第2話 邂逅 その2


「紅音さんは……さっきここの人たちのこと、詳しくないって言ってましたけど、ひょっとして紅音さんも、ここの人じゃないんですか」


「いえ、私は生まれた時からこの街の人間です。ただ……」


 そう言って、紅音は流れる雲に視線を移した。


「……私、生まれつき体が弱くて、中学に入った頃から学校にも行ってないんです。外に出るのも、コウのお散歩の時ぐらいで」


「体が……」


「はい。私、色素の薄い体質なんです」


 銀髪にグレーの瞳、真っ白な肌……そう言うことか……その容姿の訳を柚希は理解した。


「でも……」


 紅音の美しい瞳をみつめながら、柚希が言った。


「紅音さん……綺麗だと思います」


「えっ」


 紅音の頬がまた赤く染まった。


「す、すいません……紅音さんにとっては大変なことなのに」


 慌てる柚希を見て、少し照れながら紅音が小さく笑った。


「さっきからお互いに謝ってばかりですよね。悪いことなんて何もしてないのに……」


「……ははっ、そうですね、すいません」


「ほらまた。ふふふっ」


「あ、いや今のは」


「ありがとうございます、そんな風に言ってもらえて……私の父は医者なんですけど、父が言うにはこの体質は、紫外線に弱いらしいんです。だから昼間の外出も、時間が限られているんです」


「そうなんですか。それで傘も持って」


「はい。なるべく太陽に当たらないように気をつけているんです。日差しがきついと目も痛めてしまいますし……だから学校にも行けなくて、こうして人とお話するのも久しぶりなんです」


「じゃあちょっとだけ、僕たち似てますね」


「え?」


「僕、生まれつき心臓が弱いらしいんです。なんでも弁がうまく動いていないとかで。普通の生活をしてる分にはそんなに問題ないんですけど、激しい運動なんかはちょっと」


「……」


「おかげで子供の頃はよく入院してました。だから友達も中々出来なくて」


「体が弱くて友達がいない……ふふっ、確かに似てますね、私たち」


「……ですね、変な共通点ですけど」


「ほんと。ふふふっ」


「はははっ」




「この場所は初めてなんですよね」


「あ、はい。いつもは学校が終わるとまっすぐ家に帰ってるんですけど、今日はちょっと色々あって、少し休むつもりで」


「それって……その傷と関係があるのですか」


「あ、いやそれは……」


 その言葉に、柚希は少し表情を曇らせた。


「ご、ごめんなさい、私また余計なことを……」


「いえ……大丈夫です、気にしないで」


「ごめんなさい、本当に……私、こうして人とお話することがないので、少し興奮してるみたいで……あの……柚希さん」


 そう言って紅音が柚希に近付いてきた。紅音の甘い香りがする。


「え……」


「大丈夫、少しだけ動かないで……もらえますか……」




 紅音が腰を下ろすと、木にもたれかかっている柚希の体に覆いかぶさるような格好になった。

 紅音の動きに柚希は混乱し、慌てて目を閉じた。

 手袋を外した紅音は右手で柚希の頬に触れ、左手を木にやると小さくつぶやいた。



「お願い……少しだけ、あなたの力を貸してください……」



 不思議な感覚だった。

 紅音のその小さな手のぬくもりが、頬から体全体に伝わってくるようだった。

 そのぬくもりは温かくて心地よく、安息感が柚希を包み込んだ。




「どう……ですか?」


「え……」


「まだ痛みますか?」


 紅音の声に柚希が目を開けると、目の前に紅音の顔があった。

 紅音の吐息を間近に感じる。

 紅音と目が合った柚希は、緊張の余り全身が硬直するような感覚に見舞われた。


「あ……あの、紅音……さん……」


「え?」


「あのその……顔……顔が……ち……近いです……」


「あっ!」


 柚希の言葉に紅音の顔が真っ赤になった。

 慌てて柚希の体から離れると、その場で目を伏せて言った。


「ご……ごめんなさい、私、また変なことを……」


「あ、いえそうじゃなくて……僕こそすいません、なんか失礼なことを」


 その時柚希が、体の変化を感じた。



「あれ……」


 頬を触ると、さっきまであった傷の感触がなくなっていた。

 脇腹の痛みもなくなっている。


「え?どうして?怪我が治ってる!」


 驚きの余り、大きな声をあげて柚希が言った。


「よかった……もう痛くありませんか」


 柚希を見て、紅音が嬉しそうに微笑んだ。


「これ……紅音さんが?でも、どうしてこんな」


「物心ついた頃から、私が持っている能力なんだそうです。左手で触れた物の力をもらって、右手で触れた物の傷を癒すことが出来るんです。今、柚希さんが背にしているこの木から、少しだけ力を分けてもらったんです。

 でも……お父様からはこの力のこと、人に言ってはいけないし、軽々しく使ってはいけないって言われてます」


「どうして?」


「だって……気持ち悪いじゃないですか、こんな力。子供の頃、この力のことを知った友達はみんな、気味悪がって離れていってしまって」


「すごい、すごい力です、紅音さん」


「え……」


「気味悪いだなんてとんでもないです。超能力……でいいのかな、色んな特別な力がこの世にはあるって思ってたけど、こんな優しい力があっただなんて」


「優しい……私の、この力が?」


「人の傷を癒すことが出来るんです。優しいに決まってます。それに紅音さんに触れてもらってた時に感じた……あの穏やかな感覚、その力は紅音さんと同じ優しい力です」


「そんな風に言ってもらえるなんて……」


「ありがとうございます。それから……このこと、誰にも言いませんから」


「柚希さん……」


 紅音が嬉しそうに、にっこりと笑った。


 その時、紅音の腕時計のアラームがなった。


「いけない、もうこんな時間」


 紅音が時計を見てそう言った。


 アラームの音に反応して、傍で座っていたコウも立ち上がって一声あげた。


「ごめんなさい柚希さん、もう帰らないと。お父様が心配しますので」


「あ、いえ、僕の方こそすいません。コウもごめんね、折角の散歩の時間、僕が潰しちゃったね」


 立ち上がり腰の土を払うと、コウの頭を撫でて柚希は笑った。


「紅音さん……」


 柚希が差し出す手を恥ずかしそうに掴み、紅音も立ち上がり日傘を開いた。


「よければ家まで送りますけど、紅音さんの家はこの辺りなんですか」


「はい、山の方に向かって十分ぐらいの所に……でも大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「今日はなんだか色々と……ありがとうございました」


「そんな、私の方こそ楽しかったです。それであの……」


 紅音がうつむきながら、一呼吸入れて言った。


「柚希さん、また会えませんか?」


「え……」


「よければまた、ここで……」


 言い終わると、小さく肩を震わせた。


「……はい。じゃあまた、明日の四時ぐらいにここで、でどうですか」


「え……」


 紅音が顔を上げると、柚希が照れくさそうに笑っていた。

 そして少し表情を強張らせながら、ぎこちなく言った。


「あの……もしよければ紅音さん、僕と友達になってもらえませんか」


「友達……」


「はい、勿論その……紅音さんがよければ、なんですけど……」


「私なんかと友達に……なってもらえるのですか」


「僕こそ……男の癖に泣き虫で情けないんですけど……紅音さんさえよければ」


 そう言って、柚希が照れくさそうに手を差し出した。


「は……はい、よろしくお願いします!」


 紅音が満面の笑みで柚希の手を握った。




 辺りが夕焼けに染まる中、家への帰路を歩きながら、柚希の心は軽くなっていた。


 ついさっきまでの重苦しかった気持が嘘のようだった。


 紅音に触れられた頬に触れ、あの時の感触を思い出すと、自然と笑顔になった。


 生まれて初めて自分から作った友達。そう思うと、思わず声をあげて叫びたくなった。




「桐島……紅音さんか……」

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