「あれ? もう退院したの? 嶽崎」


 見事に肋骨が折れてしまっていた健は入院を余儀なくされていたのだが、ほんの一週間足らずで戻ってきたことに詩歌は純粋に驚いた。


「へえ、詩歌~心配してくれるんだ~僕うれしいなあ」


「ふざけないの。あんたの怪我本当にひどかったんだからねえ。わかっているの?」


「わかっているさ。でも、まあリーダー応急処置がよかったからこのとおり」


 そういって、両腕をあげた瞬間、健は激痛に悲鳴をあげる。なにせ退院したとはいえ、包帯がとれたわけではない。痛みもあるだろうし、本来ならばもう少し入院していてもよいレベルだ。それにも関わらず、健は喫茶店にやってきた。


「もういわんこっちゃい」


 詩歌が、あきれたようにいうと、健は苦笑いを浮べる。


 その様子を大吾はいつもと変らない様子で眺めていると、店の扉が開く


「いらっしゃい」


 大悟がいつもように来客にあいさつしながら振り向くと、あっと軽く声をあげた。


「吉川さん?」


「本当にいた」


 そこにいたのは玲奈だった。


 玲奈はゆっくりとカウンターのほうへと近づくと真っ直ぐに大吾のほうを見た。


「どうして?」


「崎原くんがここで働いていると聞いたの


 それで会いたくなったのよ。だから、来てみたわ」


 大吾は呆然と彼女を見詰める。


「崎原さん。おれはもう帰るよ。それじゃあ」


 健はにやりと笑うと、椅子から立ち上がった。


「えっ? 嶽崎?」


 詩歌は健の意図することに気づくとあわてて立ち上がる。玲奈に一礼をし、健に続いて店を出ていった。



 その姿を大吾も玲奈も見送る。


「あら? あの子……どこかでみたような……」


 彼女は記憶を探るのだが、見つからないといわんばかりに首を傾げる。


「気のせいかな?」


「どうだろうね。ただ通りすがりぐらいじゃないかな」


「そうね」


「それよりも座って」


「ええ。そうさせてもらうわ」


 彼女はカウンターに座る。


「なににしますか?」


「それじゃあ。コーヒーで」


「はい」


 大吾はコーヒーを入れると彼女に差し出す。


「おいしい」


「ありがとう」


「けど、本当二久しぶりね。十年ぶりかしら?」


「そうだね」


 二人はお互いに微笑みあった。そして、他愛のない会話をした。


 その会話の中で、決して二人は好きだったことを語らうことはなかった。


 もうすでに彼らはそれぞれの人生を歩いているのだから……。




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