろうが!」


「ほらサーヤ、そろそろ起きないと引越し始まっちゃうよ」


 小鳥の声に、沙耶が目を覚ました。


「ん……」


「おはようサーヤ。よく眠れた?」


「おはようございます、小鳥……あ、ああそうか、昨日は遊兎を借りていたのだったな……おかげでよく眠れたぞ」


 沙耶が悠人の耳元に唇を近づけたまま、そう言った。


「さ……沙耶……頼むから体……体……」


 悠人が哀願する。その声に沙耶がはっとした。そして意地悪そうな笑みを浮かべ、


「はむっ……」


 悠人の耳を甘噛みした。


「おはようございます、遊兎」


「ひゃああああああああっ!」





「でもサーヤって、朝の挨拶だけはきちんとするよね」


「母上に躾けられてきたことだからな」


「実はサーヤって、すっごく礼儀正しい子なんじゃないの?」


「礼儀作法は問題ないぞ、上流階級の娘だからな。ただし下々の者たちと、そのような物腰では共に過ごすことは叶わないと知っておるからな、くだけた口調で話しておるのだ」


「沙耶、お前ベクトルが色々ずれてるぞ」


 その時インターホンがなり、弥生が入ってきた。


「悠人さん小鳥さん、おはようございますです、ビシッ!」


「いやだから、その擬音を口にしなくていいと何度言えば」


「川嶋弥生、今日は親友、北條沙耶殿のため、労働に汗する所存であります!」


「おおかた私を、ここから一分でも早く追い出したいと言う魂胆なのであろう。この叩き売りのばら肉が」


「よくお分かりで。朝のミルクは飲んだのかしら幼女姫」


「……朝っぱらから毒全開だな、二人とも」


「でも、この掛け合いが聞けなくなるのは、ちょっと寂しいよね」


「遊兎も寂しいのか?なんならずっと、ここにいてやってもよいのだぞ。お前が我が家に居候してもよい。何しろお前は私の所有物なのだからな」


「所有物……」


「サーヤ、小鳥の大事な旦那様、勝手に所有物にしないでよね」


 その時沙耶の携帯がなった。


「私だ……うむ、北條だ……分かった、すぐに行く」


 電話を切り、立ち上がる。


「では遊兎、小鳥。世話になったな」


「分かった、じゃあまず荷物を一階に運ぶか」


「いや、玄関先まででいいぞ」


「遠慮なんかするな、お前らしくない。荷物を車に乗っけたら、俺たちも後からついていってやるから」


「そうだよ、一緒に部屋の片付けしようよ」


「うむ、それは頼みたいのだが……まあいい、ではいくか」




 4人が玄関を出た。すると廊下に、引越し業者が数名立っていた。


「北條だ」


 そう言って沙耶がポケットから鍵を出した。


「え?」


 悠人たちが見守る中、沙耶はそのまま隣の部屋の鍵を開けた。


「では頼むぞ」


「はいっ」


 業者たちが隣の部屋に荷物を運び出す。


「ええええええええっ?」


「待て待て待て待て、なんでお前が隣の鍵を持ってるんだ」


「ん?ここが私の家なのだが」


「なっ……」


「サーヤの買った家ってここなの!」


「そうだ。不動産屋で適当に探したのだが、『たまたま』ここになったものでな」


「んな訳ないでしょーがっ!」


 弥生が金切り声で叫ぶ。


「あんた、最初からここに住むつもりだったんでしょーがっ!」


「ん?何やら今日は肉々しいばかりの声がよくするな。私の記憶違いなら謝るが、今日は2月9日肉の日だったか」


「むっきいいいいいっ!」


「なんてオチだよ全く……」


「まあそいうことだ。遊兎、それに小鳥よ。あらためて今日からよろしく頼むぞ。仲良くしてくれ」


 そう言って沙耶が、照れながらにっこり笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る