ライアー~嘘つきでも人助けします~

ハル

第1話

 はあ、はあ、はあ

 ドス、ドス、ドス


 暗い獣道の中、息を乱し走っていた。それに合わせたかのように地響きに近い音が迫り来ていた。

 もう、後ろを見なくてもあれが、オオトカゲのサラマンダーに追われていることになど分かっていた。

 どうしてこうなったのか、少しだけ回想した。現実逃避だ。


 この世界は神力を持つ人とそうでない人がいて、この国、アフロディーテは神が作った世界最古の国であり、最も繁栄をしていた。理由は神に愛された象徴である神力を持つ人ばかりが生まれ、彼らによって目覚ましい発展を遂げたからだ。

 中でもこの国の王族・貴族は神の産み落とした子孫とされ、彼らの力は平民のみならず他国民の誰よりも強力だった。隣国から戦争を仕掛けられることはあっても、それらを全て容易く蹴散らしてしまうほどだ。

 彼らの力は竜巻や雷を自在に操り、時には天気さえも操ってしまう。そして、この国を繁栄させるに一役買っているのは神具だろう。平民のように少ししか神力をもたない者でもその神力を流し込むだけで、尽きることのない水や火を起こしたり、移動手段として空移動の#飛行船__ひこうせん__#や馬ではなく車の移動まで可能になった。

 そんな国に生を受けて、師となる人とある事件を通して出会ったレイは、彼とともに旅人をしてた。

 この国を見て回りながら、ギルドでできる仕事を見つけたり、個人的に頼まれたことを遂行したりして生計を立てていた。師となったあの男性はそれほどに実力があったから、2人でも十分の路銀と食費は賄えた。彼は高給どりだったと思う。まあ、夜遊びも激しかったけど・・・・。


 あれは、10日ほど前だった。

 師とは思いたくはないが、一緒に旅をする未来を疑わず、その日も夜遊びから朝方に帰って来た彼に酒酔いに効く貝の汁物を作った。あとは、主食のパンとサラダを用意して卓に並べた。

 寝る部屋と食事を取る部屋がある宿は居心地が良かった。格安な分自分での食事の用意が条件だったが、野宿も多い旅の中で自然と覚えた一種の特技だったので苦ではなかった。

 彼はのっそりと服を整えず前をはだけさせながら起きてきた。


「おはよう。いつもありがとう。」

「お礼を言うなんて気持ち悪い。」

「酷いな。正直に言っているのに。いつも言っているつもりだけど。」

「そうだっけ。それより、冷めるから早く食べて。」

「はいはい。」


 彼はけだるげに朝食を食べ始めた。彼が起きる前に朝食をちょうど済ませていたので、食器を洗い場に持って行こうと立ち上がった時、彼に名前を呼ばれて座り直した。


「何?今日は午後から仕事だよ。」

「分かっているよ。そうじゃなくて、今後のことなんだけど。」

「今後?数日経ったら出るでしょ?」

「いや、そうじゃなくて、これ、昨日・・いや、今日の朝か。帰ってきたら届いていたんだ。」


 彼は一枚の紙を取り出して渡してきた。

 それを見た瞬間、瞠目した。


「何?これ。合格証書?」

「うん、おめでとう。」


 彼は拍手をして祝いだした。しかし、それに何の感動もわかずにいた。まず、これをもらうような何かをした記憶がなかった。


「ちょっと待って。本当にこれ何?合格証書?え?何の?僕、受けた覚えなんてないんだけど?」

「コラ、女の子が僕とか言ったらだめでしょ。ああ、でも、今後はその方がいいけど。」

「は?意味分からん。」


 今更一人称を直されても困る。というか、男子の格好している方が長いんだから、今更修正しても意味がないと思うけど。

 

 彼1人で納得しているようで意味が分からず、彼の胸倉をつかんだ。


「さっさと説明しろ!!どういうこと?まさか、裏工作とか犯罪とか?」

「そんなに怒ると怖いよ。それに、今は君の方が僕より強いんだから君に本気になられると僕がひとたまりもないんだけど。」

「そんなことどうでもいいし、加減はわきまえているから大丈夫。」

「え?それって殴るの前提ってこと?そんな暴力的な子に育てた覚えはないよ。」

「そうだろうね。あんたに人間的に育てられた記憶なんてあまりないし。」

「そうか。残念だな。あんなに僕が構ったのは世界で君だけなのに。」

「気持ち悪い。」


 わざとえずいて見せると、彼は唇を尖らせた。30ぐらいの男性がそんなことをしても可愛くもなんともなかった。


「それで、どういうこと?このイースト学園の入学試験なんて受けた記憶ないんだけど?」

「ああ、まあ、君は試験って思ってなかったよね。」

「はあ?」

「ほら1月前、東側の街にいた時、僕が最終試験として施設で試験を受けてくるようにって言ったことがあったでしょ?」

「ああ、確かに。意味が分からないまま受けていた。筆記と実技があった。」


 筆記はよく分からない、マナー関連のことが半分あり旅人に必要なのか疑問が浮かんでいたし、結局意味は最後まで分からなかった。選択式だったからとりあえず、あみだくじで全部決めた記憶が残っていた。

 それに対して、実技は簡単だった。神力の量を測定してから、実際に自分の得意な神力で現象を発生させ的を当てればよいというものだった。どちらも周囲の力量に会わせながら実行していた。


「まさか・・・あれが試験?え?実技の試験、あんなに簡単で大丈夫なの?」

「うん、あれが試験なんだよ。ま、君にとっては簡単だったかもね。」


 ハハッと彼は笑った。乾いた笑いだった。

 この国の東西南北に位置する場所に建てられた国運営の4つの学園は、王族・貴族は当たり前に入り、平民も入る権利はあった。この学園は優秀な人材の発掘と育成を目的としており、卒業後、平民は国につかえてエリートの道を歩むことになるので、この国の平民たちの憧れでもあった。

 しかし、その試験の突破はまず神力の量が最低条件のため、基本的に保有量の少ない平民にとっては難解であり、その上、筆記も多くの難解な問題であり、突破できる人は10万人受けて4つの学園で100人いるかいないかだった。突破できる人はたいていお金のある平民で、小さい頃から家庭教師を雇えるような裕福な家庭出身が8割を占めている。

 元々学園に在籍人数は少ないので学年で考えれば、それぞれの学園の在籍の内半分は平民出身らしい。

 それほどまでに難しい試験のレベルだと聞いていたので、一切そんな教育をされていた自分が受かるとは思ってなかった。


「まあ、受かったんだから、おめでとう。そうそう、戸籍も作っといたよ。これ、入学する際に事務室に持って行かないといけないんだって。」


 彼は平然と話を続けて名前や性別、住所なんかが記載された1枚の紙を渡してきた。

 それを見て今後は唖然とした。


「ちょっと、何、これ。名前とか性別とか年齢とか住所とか。丸っきる全部噓っぱちじゃん。年齢なんてなんで1つ鯖読む必要があるの?何、考えているの?超怖いんだけど。え?これって、やっぱり、犯罪じゃない?僕、捕まるのとか嫌なんだけど。」

「バレなきゃ、大丈夫だよ。」


 彼は能天気に親指を上げてきた。

 いや、そんな簡単に騙せるの?


 眉が内側へ寄ってしまった。


「とりあえず、君はこれからイースト学園に通うんだ。学園には3年通うことになるから、それだけの年数の間に今後のことを考えたらいいよ。また会おう。」


 彼はいつものように言いたいことだけ言うと、朝食を食べてすぐに街を出ていた。

 僕、1人を置いて。

 その時は彼への怒りとか悲しみとかいろんな感情が混ざっていたけど、目的地があったので、その負のエネルギーはそこへ行くための糧になった。


 そこまでは良かったんだけど。


 最後の最後でサラマンダーに襲われるとか、ついてない。

 しかも、こんなに体力がない状態の時に。こんな時に操作できない神力を使ったらどんな被害が出るか分かったものじゃない。

 このまま、何の文句もあいつに言えずに終わるなんて絶対いや!!


 ウギャー


 サラマンダーの口が迫ってきて目を閉じた時、呻き声が聞こえた。


 そっと目を開けるとそこには黒い外套を羽織ったいくらか年上の人の背が見えた。暗い中、月明かりに照らされた黒い髪が風に揺られていた。

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