魔王軍に溺愛されてますが、実は勇者です
瀬川
第1話 さっそく死にかけている
お腹が熱い。
俺はお腹を押さえながら、血を吐き出す。
このままじゃ死ぬな。
どこか冷静な頭で思いながら、周りを見る。
死にかけて倒れている俺を、見下ろす影は四つ。
そのどれもが、冷たい表情を浮かべていた。
俺をこんな状態にしたのだから、当たり前か。
今まで仲間だと思っていたのに、向こうは同じ思いでは無かったわけだ。
「まだ死なないのか」
「攻撃が足りなかったんじゃねえの?」
「えー、私最大力でやったよー? これが規格外なだけでしょ」
「やはり化け物でしたね」
それぞれが好き勝手に話している声が遠い。
俺は薄れゆく意識の中で、最後の力を振り絞って手を伸ばす。
「触るな、汚れる」
その手は誰かに触れる前に、踏み潰された。
「さっさと死ね、化け物」
そこで耐えきれなくなって、俺の視界は黒く染まった。
◇◇◇
俺が産まれた時、天から祝福するように光が差し込んできたらしい。
もちろん産まれたばかりだから、それを実際に見たわけじゃない。
その光は、昔から勇者を知らせるものだと言い伝えられていた。
光に照らされた子供は、将来魔王を倒せる力の持った勇者になる。
本来であれば、村をあげて未来の勇者の誕生を祝うはずだった。
「ひいっ!? 化け物!!」
俺の瞳が、真っ赤じゃなかったら。
なんの運命のイタズラか不明だけど、赤い瞳というのは魔王を含め魔族にしか持たない色だった。
しかしそれが、勇者であるはずの子供の瞳にある。
たぶん、というか絶対に村の人達は迷ったはずだ。
産まれた子供を無かったことにして殺すべきか、はたまた勇者として祭り上げるべきか。
光が遠くからでも分かるぐらいに眩しく、魔族にも確実にバレていること。
勇者の誕生が、実に百年ぶりだったこと。
結局それらのことを踏まえて、俺は勇者として生かされることになる。
まあでも察しがつくだろうが、その人生は決して輝かしいものじゃなかった。
いくら勇者と決めたとはいえ、俺の目が赤いのには変わりない。
光を頼りに国から来た使者は、俺の顔を見てすぐに剣を向けたらしいが、光魔法の力を感じたおかげで思いとどまってくれた。
それでも連れて帰っていいものか迷い、でも村の人間に押し付けられて、まだ幼い子供の俺を抱えて国に帰った。
俺を産んだはずの母親も、嫌がることなくむしろ嬉しそうにしていたらしいから、俺がどれだけ嫌がられていたのか分かる。
さて、百年ぶりの勇者の誕生に湧き上がっていた国は、戻ってきた使者の腕の中にいた俺の姿に凍りついた。
目を開けた瞳が赤く、まるで血の色のようだったからだ。
魔物が現れたと逃げる人々に、使者は大きな声ではっきりと宣言した。
この子が光に祝福された、正真正銘の勇者だと。
多分使者の人の言葉が無かったら、俺はその場で殺されていたはずだ。
感謝してもしきれない。
そういうわけで、魔王を退治するために俺は育てられることとなった。
毎日血のにじむような特訓を重ね、本当に血を吐き出したことも何度もあった。
どんなに辛くても、どんなに苦しくても必死にしがみついたのは、この世界の平和を願ったからだ。
魔王を倒せれば、みんなが認めてくれるんじゃないか。
そんな期待もしていた。
期待した結果が、仲間からの裏切りなのだから笑えない。
いや逆に笑える話なのだろうか。
仲間になった四人が表面上は優しかったけど、その目の奥に冷たいものがあるのには気づいていた。
それでも決して短くはない旅の中で、絆を作っていけていると勘違いしてしまった。
最後に見た憎悪の瞳は、俺の努力が無駄だったことを教えてくれた。
結局、瞳の色のせいで俺は最後まで化け物扱いをされていたわけだ。
死んだ後に行く先が地獄でも、あの状況よりはましな気がする。
◇◇◇
目を覚ますと、そこは地獄だった。
というのは冗談で、でもあながち嘘ではなかった。
「……魔王城」
すぐそこにそびえ立っているのは、先程まで目的地としていた敵の根城。
青ではなく紫色の空に合う黒を基調とした城は、立派だけど恐ろしい雰囲気を醸し出している。
周りを飛んでいるコウモリは、使い魔だろうか。
冷静に分析しているように見えるかもしれないけど、内心は驚いて死ぬかと思った。
転移魔法か何かで飛ばされたのだろう。
一応肩書きは勇者だったから、大方魔物に殺されたという筋書きにしたかったのか。
雑な後処理に、呆れが止まらない。
今はそれは置いておくとして、問題は他にあった。
「……完全に縮んでいるよな」
目を覚ました時から何となく気づいていたが、改めて自分の姿が小さくなったことを確認する。
声も高いし、見える景色も低い。手足も小さくて、完全に子供になっていた。
その代わりというのか、風穴が空いていたはずのお腹には、傷一つついていない。
はっきりしたことは言えないけど、おそらく致命傷となっていた傷を治すために魔力をたくさん使って、足りない分は自分の体を引き換えにしたのだろう。
死にかけたレベルの傷だ。
小さくなるぐらいで済んで、運が良かったのかもしれない。
きっと使い切った魔力が戻るまで、体は小さくなったままのはずだ。
ということは、今の俺はそこら辺にいる魔物に簡単に殺されるぐらいに弱い。
やっぱり運が悪かったと、俺は自分が置かれている状況に頭を抱えるしかなかった。
装備は全て取り上げられていて、なんの防御力もないシャツとズボンだけ。
ここから一番近い村は、大人の足でも休みなく歩いて一ヶ月はかかる距離。
完全に待っているのは死しかなく、解決策も浮かばない。
せっかく生き残ったのに、ただ死ぬまでのタイムリミットが少し伸びただけだった。
辞世の句でも詠んだ方が良いかとヤケになっていると、まるで氷魔法でも受けたかのように全身が一気に寒くなる。
肌がピリつくような感じは、なじみのあるものだった。
魔物の気配。
それもかなり強い。
城近くに急に現れたと異分子に魔物が気づかないはずがないから、きっと魔王軍の誰かなのだろう。
そこら辺のスライムとは格が違う魔物が来る。
話には聞いたことがある四天王の誰かだったら、虫けらを潰すぐらいの気軽さで、俺の命は消える。
出来れば苦しまずに死にたい。
叶いもしない願いを胸に、一応戦闘態勢で待ち構えていた俺の前に、とんでもなく大きな影が現れた。
五メートルは優に超える背に、大きな二本のツノと何でも切り裂けそうな長い爪、全身を覆う鎧の下は何が隠れているのか、きっと想像も出来ないぐらい恐ろしいものだ。
そこにいたのは、まぎれもなく魔王だった。
俺と同じ血のように赤い瞳を持つ、この世のものとは思えない顔を視界に入れて、思わずへたり込む。
人生をかけて倒そうとしていた。そのはずだった。
でも今の俺は何の力も持っていない子供で、倒すなんて不可能な話だ。
結局、最後は魔王に殺されるのか。
化け物と呼ばれた俺には、ふさわしい死に方というわけである。
圧倒的な力を前に、戦意を喪失した俺は諦めて目を閉じた。
登場してから何も言葉を発しない魔王は、しばらくそのまま動かなかった。
突然現れた俺の正体を探るために、きっと様子を伺っていたのだろう。
待っている俺からしたら永遠かと思うぐらいの時間が過ぎた頃、ようやくどうするのか決めたのか動く気配を感じた。
ああ、これで本当に俺は地獄に行く。
次に目を開けた時は何は待っているのだろう。
出来れば優しいものであって欲しい。
空気を切り裂く音に、次にくる衝撃を覚悟して強く拳を握りしめた。
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