第9話 SEASONS-9

 昼休み。食事を終えてばたばたと教室を駆けだしていくひろ子たちとは別に、千春はそっと深沢に近づいた。深沢はぼんやりと窓の外を見ていた。今日は本読んでないんだな、と思い、はっとそのまま深沢の顔を見たまま動けなくなってしまった。特別何があったという訳ではなかった。泣いていたわけでもない、苦しんでいたわけでもない。ただ、その、生気のない横顔に目を奪われて、千春は目を取られたまま動けなかった。声を掛けるのも辛くて、普通に歩いているふりをして、教室を出た。出て、ひろ子たちの向かった保健室へ歩きながら、戸惑っていた。深沢の生気のない横顔と、自分の取った行動を、交互に思い出しながら。

 風が吹きすさび、下校時刻を待たずに雪が降り始めた。雪を見つけて騒がしくなる教室の中で、ひときわ騒ぎ立てるのはひろ子だった。上杉先生がひろ子をなだめながら、授業を進めようとした。しかし、騒がしさはおさまらず、あちこちでお喋りが始まってしまった。そのかたわらで、千春の目は、雪を映す窓と自分の間にある深沢の席から目が離れなかった。


       * * *


 今日も深沢は欠席していた。これで3日になる。インフルエンザがそろそろ流行り始めた頃だとニュースで聞いたが、深沢も風邪なんだろうかと気にはしていた。それでも、受検勉強で追われゆとりのない生活を送っている状態では、見舞いに行こうと思っても、その気持ちは長く続かず、いつの間にかいつもの生活の枠の中に納まってしまっていた。

 一日の授業が終わって、掃除を終えて、職員室に報告に行った。ついでに深沢さんの状況を聞きに行くつもりだった。


 失礼します、と大声を上げながら3年担当の職員室に入り溝口先生を探した。先生は自分の席にはおらず、きょろきょろと探してみると、主任の池田先生と話をしていた。邪魔かな、と思いながらゆっくりと近づくと、池田先生が目敏く千春を見つけ、溝口先生に目で合図した。それに応じてくるっと振り返った溝口先生の顔は蒼白で、千春が今までに見たことがないほど別人のような顔をしていた。

「広瀬さん…」

溝口先生の口から漏れた言葉は、かすれていてはっきりとは聞き取れなかった。が、聞き返すことはできなかった。

「……深沢さんが、亡くなりました…」









            * * *


 焼香を終えて参列に戻ると、急に涙が出てきて止まらなくなってきた。横にいたひろ子も涙が堪えきれず、ハンカチを顔から離さなかった。千春は次第に嗚咽を漏らし、それがよけいに感情を昂らせて大声を上げそうになりながら必死で堪えていた。そっと愛子が千春の肩を抱き寄せてくれ、そのまま寄り掛かってしまった。

 冷たい風も止んで、暖かな日差しが差し込む中で、出棺が行われ、静かに柩を乗せた車が去って行った。


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