第4話 小鳥と始まる日常 その2
悠人の耳にあの歌が聞こえる。
まどろみの中、その優しい歌声に悠人がゆっくりと目覚めた。
「小百合……」
歌声の主は、小百合の一人娘の小鳥。
(小百合そっくりだな……)
小鳥は台所で朝食の準備をしていた。
そういえば昨日から、小鳥が家に来てるんだったな……そのせいか、あんな昔の夢を見たのは……悠人の頭が徐々に覚醒してくる。
ゆっくりと起き上がり、机に置いてあるたばこ煙草に手をやり、火をつけた。その気配に気付いた小鳥が勢いよく部屋に入ってきて、悠人に抱きついた。
「おはよー、悠兄ちゃん」
「わたったったっ……待て待て小鳥、火っ、火っ……」
「だめだよ悠兄ちゃん、寝起きにいきなり煙草吸ったりしたら。寝起きにはまず水分摂らないと。癌になる確率が思いっきり上がるんだから」
どこでそんな知識を仕入れてるんだか……大体癌のことを言い出したら、煙草そのものが駄目だろうに……そう思いながら悠人は煙草をもみ消した。
「あーっ、そうだった!」
いきなり小鳥が大声をあげた。
「なんだどうした」
「悠兄ちゃん、なんで隣の部屋に移ってたのよ。朝起きて隣に悠兄ちゃんがいなかったから、寂しくて泣きそうになったんだから。朝から半泣きで探し回って、最っ低ーな目覚めだったんだからね、プンプン」
「……プンプンって擬音を口にするやつ、初めて見たぞ……まぁあれだ、小鳥。寂しいかもしれないけど、同じ屋根の下なんだから我慢しないと。いくら小鳥でも、流石に18の娘と一緒には寝れんよ」
「結婚するんだから問題ないでしょ。それに年も18なんだから、条令もクリアしてるし」
「条令ってお前、何の話を……この話は長くなりそうだな。朝ごはん作ってくれたんだよな、食べようか」
話をかわされた小鳥は少し不満気な表情を浮かべたが、
「だね、まずは食べよっか」
そう言って立ち上がった。
顔を洗い、歯を磨いてイスに座る。小鳥が手を合わせているので悠人もそれにならった。
「いっただっきまーす」
なんで朝からこんなに元気なんだ。こんなところまで母親ゆずりなのか……苦笑しながら悠人が食パンを口にする。
「そうだ悠兄ちゃん。悠兄ちゃんには朝から言うことてんこ盛りだよ」
「なんだ、何でも言ってみろ」
「いばってもダメ。悠兄ちゃん、冷蔵庫の中に物なさすぎ。コーラとお茶だけってどう言うこと?冷凍室は氷の山と食パンだけだし、いったいどんな生活してるの。それにこれ」
そう言って小鳥が立ち上がり、流し台の下を開けた。
「インスタントラーメンの山、山、山!健康管理する気、全然ないでしょ」
「ま……俺の食生活はいいじゃないか」
「いい訳ないから言ってるの。全く……こんなんじゃ成人病まっしぐらだよ」
「昨日も言っただろ、俺は腹が膨らめばなんでもいいんだよ」
「格好つけても説得力ゼロだからね……まあいいよ、小鳥がこれから、悠兄ちゃんの食生活を徹底的に管理するから」
「お手柔らかにな。それで小鳥、小百合……母さんは今、どんな仕事してるんだ?」
「お母さんは旅館で仲居さんやってるんだ。そしてね、宴会になったらステージで歌ってるんだよ。街のアイドルなんだから」
「アイドルって……でもまぁ、小百合らしいな」
「求婚してきたお客さんは数知れず」
「ははっ……で小鳥、お前これからしばらく、ここでどうやって生活するつもりなんだ?とりあえず明日も休みだから一緒にいれるけど……まあ大学が始まったら多少は忙しくもなるんだろうけど、それまでずっと家でごろごろしてる訳にもいかないだろ」
「へへーん、実はもう、仕事みつけたんだ」
「仕事?」
「うん。コンビニのバイト。さっき行ったコンビニで採用してもらったんだ。あの店のおばさん、すっごく感じのいい人だよね」
「早っ……おばさんってことは、あのコンビニか……まぁ確かに、あのおばちゃんなら即決しかねんな……」
「うん。悠兄ちゃんの未来の嫁ですって言ったらびっくりしてたよ」
「お前なぁ……そうやって外堀を埋めていくんじゃないよ」
「悠兄ちゃんのこともよく知ってるみたいだったし、悠兄ちゃんのこと大好きって感じだったよ」
「まぁ付き合い長いからな……でも結構暇だぞ、あの店」
「そうなの?じゃあ頑張りがいがありそうだね。あさってからだから、今のうちに作戦練っておくよ。にしても……本当に何もないキッチンだよね。ねえ悠兄ちゃん、今日お買い物一緒に付き合ってくれる?色々揃えたいから」
「ああ。じゃあ飯食ったら一緒に行くか」
「うん!」
「買いすぎじゃないのか。こんなに持って帰れないぞ」
まず食材を調達しにスーパーに来た悠人だったが、小鳥の容赦ない買い物っぷりに思わず声をあげた。米に肉、魚に野菜に調味料。二人並んで押すカートの中は食材で埋まっていた。
「……ああ小鳥、いいよ出さなくても。俺が払うから」
「いいよ、これは小鳥が払うから」
「そんな所で遠慮しなくていいよ。俺は飯なんて作れないし、お前が作ってくれるんだから食費ぐらい出すよ」
「違うよ悠兄ちゃん。小鳥は悠兄ちゃんに小鳥の料理を食べて欲しいんだよ。悠兄ちゃんに食べてもらうために、頑張って料理の勉強してきたんだから」
「……そっか、じゃあ折半な。それを家賃ってことにしよう」
「うん!」
レジに並びながら財布を出そうと、小鳥がリュックの中を探している時、リュックについている古い小さなピンバッチに悠人が気付いた。見覚えがあった。
「小鳥、それって……」
それは小鳥が5歳の時に悠人があげた、悠人手作りの天使のピンバッチだった。
「お前、そんな物まだ持ってたのか」
「そんな物とはひどいなぁ……これは小鳥のお守りなんだから。嫌なことがあったり辛い時にね、いつもこの天使にお祈りしてたんだ。この子を見てたらいつも、悠兄ちゃんが傍にいてくれてるような気持ちになってたんだから」
「そっか……まぁ何て言うか……ちょっと照れくさ…………ん?」
天使の横についている、もうひとつのピンバッチに悠人の目が鈍く光った。
「小鳥……それはそれとして……なんだその、横についてるやつは……」
「あっ、これ?」
その瞬間、小鳥の目がキラキラと輝いた。
「いいでしょこれ!レア物なんだよ。
その一部の人種にありがちな瞳の輝きに、悠人が動揺した。
まさかお前……
「1期の限定ブルーレイボックスの特典。2期、悠兄ちゃんも当然見てるよね」
「そうかお前も……そっち側の人間になってたのか……」
「何よそっち側って。あっそうだ、こっちってジェルイヴは何曜日?」
「ジェルイヴは今日だ」
「じゃあ明日、一緒見ようね。楽しみだなぁ、ジェルイヴを悠兄ちゃんと見るの」
「小百合……お前、小鳥を育てる過程のどこかでボタン、掛け違えたんだな……」
悠人が遠い目をして笑った。
その後コップや茶碗等々、日用雑貨を購入。小鳥は悠人の分もお揃いで購入した。
「おっそろのコップ♪おっそろの茶碗♪おっそろのお箸♪」
小鳥は上機嫌だった。
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