第31話 揺れる想い その2
「早苗さん、柚希さん一人を置いてしまって、よかったんでしょうか」
「いいのいいの。それに柚希、ちょっとだけ嬉しそうだったし」
「そうなんですか?」
「うん。私と紅音さんが仲良くするのって、柚希の願いでもあるから」
「柚希さんの、願い……」
「それにね」
早苗が前を見つめ、嬉しそうに言った。
「同じ男に惚れた女同士が仲良くしてるのって、楽しいじゃない?」
「早苗さん……」
「と言う訳で、今から『柚希誘惑作戦・夏の陣』の作戦会議開始―っ」
玄関で出迎える晴美に、
「師匠、今日もよろしくお願いしまーす」
早苗が元気よく言うと、晴美もそれに答えて手を上げた。
紅音の前で、早苗と晴美がハイタッチを交わす。
「おかえりなさいませ、お嬢様。それに早苗さんも、今日もお元気で何よりです」
「はい師匠、これが私のとりえですから」
「では今日は……そうですね、紅茶の煎れ方についてお教え致しましょうか」
「ありがたいです。あの紅茶、すっごくおいしかったから」
「むふふっ、よろしければその後で、媚薬を混ぜる奥義もお教えしますよ。そうすれば柚希さんと、甘い一夜を過ごすことも夢ではないかと」
「たくらみが過ぎますよ、晴美さん」
「よければお嬢様にもお教え致しますが」
「いえ、私はその……」
「おやおやぁ?紅音さんも興味あり?」
「もおおっ、早苗さんまで」
「あはははははっ、紅音さんってば本当、かわいいんだから」
「むふふふっ、今日のお嬢様成分の充填、完了でございます」
玄関先で三人が楽しそうに笑っている。
それを窓から見下ろしている明雄の顔も、自然とほころんでいた。
「で、なんだけど……紅音さん、夏祭りには参加できる?」
晴美の紅茶研修を終えた早苗が、紅音の部屋でそう切り出してきた。
「夏祭り……私、小さい頃にお父様と行ったきり、参加してないんです」
「やっぱり体調?」
「はい。どうしても私、人ごみが苦手で」
「だよね……この街ってば、夏祭りだけはすごい人になるからね。隣町からも来るし、確かに紅音さんにはきついよね」
「そうなんです」
「花火があるからだよね。ここの花火、結構有名だから」
「はい。だから毎年、部屋の窓から花火を見てるんです。お父様と晴美さんと一緒に」
「そっかぁ……」
「でも……私、今年は参加してみたいです」
「本当に?」
「はい、人ごみは苦手ですけど、でも出来れば私も……早苗さん、柚希さんと一緒に行ってみたいです」
「柚希と、の間違いでしょ」
早苗が意地悪そうにそう言った。
その言葉に紅音が反応し、頬を赤らめた。
「そ、そんなこと」
「でもでも、師匠からさっき聞いたよ。実は浴衣ももう、買ってあるとか」
「晴美さん……黙っててって言ったのに……」
「あはははははっ。まあいいじゃない、私も柚希に浴衣姿を見せたいし。何と言っても浴衣には、男心を撃ち抜く破壊力があるしね」
「そうなんですか?」
「いつも会ってるのに、なんで僕、こんなにドキドキしてるの?そう言えば髪も上げてて雰囲気も違うし……あ、うなじ、きれいだな……それになんだろう、いい匂い……」
「ふふふっ、早苗さん、それって柚希さんの真似ですか」
「似てたかな」
「はい、少し、ふふふっ」
「あはははっ。でもね、悩殺って意味ではこれ以上にない武器だからね、これを試さずして何を試すかって気持ちで私も攻めるよ」
「早苗さん、勇ましいです」
「だからさっきの話、当然私も紅音さんと同じ。柚希と一緒に夏祭りに行きたいよ。でもね……」
そう言って早苗が紅音の手を握った。
「紅音さんと一緒に行きたいってのも本当。折角出会えた、大切な友達だからね」
「早苗さん……私も、私もです」
「だから夏祭り、一緒に行きましょ。そして三人で、思いっ切り楽しもう」
「はいっ」
「それからさあ、紅音さん。来月柚希の誕生日でしょ。よかったら一緒に祝わない?」
「すごい……私も今日、早苗さんに同じことを言おうとしてたんです」
「あははっ、やっぱ私たちって、気が会うね。紅音さんはプレゼント何にするのか、もう決めたの?」
「最初は撮影で役に立ちそうな物をって思ってたんですけど、柚希さんにも色々とこだわりがあると思いますし、私も機械のことはよく分からないので」
「そんなことないよ。紅音さんが選んだ物なら、あいつ喜んで使うと思うよ」
「でも、やっぱり使うなら気に入った物が一番ですから……ですから今回は私、これにしようと」
紅音が少し照れながら、窓の側に置いてある、布のかかったキャンバスを指差した。
「あれって……ひょっとして柚希の絵?」
「はい……」
「すっごいじゃないの!あいつ、きっと喜ぶよ」
そう言って早苗がキャンバスに近付こうとした。
その早苗を紅音が慌てて止めた。
「駄目です駄目です早苗さん。これはまだ、その……誰にも見せられません……」
「えー、ちょっとだけだからー」
「こればっかりは早苗さんでも駄目です。私、今見られたら恥ずかしくて死んじゃいます」
早苗の服をつかみ、顔を真っ赤に染めて紅音が懇願する。
「んー……そこまで言われたら仕方ない。じゃあ完成したら、柚希にあげる前に私に見せてくれる?」
「それなら……はい……」
「じゃあそれで決まり!」
「早苗さんはどうされるんですか」
「私?私はね、マフラーと手袋にするつもり」
「マフラーですか?でもまだ」
「うん。夏にこんなプレゼントっておかしいんだけど、こっちの冬は早いからね。それに柚希ってば、暑いのには耐性あるけど、寒いのはかなり弱いらしいんだ。柚希のお父さん情報なんだけどね」
「そうなんですか。確かにここの冬は、以前柚希さんが住んでいた所に比べると早いですよね。それに雪も積もりますし」
「うん。だから今、製作中なんだ」
「早苗さんの手作りですか」
「そうだよ。何が悲しくてこの暑い時期に、毛糸の編み物なんかしなくちゃいけないのよって、一人で突っ込みながらやってるんだ」
「私も早苗さんも手作り、なんですね」
「そうだね、あははっ。あいつ、感激して泣いたりして」
「柚希さん、ご自分の誕生日にあまりいい思い出がないそうなんです」
「そうなの?」
「はい、以前おっしゃってました。夏休み最後の日だし、明日から学校だから憂鬱になる気分の方が強かったって。それに……祝ってくれるのはお父様だけだったって……」
「……」
「きっと今まで、寂しい誕生日だったんだと思います……」
「じゃあさ、どうせだからみんなで祝ってあげようよ。私の家でどう?私の家族と紅音さん、よければ桐島先生と師匠も一緒に。料理も私たちで作ってさ」
「いいんですか?私たちもお邪魔して」
「勿論っ」
「楽しみです……なんだか私、気持が高ぶってきました」
「誕生日なんて、他の人からしたらただの一日なんだけど、その人にとっては大切な記念日なんだから。これからは柚希にも、寂しい思いなんてさせないんだから」
「はい。私もです」
「よしっ。じゃああと一ヶ月、お互い頑張ろう!」
「はいっ」
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