第5話 SEASONS-5
ひとり取り残されて黙々とお弁当をたいらげた千春は自分の席に戻って、弁当箱を鞄に入れた。ふと、隣の深沢を見ると、ひとりぽつんとたたずんで本を読んでいる。小さな本。栞のピンクのリボンが映えている。ちょっと気になって、覗いてみても、小さな花柄のカバーで、何の本だか見当もつかない。身を乗り出して覗いてみると、はっと、気づいた深沢は身を竦めて本を抱きしめた。千春は、深沢のその仕種に驚いて照れ笑いをするしかなかった。千春以上に驚いた様子だった深沢も、相手が千春だとわかると緊張を解いた。
「あ…、ごめんね、驚かせて」
「…んん」
弱々しい声で応える深沢に、遠慮しながらも、このまま何も訊かないでいるのも不自然だと思い直した千春は、
「なに読んでたの」と、笑顔で訊ねた。
「……ん」
深沢は千春の笑顔に誘われるように、そっと、胸に抱いていた本を差し出した。おそるおそる千春はそれを手にとってみた。散文が綴られていた。
「これ、詩集?」
「…ぅん。好きなの」
「へぇ、素敵ね」
「……んん、そんな…」
手に取った詩集を繰ってみると、所々に、中世西欧の図版が折り込まれている。浪漫の香り漂うその絵を眺めているだけで、一瞬時空を越えたような気分なってしまった。と、顔を上げてみると深沢が千春の様子を伺うように見ているのに気づいた。
「なんか、素敵ね、この絵」
「あ…あたしも、好きなの…。それ、見てるだけでも…」
俯きかげんに話す深沢の言葉に千春も共感を得て、ページを繰った。
「あ、あの…」
深沢から話し掛けてきた言葉にはっと顔を上げると、深沢はまた目を伏せた。
「あの、よかったら、持って帰ってもいいけど…」
「でも、いま、読んでるんでしょ?」
「…んん。何回も読んだから…。ただ…それが、一番好きなの」
「なんか…わるいから。今度でいいわ。どうせ、持って帰っても、勉強しなきゃいけないと思うと読めないし」
「…そう」
残念そうな深沢の顔を見て千春は少し罪悪感を感じた。きっと大切にしているものに違いないと思った。
「あのね、あたし、あんまり、本読まないの。なんてかな、こぅ、字が並んでるの見ると、眠くなっちゃうの」
「…じゃぁ、ぁの、教科書も?」
「ぁ。ぅん、そうね。そうだ、あたし、それですぐ寝ちゃうんだ」
千春が笑いながらそう言うと、深沢も小さく笑った。
「ねぇ、どうしたら、文字が眠くならないかな?」
「…ぇ?…そう言われても…、ん…わかんない」
「そうよね。あたしと違うもんね」
千春がへらへらと笑うと、深沢もくすくすと笑った。和やかな雰囲気の中で千春は、つい、色々と話してしまった。家のこと、成績のこと、志望校のこと、等々。普段はひろ子に遮られてしまうような色々なことを話し続けた。
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