第27話 現場確認(1)
ユウトとルサルカ、それにマナが向かったのは、アネモネのあるストリートから一本路地に入った場所だった。普段通る人が少ない場所ではあったが、しかしながらそこへ入るにはそれなりに人出があるストリートから入らなくてはならないために、誰かが必ず目撃しているはずだった。
壁が鮮血で赤く染まり、被害者である遺体は壁に寄り掛かり、項垂れている。
誰が見てもあの鮮血の量から考えるに、既に事切れているようにしか見えなかった。
「……酷いな」
そして、その様子をカメラに収めようと記者が来ていたが、既に警察による規制がされており、それを垣間見ることは出来ない。被害者の状況だって、警察が制止するところの隙間から見えただけに過ぎないからだ。
「……まぁ、流石にあの光景を見せる訳にはいかないんだろうけれどさ。でも、ちゃんと規制するなら規制すりゃ良いのに。実際、人だかりがある訳だからさ……」
「なぁ、見せてくれよ。この中を。……マスメディアは人々に正しい情報を伝えることが仕事なんだぜ?」
「言いたいことは分かるが、セブンス新聞社は時折シェルター管理者への苦言も多いからな……」
「そりゃあ、当然だろ? マスメディアは市民の声を代弁しているんだ。それぐらい管理者に伝えたって、罰は当たらないと思うがね」
規制線の前で、警察官と一人の男が口論をしていた。
警察官と口論しているその男を、どうやらマナは知っているようだった。
近づいて、マナが声をかける。
「よっ、アンバー。こんなところで何をしているんだ?」
踵を返し、そちらを振り向く。
「……誰かと思えば、マナじゃないか。マナこそどうしてここに? ……というのは、野暮な質問だったか。俺は新聞記者で、お前は情報屋。普通に考えれば、こんな事件現場にやってこない理由にはならないからな」
「寧ろ飯の種になるからねぇ。……ねぇ、警察官さん。通してくれないかなぁ? 安心して、現場を壊すほど、素人じゃないからさ!」
警察官は首を横に振り、より強い口調で答える。
「駄目だ駄目だ! 新聞記者と情報屋が結託したところで、事件が解決するとも限らないし、そもそも部外者を立ち入らせる訳には――」
「良いじゃねえか、入れてやれよ」
ユウト達の背後からやって来たのは、ロングコートを着た初老の男性だった。
葉巻を吸って、貫禄があるように見える。大方、刑事は刑事でも上の立ち位置に居るのだろう。
「……は、ハンス警部! お疲れ様です!」
「ハンスさんじゃないか。この事件の担当かい?」
マナはハンスに近づいて、まるで友達と話すかのように軽い語りで話し始めた。
それに対してハンスも毛嫌いしていない様子で、葉巻を面倒臭そうに銀色のケースに仕舞い込んだ。
「警察も人手不足でな。俺みたいな老人をいつまでも色んな事件にこき使うって訳よ。俺だってさっさと引退して悠々自適に暮らしてえんだけれどな……。で、俺が認めるから中に入って良いぜ。マナちゃんとは長い付き合いだからな」
「ありがとう、ハンスさん。いやー、やっぱりコネって大事よねー」
マナはそう言うと、堂々と規制線を越えて現場の中へと入っていった。マナとハンスの関係性に未だ納得は出来ていなかったものの、現場の中に入れる許可を貰ったユウト達もそれに続いて入っていく。そして、最後にハンスが事件現場へ足を踏み入れた。
「……マナ。あの人は?」
「ユウト、知らないの? あの人は、ハンス警部よ。第七シェルター警察のお偉いさん。昔色々と付き合いがあってね。今もこんな感じで顔パスで通るのよね……。いやー、恩は売っておくに超したことはないよ」
「持つべきものは友人だな」
ユウトとマナの会話に割り込むアンバー。そんな彼は感謝の気持ちを伝えながらも、写真の撮影を続けていた。
「……とはいえ、写真の撮影をしたとしても、その写真って使えるのか? 幾ら何でも死体をそのまま載せるのは倫理的に不味いと思うんだけれどな」
「そりゃあ、そうだよ。モザイクをかけないといけないだろうねぇ……。けれども、正しい事実を伝えることがマスメディアの仕事だ。決して、エンターテインメント性がないからと言って、センセーショナルに仕立て上げちゃいけない。事実を明確に適切に伝えることが大事だからね。……まぁ、それをやると売り上げが落ち込むんだけれど。でも、プライドってないものかね? 利益を追求するだけで良いのなら、マスメディアはやっていけないと思うけれど」
「セブンス新聞は結構エンターテインメント染みた記事が掲載されていることもあるような?」
「そいつはあくまでも、エンターテインメントだから。……俺はそういうやり方、気に食わないけれど、飯を食うためには仕方ないところもある。それに、会社の方針もな。だからこそ、自分の手が回る範囲だけでも、きちんとした報道をしていきたいと思うところはあるんだよ」
「……記者も真面目な人間が居るんだな。報道さえ出来れば良い、とか自分の欲しいデータさえ手に入れば良い、と思っている記者が多いと思ったよ」
「実際、そういう記者が幅を効かせているからな。だからこそ、俺達のような真面目なジャーナリズムが衰退していく訳で……」
アンバーは写真を何枚か撮影した後、カメラを大事そうに抱えて、カメラの蓋を閉じた。
「これで、良し……と」
「良い写真は撮影出来たかしら?」
「ああ、まさかこんな間近で撮影出来るとはな。スクープって程じゃねえけれど、万々歳だ」
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