転生先が異世界帝国の大貴族だったら、誰だってイージーモードな人生を期待するじゃないですか!! ~転生貴族アルバート・フォン・アウステルリッツの栄誉ある戦い~

シリウスのたそがれ

第0話 

 それは実に奇妙な戦いであった。楽な戦になるだろうと、彼女の直属の上官はのんきにそう言っていた。実際のところ、祖国が誇る上陸船団が、まるで昆虫が卵を産み落とすかのように自分たちの所属する突撃部隊を次々と揚陸させてしばらくするまでは、彼女自身もそうなるであろうと素直に考えていた。


「前進だ!!止まるな!!早く進め!!」


 絶望と激痛の悲鳴が鳴り響く戦場の中で、上官の命令はむなしいものであった。それまでの予想に反して、貴族の私兵たちは意外にも抵抗の姿勢を示していた。いや、自軍の損害から見ても、抵抗すべき立場はむしろ自分たちのほうであったことは、その場にいる全員が嫌が応にも認識すべき事実であった。


「ザニャーチャ。ここの陣地はもう無理だ。上官も戦死したしここは一度撤退しよう」


 日頃は負けず嫌いで有名なはずの兵士はたまらない様子で、ザニャーチャと呼ばれたもう片方の兵士の首を引っ張る。雨あられのように光の玉が降り注ぐ状況の中で、それは最大限冷静な判断でもあった。


「トブルク。お前がそういうってことは本当に潮時なんだな。わかった。敵の騎兵隊に注意しつついったん後退しよう。爆撃槍はなくさないでおいてくれよ」


「当然だ。奴らの軍団に一撃でも食らわせてやらなきゃ、死んでも死にきれないよ。こんなことをしてくれた報いさ」


 敵へのいら立ちをあらわにしながら、トブルクと呼ばれた兵士はザニャーチャを連れて即席の堀の中を突き進む。周囲には焼けこげたり引き裂かれたりした兵士だったものの残骸があふれていたため、少しでも油断すれば、そこに充満する血の匂いに吐き気を催さずにはいられなかった。


「だいいち、敵の艦隊とやらが出てこなかったのがそもそも気に食わないね。ここの土地の防備を任されていた貴族どもは尻尾を巻いて先に逃げ出してしまったらしい。軍人の風上にも置けない奴らだ」


「まったくだよトブルク。どうせ上陸されてる時点で半分負けたようなもんなのに、人民らのやってることは無駄な抵抗でしかないはずだ」


「その通りだよザニャーチャ。どうせ戦うなら、強い敵と正面から戦いたいものさ。そりゃ地上の奴らだって強いことには変わりないけど、どうせ終わりは見えているんだから、名誉ある降伏を選ぶべきだったんだ。それにもうすぐ本隊が来る。指揮官はあの『魔導士』タオだそうだし、そうすれば私たちの逆転は確実さ」


 あきれたことといえばそれまでだが、トブルクと呼ばれた兵士はこの状況においてなお自分たちの勝利を疑っていなかったのである。


「君の勇敢さが健在で安心したよトブルク。おかげで…」


 ザニャーチャが言いかけたところで、突如、黄色く輝く火の柱が二人の目に映った。奇跡のように美しいその攻撃は、当然崩れかけた堀では防ぎきれず、地獄のような灼熱がトブルクに襲いかかった。この瞬間をもって、冷静かつ勇敢な、模範的兵士であったトブルク兵長は、全身の表面を急激に炭化させることで、自身が果たすべき義務を強制的に完遂させたのである。


「…!!」


 二人が一緒にいた時間と比べれば、あまりにも一瞬としか言いようがない出来事を前に、ザニャーチャはただただ圧倒されるしかなかった。声にならない叫びが無人となってしまった堀の中を駆け巡る。


「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」


 悲嘆に暮れている時間は、残念ながらこの場合あまりにも無益であった。いまだ熱気の残る酸素を口から取り入れながら、無我夢中の状態で、ザニャーチャは憎らしいほどに無傷であった爆撃槍を手に取った。


「クソ…っ、クソ!!」


 孤児出身で、卑屈な性格から周りにも見下されてきた自分が、まさかこれを手に取るとは思ってもいなかったし、使いこなす自信もなかったが、それでもザニャーチャはとっさの判断で敵の陣地に向けて爆撃槍を振るった。


 まばゆい光が雲を突き破り、敵の軍団めがけて落ちていく。これが爆撃槍の威力だ。使用のタイミングさえ見計らえば、あらゆる敵を一層出来る。優秀な兵士でなければ本来は持つことを許されない魔法の武器だ。


「トブルク…!トブルク…!」


 荒い呼吸をついていた口は、やがて戦友の名前を呼び始めた。この時ザニャーチャは純粋に恐怖していたのである。絶えることのない絶叫と地響き。血と泥が渦巻く戦場。平等に死を振りまく火炎の渦。そして、手首だけになってもなお、槍にしがみ続ける、生真面目だった戦友の執念に。



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