第44話 貧民街(12)
「優しい? アタシが?」
ティアは満更でもないような表情を浮かべているが、しかしながら未だそれを理解していない節がある。
実際のところ、優しい性格であるということは――それ即ち、人に騙されやすい性格であることとも言えるからだ。場数を踏んでいればそうならない可能性は高まるとはいえ、それでも騙されやすいのには変わりない。騙そうとしている人も、誰を騙せば良いかを見極めている訳で、それを理解していれば自分が騙されやすいかどうかを把握することが出来る。
「……だからこそ、君は上で暮らしていくとしたらそれなりに大変なことになるだろうな。考えたことはないかな? 上の世界というのは、ここよりも綺麗かもしれないが……、しかし内側を見ると、それよりも酷い光景が広がっていることが多い。そういうものだよ、世界というのは」
「……かなり場数を踏んでいるような気がするけれど、やっぱりそれは新聞記者だから?」
「どうだかね」
アンバーはお茶を飲み干した。未だ確認しなければならないことは多かったはずだし、缶飲料のお茶も未だ残っているかどうかも定かではない。にもかかわらず、飲みきってしまうのは多少誤算の可能性があると捨てきれない。
「……グループについての問題は、きっとそこにある。グループは共助を謳った組織としては、優秀な地位にあると見ても良い。けれども、それを受け入れるのはなかなか難しい。何故なら、上の人間は、そういう人間を下に見る傾向にある。人々の価値観を変えない限りは、難しいだろうな」
アンバーの言葉に、ティアは顔を真っ青にする。
「……だったら、どうすりゃ良いんだよ? アタシ達は一生ここで暮らしていけ、と?」
「だから、選択肢はあると言っただろう。今後、ここで暮らし続けるか、それとも一発逆転を狙ってワンス・セントラル学院に入学願いを出すか」
アンバーはメモを取り出すと、何かを書き連ねていった。
「もし、どうしても入学したいのなら、ここに電話すると良い。俺の個人に直接繋がる電話番号だ。一応、ここなら問題ないはずだ。……本当は直接話をした方が良いのかもしれないが、こう何度もここにやって来る訳にはいかないからな」
「アンバー、アンタそんなところにコネがあるの?」
「ないと思っていたのか? あるよ、なかったら話題に出すこともしない。変に希望だけ与えるのも駄目なことだしな」
「そうか。……有難い。だが、懸念はある」
「何だ?」
「ここを離れることは……やはりなるべく考えたくない、というところだ。アタシ達はここを故郷だと思っている。長老に、市場の人に、近所の人……皆が皆、知り合いでありそれ以上の立場にあると認識している。であるならば、そう簡単にここを出るという選択を導くことは出来ない」
ティアは真っ直ぐこちらを見つめていた。
ティアとしてみれば、今まで自分達を育ててくれた故郷に対し、恩を仇で返すようなことにならないだろうか――そう懸念を示している訳だ。
「……言いたいことは分かる。離れたくない気持ちも、裏切ってしまうのではないかという疑念も。けれども、未来を見据えて考えていけば……やはり新たな道に進むのも悪くないことではないかな」
アンバーの言葉に、ティアは何も言えなかった。
「……ま、別に無理強いするつもりはない。何かあったら、連絡してくれれば良い。それと……もう一つなんだが、」
アンバーはアンナが他の子供と遊んでいるのを確認してから、少し声のトーンを落として話した。
「……彼女、見えない友達を持っているようだが?」
「それのことか。アタシだって気にはしている。けれど、クスリはやっていねーよ。それだけははっきりと言える。何故なら管理をしているからね……管理という程、大それたことをやっている訳じゃないけれどさ。でも、これだけは言える。……確かに貧民街は上と比べたら治安が悪いかもしれねー。けれど、子供が購入出来るぐらいクスリの値段も落ちぶれちゃいない。あれは、金持ちの遊びだ」
「金持ちの遊び……ねぇ。言い得て妙だ。では、彼女は普通に過ごしていて、ああいう態度を取っていると?」
「新聞記者サンなら知っているんじゃないかい? 空想の友達って奴をさ……。アタシは学もないから詳しいことを知らないけれど、多少は何か詳しいことを知っているんじゃないかな」
「……イマジナリーフレンド、という奴だな。確かに聞いたことはあるが……、でもそれはこんな状況では見られなかったはず。孤独を抱えている人間や精神的に問題があると起きるなどと聞いたことはあったが――」
「――じゃあ、それだったりするんじゃないかね?」
ティアの言葉は、何処か核心を突いたような、そんな言葉にも聞き取れた。
しかし、これ以上の話を掘り起こすことは出来ない――アンバーはそう判断したのか、早々に話を切り上げる。
「……分かった。それじゃあ、この話はなしだ。取り敢えず良い話を聞けて良かったよ、どうも有難う」
そう言って、席を立つ。いきなりの行動に理解出来なかったユウト達だったが、アンバーの行動を真似て立ち上がり、そのままグループの家を後にするのだった。
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