白景 -4
店内は正面に大きなカウンターがあり、十人ほどが座れそうだ。右を見るとビリヤード台が一台、その奥にテーブルがいくつかあり、壁際にはダーツマシンが三台あるなどなかなか楽しそうだ。バックバーにはディスペンサーに架かったボトル、その手前にはポアラーの付いたボトルがところ狭しと並んでいる。横を見るとピカピカに磨かれたジュークボックスまであり、まさにそこは古き良きアメリカンなテイストで溢れている。ジャックダニエルの黒いTシャツを着た店員に促され、ダーツマシンの近くのテーブルに皆腰掛けた。
「ダーツってわたしはじめて!」
「なんかめっちゃいい雰囲気の店だな。」
口々にほころんだ表情でまわりを見渡している。
まずはアメリカビールの代表格、バドワイザーで乾杯だ。
ナチョスにチキンウィング、ガーリックシュリンプにケサディーヤ、スペアリブにTボーンステーキ、ハンバーガーにピザにホットドッグと期待を裏切らないアメリカンなメニューにも期待感をそそられる。
「絶対フライドポテト!」
靖之がメニュー写真の大盛りのフライドポテトにチーズソースがかかったそれを指差して大声で言うのを聞いて、
「もう揚げちゃうよ!」
とマスターらしき口髭の男性が楽しそうに言う。それに応えて今日一番の笑顔で、
「チーズ大盛りで!」
と靖之が返す。
和人は、雪深い白馬の地ではあるが、扉の中はアメリカ西海岸のそれみたいだなと思いながらビールをグッと飲み干した。
杯を重ね、皆の声もワントーン上がってきたようだ。
「ダーツやろうぜ。」
近頃ダーツに凝っていて、半年前ほどは毎日のようにダーツバーに通っていた史也が言うのを皮切りに、
「やってみたかったんだー」
「ひさしぶりだけどあたるかなぁ」
などと口々に言いながら、皆立ち上がってダーツマシンの傍に集まる。
和人はマスターに言ってくずしてもらった小銭をハウスダーツの置いてある丸いバーテーブルの上に積み上げ、
「よしっ、何からやる?」
と皆の顔を見る。
「わかんないから、おすすめで!」
「簡単なやつからいこう!」
「いいねぇ」
それぞれにハウスダーツを手に取りアキは熱心に素振りをしている。根が真面目なアキの性格がそんな小さな動作にも見て取れるのが面白い。靖之もアキを真似てイメージを出していたが、不意に、
「大事なもの忘れてた!」
と言うので皆何事かと思ったが、ビールの小瓶を片手に戻ってきた。
「確かにビール大事だよね」
「さすが靖之だな。」
和人ももちろん、皆靖之に同調してアルコールを手にした。
先ほどダーツははじめてと口にしていたみゆきが、少しめずらしそうな様子でハウスダーツを眺めている。和人がする身振りを真似て投げる動作をするが、なんともぎこちない感じがかわいらしい。何がちがうのかと思ったら、差し出す足が通常のボールを投げる動作と逆なのがしっくりこないらしい。
「うまくいかなーい」
とみゆきが笑っているので、ダーツの持ち方や投げ方のコツを身振りを交えて伝える。和人自身もそれほどダーツが上手いとは言えないが、他のスポーツ同様理論だけは玄人並みなのがここでも役に立つ。
あまり身についてはいないダーツ技術だが、口先だけなら史也も顔負けだ。ダーツをはじめて間もない頃に、ピーター・ヒルという世界チャンピオンのシグネチャーモデルのダーツを購入し、部屋には簡易なものながらもダーツボードも置いたほどだ。その上、酒場仲間で印刷関係の大きな会社を経営しているシマさんという人に頼んで、オリジナルのフライトを作ってもらったりなど、今考えるとかなりの凝りようだった。
グータッチをしビールをあおる。狙い通りのポイントに行ったかと思えば、キャッチで高得点に入ったりと、シンプルなようで思う通りにならないところが面白い。メンバーを変えながら数ゲームを終えたところでなかなかいい感じに皆酔いがまわってきた。
店内は雪国の常で暖房も十分に効いている。そこにダーツの盛り上がりの熱気で、和人は口当たりのすっきりしたものが飲みたくなった。
バーカウンターの奥では先ほどの朗らかなマスターと数人の店員が楽しそうに立ち働いている。
「ボストンクーラーください。」
「はいよ。」
マスターの返事が小気味良い。カウンター脇のジュークボックスの曲名を眺めながら酒のできるのを待つ。
「みんなどこからきたの?」
「僕たちは埼玉、彼女たちは長野なんですよ。」
「へぇ、女子組は地元なんだ。お兄さん埼玉のどこ?」
「熊谷なんです。暑くて寒いで有名な。」
「知ってる知ってる。日本で一番暑いとこだ。」
マスターはグラスを差し出しながら、口髭をうれしそうにゆらした。
「じゃ、みんなでスキースノボかな?」
「正解! なんでわかったんですか?」
「客商売やってるとなんとなく入ってきた様子でわかるよ。ま、この時期純粋に観光ってお客さんもあまりいないからね。」
なるほど、確かにハイシーズンの白馬にスキースノーボード旅行以外で訪れることは少なそうだ。これだけ良質な雪が豊富な白馬ではあるが、その低い気温や積雪はただ訪れるにしてはハードルが高いのだろう。スノーボードをはじめる前の和人であれば、一面の銀世界を見るためにこの地に赴こうとは少しも考えなかっただろう。
「何頼んだの?」
いつの間にか、みゆきが傍に来て和人とマスターを交互に見ている。
「ボストンクーラーってカクテルだよ。」
マスターが答えるが、みゆきは和人の方を向いて、
「おいしい?」
と小首を傾げてみせる。
「オレが作るんだから美味いはずだよ。」
マスターが両手をひらひらさせながら笑って言った。
「ひとくち飲んでいい?」
みゆきは和人の返事を待たずに、その細く長い指でグラスを持った。
「おいしいかも。同じのください。」
みゆきがうれしそうに言うと、うんうんと頷きながらマスターがシェイカーをカウンターにトンと置いた。
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