第35話 贖罪の十字架 その2


「最近……早苗さん、少し元気がないように見えます」


「え?いきなりどうしたの」


 浴衣を脱ぎ、いつもの格好に戻った紅音が、ぼんやりと頬杖をついている早苗の顔を見てそうつぶやいた。


 晴美はキッチンに戻っていた。



「早苗さん……何か悩みことでも?」


「どうして?私ってば、いつも通りだと思うけど」


「はい。確かに早苗さんはいつも元気で、明るく私と接してくれています。でも最近の早苗さんは……うまく言えませんが、その……元気なふりをしていると言うか」


「……あはははははっ。紅音さん、そんなことないよ。私はいつも元気印の健康優良児なんだから」


「早苗さん」


 紅音が早苗に顔を近付け、早苗の目をまっすぐ見つめた。


「ちょ、ちょっと紅音さん、顔、近すぎるよ」


「……早苗さん」


「あか……」


「私たち、お友達ですよね」


「え……」


「早苗さんが言ってくれました。私のことを友達だって……私、本当に嬉しかったんです……友達って、どんな悩みも打ち明けあえる物だって、そう本に書いてありました。私、早苗さんの力になりたいんです」


「本……ね」


「私、いつも早苗さんや柚希さんにご迷惑ばかりかけていて……そんな自分がもどかしくて、自分もお二人の力になりたい……そう思ってるんです。早苗さん、私では早苗さんのお力になること、出来ないでしょうか」


「そんなこと……そんなことないよ」


 紅音が再び早苗の目をじっと見つめた。


 そしてしばらくすると目を閉じ、早苗から離れて言った。


「柚希さんの……ことですか」


「え……」


「やっぱり……そんな気がしてました。やっぱり私が、早苗さんを苦しめているんですね」


「ちょ、ちょっと待って紅音さん。紅音さんは関係ないよ」


「でも早苗さん、私が柚希さんのことを親しく想っていることで、私に遠慮して」


「それは違うって。紅音さんのせいじゃないよ……これは私の気持ちの問題で……」


「早苗さん……柚希さんのことをどう想われているか、もう一度私に聞かせてもらえませんか」


「……」


「早苗さんの正直な気持ち、私聞きたいんです……」


「私は……」


 紅音の力強い言葉に、早苗はごまかすことが出来ないと感じた。




「私は……」


 早苗がうつむき、目を閉じて言った。


「私は柚希のことが好き!誰よりも柚希のことが好き!誰にも取られたくない、柚希の隣にずっと立っていたい!」


 そう言って、早苗はテーブルに顔を埋めた。


「最近この気持ち、抑えられなくなってるの……こんなの初めてで、私もどうしたらいいのか分からなくなって……」


「早苗さん。まだその気持ち、柚希さんに伝えないのですか」


「え?」


「私に遠慮されてるんだったら、それは違いますよ」


「……」


「ご、ごめんなさい偉そうに言ってしまって……でも、私も早苗さんに以前、こう言って励ましてもらったので……早苗さんの気持ちが強くなってること、私はずっと感じていました」


「ばればれ?」


「はい、ばればれです」


 紅音が笑った。


「同じ人を見てるんです。同じ人を好きになったんです。分からない訳がありません」


「そっかぁ……うまくやれてると思ってたんだけどなぁ」


「早苗さんもあんまり嘘、うまくないですから」


「あははっ、きょうの紅音さん、ちょっと怖いな……でもね、紅音さん。私、前に一緒に戦おうなんて偉そうに言ったんだけど、最近この気持ちを抑えられなくなってきてて……」


「どうして我慢されるんですか?」


「え……」


「私への遠慮ですか」


「紅音さん……」


「それは早苗さん、私への侮辱です……私は確かに、柚希さんのことが大好きです。でもそれは私の想いなんです。私は、私のこの想いのせいで、大切な友達が遠慮することなんて望んでいません。


 私が柚希さんに想いを伝える、それは私が決めることです。いつになるのかは分かりません。ですが自分がそうしたいと思えた時に、私は勇気を持って伝えるつもりです。早苗さんにも、早苗さんの意思で、柚希さんに告白して欲しいです」


 そう言い終えて、紅音は力が抜けた様に、早苗と同じくテーブルに顔を埋めた。


 その紅音の頭に手をやり、早苗がつぶやいた。


「よく頑張りました。紅音さん、結構効いたぞ」


「すみません……私、こんなつもりじゃなかったのに……」


「でも思い、しっかり伝わったよ。紅音さんの言う通りだね。いつまでもうじうじ考えていても仕方ないもんね」


「早苗さん……」


「でもね、紅音さん……私ね、柚希に告白しないのって、紅音さんへの遠慮だけでもないんだよ」


「そうなんですか」


「うん。私ね、今のこの関係も好きなんだ」


「あ……」


「いつもこうして三人で過ごして、馬鹿な話して、こうして写真撮ったりなんかして」


 そう言って、テーブルの上に立てられたスタンドを指差した。


 そこには、以前三人で撮った写真が飾られていた。


 真ん中に柚希を挟み、二人が柚希にしがみついている。


 紅音と早苗は照れながら笑い、柚希は驚いた表情をしている。


「この関係がずっと続いて欲しい……私が柚希に告白したら、きっとこの関係が壊れてしまう、そんな気がして」


「……信じませんか、柚希さんを」


「柚希を?」


「はい。そして私たちのことも、信じませんか?確かに恋愛は、友情と両立しないことが多いって本にも書いてました。でも、それは私たちじゃない、他の誰かの経験です。私たちなら、柚希さんならきっと大丈夫、私はそう信じたいです」


「……紅音さんってば、本当すごいね。紅音さんの話を聞いてたら私、なんだか自信なくなっちゃうよ」


「そんなこと……でも、もしそう感じてもらえるなら、それはきっと、私にも守りたい物が出来たからなんだと思います」


「そっかぁ。人は守る物が出来て、初めて一人前になれるって言うからね」


「はい。だから私、今とっても幸せなんです」


「あははっ」


「ふふふっ」


 テーブル越しで互いの額を合わせ、二人が笑った。

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