第42話 貧民街(10)

「……民営のシェルター、だって? そんな話、聞いたこともないぜ」


 少女は肩を竦めながら、或いはアンバーを馬鹿にしながら答える。


「それは俺も聞いたことがないぞ、本当にそんなものが存在するのか?」

「……遠方に向かったことのあるハンターなら、周知の事実のはずだ。この世界には幾つもの遺跡があるだろう? ラスベガス大森林がある第三シェルターだって、元は民営みたいなものだったけれど、あれとは話が違う。管理者は存在するが、シェルターを管理する組織とは外れた運営によって行われているシェルターがある。……そこの一つに、ワンス・セントラル学院というところがある」

「……あぁ、あのカルト宗教が運営している学園ね」


 アンバーの言葉にマナが相槌する。


「カルト宗教?」

「カルトかどうかは別として……、宗教はどの時代だって必要とはされているものだ。人間が救いを求める、一番簡単な手段が神頼みであるからね。別に神を馬鹿にするつもりはないけれど、それで少しは救われるのなら宗教があっても良いのかもしれない」

「そうなのかなぁ? 私は別に要らないと思うけれど。宗教って、祈っていればどうにかなるとか言うんでしょう?」

「……マナ、流石にそれは古い考えだ。宗教家に聞かれたらどうなるか分かったものじゃない」


 アンバーの深い溜息に続いて、彼はそう言い放った。


「あら、違うの? でも、ワンス・セントラル学院は宗教団体が運営していたわよね?」

「ワンス・セントラル学院は、『平和と平等』を第一に掲げているからな……。カリスマ委員長が居るために、彼女が学院を統一しているとも聞いたことがある」

「……何処でもカリスマというのは居るんだな。一般人が生活出来る隙がないというか」

「一般人だらけだったら、この文明はとっくに崩壊しているだろうさ。……一部の優秀な存在が居たからこそ、この文明は成り立っているのだから」

「――で、その民営のシェルターにある学院と……アタシにどういう関係があるんだよ?」


 少女の言葉を聞いて、アンバーは咳払いを一つする。


「そうだったな……、ついつい話が脱線してしまう。悪い癖だ。しかし、これは関係性がある。君はここでずっと暮らしていくつもりか?」


 アンバーの言葉に、少女はたじろぐ。


「何だよいきなり……。住むに決まっているだろ。そもそも、どうやってここから脱出すりゃ良いんだよ。アタシだけならまだしも、ここにはグループの仲間が居るんだぜ。そこを見捨てる訳には――」

「見捨てろとは誰も言っていない。問題は、脱出したいか、したくないか? ということだ。……さぁ、どうする?」


 少女は一度俯く。どうすれば良いのかを、ひたすらに考えているようだった。しかし、考えたところでその結論が揺らぎそうにはない。


「……なぁ」

「うん?」

「仮にそれを選んだとして……、アタシはそこに向かうことが出来るという保証は? そして、グループの仲間が暮らしていける保証はあるのかよ」

「あるだろうねぇ。何せそこは『自由都市』を標榜しているから。……来る者拒まず、というのを本当は書きたいのだろうけれど、そうもいかない。何故なら今の身分に満足していない人間があっという間に押し寄せてしまうからだ。シェルターの土地は有限だ。よって、そこに行くことが出来る人間も有限だと言えるだろう。その人間の数は未だ限界にまで至っていないが、一応学院関係者にのみ限っている。つまり、言っている意味が分かるかな?」

「……学院に入学さえすれば、グループの仲間の暮らしも保証される――ってことか?」


 少女の言葉にアンバーは頷く。


「ご明察。なかなか頭が良いじゃないか。さっきから思っていたんだよね。君、結構頭が良いのではないかな? ……そういや、名前を聞いていなかったな」

「……ティア。ティアだ」

「そうか、良い名前だ」

 ティアの名前を聞いて、アンバーは再び頷いた。

「ティア。さっきからここを見させてもらったけれど……、どうやら読み書きが出来るのは君だけだな?」

「何故、それを――」

「テーブルの上に置かれている新聞だ。……古新聞ではあるが、そこには文字が書かれている。丸で囲っていたり、線を引いている箇所もあるから、つまり文章を理解している……ということになる。では、その人間は誰になるのか、ということだが……、それはここに飾られている絵からヒントを得たよ」

「絵?」

「絵には名前が書かれていないだろう? つまり、絵を描くことは出来ても、自分の名前を書くことは出来ない。そして、新聞の丸をつけている内容は……正直言って、今ティア以外の人間が興味を引くものとは到底考えづらい。……最後は若干強引ではあるが、こうやって結論づけた。違うなら違うと言ってくれて構わないよ」

「……いや、正解だよ。流石だね、新聞記者を辞めて探偵にでもなれば良いんじゃないか?」


 ティアの称賛に、アンバーは首を横に振る。


「新聞記者という仕事柄、推理することが多くてね……。こればっかりは致し方ないんだよ。で、これについては考えておいた方が良いと思うがね。別に、今結論を出さなくても良い。こっちも準備をしておこうと思うし……」

「……グループのことを、そこまで考えてくれているのか? アンタは……上の人間のくせに、こっちに結構親身になってくれるんだな」

「結構な回数ここに来ていてね。無論、全て仕事ではあるのだけれど……。あそこの長老にはお世話になっているんだよ。そして、ここの酷さは十分味わっている。味わっているからこそ、変えたいと思っているからこそ、自分の非力さを嘆くことさえある。だが、これについては……残念ながら、変えることは不可能なんだ。たった一人が声を上げたとて、意味はないんだ」

  

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